第9話 一体だけど
宣言した目標は10体。いきなり実践に放り込まれたのだ。やらなければやられる。そんな状況で和也は
「どわあああああああ!!!!!!」
「――――ッ!!」
ゴブリンに追いかけられていた。剣はとっくの前に背中の鞘に納められ、アスリートもびっくりの腕の振り用、足の上げ用で逃げ回っている。
なぜこんなことになってしまったのか。和也自身もよく分かっていた。
―――非力なのだ。魔物に対し、大きく剣を振りかぶるその動作、その威力を高めるには筋力が必要不可欠である。それを行うための力が無さ過ぎたのだ。
「誰か、誰かあああああ!!!」
本当に男なのか疑いたくなる情けない声を出して彼は走る。ゴブリンに相手を同情する感情などもちろんない。むしろ絶好の獲物だといわんばかりの追いかけようである。やがて和也を追いかける数は増えていき、最終的には計5匹のゴブリンから追われることとなってしまった。
「って、なんで増えてんだよおおお!!??」
自身の体力も残り少ない。一息つく余裕はあるのか確認するために、ちらっと振り向くと数が増えている。信じられないその絶望的な光景に、和也は最後の力を振り絞り何とか走り続ける
……ことができるわけもなく、草で足を滑らせてあっけなく転んでしまった。十メートル程度はあったその差もあっという間に縮む。
あっという間に取り囲まれ、和也を取り囲んだゴブリンたちはすぐに攻撃するようなことはせず、まるで煽るかのような動作を取りながら笑っているように思えた。
「「――――ッ!!!」」
「くっ……殺すなら殺せよ……」
「そんなどこかの国の女騎士みたいなこと言って……あなたは男なんですから、需要は全くありませんよ?」
仰向けに倒れる和也の目からうっすらと見えたのは、ある男の姿だった。
マスターのような体格の大きさではない。ケイのようにも思えるが、しゃべり方がどうにもおかしい。そのしゃべり方に酒場の時のようなものは一切感じられず、ただ淡々と話しているだけのように思える。
「えっと……だ、誰……?」
「誰とは心外ですね。私ですよ、ケイ。と言っても、この姿を見るのは初めてでしょうが」
「何を……言って……」
「訓練ごときで使うようなスキルじゃないんですが、和也君が困っているようなので助けようかと。感謝してください」
そう言ってケイは手で銃のような形を取り、そこから何かを呟き始める。
言い終わると指先からは緑色の風を纏った銃弾のようなものが現れ、あっという間に5匹を貫いていた。
「紹介しましょう。私のスキルは『
なんだろう。すごく鼻につく性格をしているのだが……まあいい。この場を助けてくれたケイにお礼を言い体勢を立て直す。ケイも、和也が呼吸を整え、再び剣を構えたのを見届けるとその場を後にする。
さっきは己の力を過信しすぎたが故の失態だ。次は絶対倒す。
訓練を頑張るというよりは、さっきコケにされたのが許せないからやり返すというくだらない動機なのだが……やる気があるのはいいことだろう。多分。
「おいそこのゴブリン野郎! ビビってないでこっち来てみろよ!」
先ほどゴブリンにされて嫌だった動き。その煽っているようなジャンプをやり返してみせる。その作戦は効いたようで、叫び声をあげながらゴブリンがこちらへ向かってくる。
「さっきは斬ろうとしたからやられたんだ。だとしたら……っ!」
剣の攻撃方法は斬るだけじゃない。刺すことも可能なはずだ。
きっとゴブリンは俺に近づくと飛び掛かってくる。それを利用すれば―――いける。
「―――ッ!!」
「予想通り……っ!!」
ゴブリンとの距離は5メートル程度。そこで高く飛び上がりこん棒を両手に構えて和也の頭めがけて振り下ろそうとする。
だが、こん棒の長さと剣の長さ、どちらが勝るのかなんて一目瞭然。ゴブリンの胸元めがけて突き出した剣は思った通り突き刺さる。コアを壊されたゴブリンは力を失い、武器が手から零れ落ちる。やがて刺さったままのそれは粒子となり大気へと消えていった。
「はぁ……はぁ……これで……」
初めての魔物討伐。相手が人間ではないとはいえ、何かを殺める感覚というのは全く気持ちの良いものではない。思わずその場に倒れこむ。
「おいおい、魔物一体相手にもうバテてんのかよ。ったく……貧弱すぎやしねえか?」
小馬鹿にしたような口調で現れたのはマスターだった。どうやら先ほどの様子を見ていたようだ。
「どうだ?訓練は」
「最悪ですよ……もう帰りたい」
「がっはっは!! でも、さっきの倒し方は見事だったぞ? 転生したてのひよっこで剣の扱い方も分かってねぇんだ。一体倒せれば御の字だろ」
「そ、それならなんで剣の使いかた教えてくれなかったんですか……?」
「実戦でなきゃ覚悟は身に着けられない。いくら敵がいない恵まれた環境で最高の剣術を身につけられても、それを魔物に発揮できなきゃ意味ねぇんだ。大事なのは立ち向かう覚悟だ。技術を身に着けるのはその後でいい」
そうだろ? とのマスターの問いかけに和也は応えることができず、そのまま疲労で倒れてしまった。
「仕方ない、今日の訓練はこれまでにしとくか」と、マスターは和也を軽く持ち上げ肩に乗せると、ほかの二人に呼びかけ酒場へと戻るのだった。
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