第十九話・封術


 黎紫の帰宅に、ひより達が揃ってバタバタと玄関へ出迎えると、黎紫は人差し指を口元に当て「しぃ~」という仕草をした。


 黎紫が護闘士を一人、脇に抱えていることに、ひより達は驚きの表情を浮かべた。


 ───あのひと、福之助さん⁉


 覚えのある顔に動揺するひよりに黎紫が言った。


「ひよりちゃん、客間に布団敷いてくれる?」


 ひよりは頷き急いで客間に向かう。


 福之助は気を失っている様子だった。


 いったい何があったんだろう。


 玲亜も手伝って部屋を整えたところに福之助は運ばれた。


 寝顔も寝息も穏やかなことが確認出来て、ひよりは少し安心した。



 ♢♢♢



「いったい何があったんですか、隊長」


「さっきの警笛と関係してるの?」


 居間へ戻ると蘭瑛と玲亜が続けて黎紫に質問した。


「まあ、いろいろとね。でもとりあえず何か食わせてくれ。もう腹ペコ」


「隊長、これどうぞ。残りご飯のおむすびですけど」


「わぁ!やったー」


 黎紫は嬉しそうに弁当箱の包みを開け、用意されたおむすびを頬張る。


「んんーっ。おいひぃよぅ、ひよりちゃん!」


「お茶もどうぞ。よく噛んで召し上がってくださいね」


 黎紫はもぐもぐと口を動かしながら頷いた。


「そういや莉玖は?」


 二個目のおむすびを手にしながら黎紫が尋ねた。


「外へ様子を見に行かせました。あの警笛、隊長も聞いたでしょ?」


「あぁ、あれね。鳴らしたの俺だから。笛は諒のだけど」


「ええっ⁉」


「兄さま、どういうこと?」


「さっきまで諒と一緒だったからさ。霊鬼になりかけた妖霊と遭遇したんだが……。話すと長くなるし、夜警で起きたことはどうせ明日連絡あるだろうから。面倒くさいから言わない」


「諒くんは大丈夫なんですか?」


 心配そうに視線を向けたひよりに黎紫は優しく微笑んだ。


「あいつは心配ないよ。莉玖も合流するだろうし。今頃はひよりちゃんの作ってくれた夜食弁当でも食べてるだろうよ」


 おむすびを食べ終え、黎紫はお茶を一口飲んでから再び口を開いた。


「それよりこっちで話しておきたいのは、これなんだが……」


 羽織の袖口に手をやり、黎紫は中から何やら取り出すとテーブルの上に置いた。


「ぇ……」


 玲亜が小さく声を上げる。


 空になった弁当箱を片付けようとしたひよりもハッとしながらそれを見つめた。


「ひよりちゃんは見知ってるよね」


「……はい。これは昼間炊事場に落ちていたものです。宴会に来ていたお客様の落とし物かと思って、隊長に預けたものです。……でも、なんだか色というのか、少し違って見えますけど。こんなに光沢ありましたっけ?」


 雫型は変わりない、けれどあのときは水色だったものが今はなぜか色が更に薄まり、ぼんやりとした白っぽい光に包まれているように見える。


「うん、よく気付いたね。今ちょっと封じてあるんだよ、これ。術で包んでおかないと、やたらに発動されても困るし。───玲亜、どうかしたのか?」


 何か言いたげな妹の表情に気付いた黎紫が声をかけた。


「……兄さまそれ、幸運のラブ鈴。どうして封術なんて」


「らぶりん?そんな名前の代物が売り出されてるのか?まさかおまえ買ったとか言わないよね?」


「だって今すごく流行ってて……」


 玲亜の視線が一瞬だけひよりに向いて離れた。


 そんな妹をじっと見つめながら、黎紫は言葉を続けた。


「流行ってる? これが……?やっぱり買ったのか?いつ?」


「今日……ぁ、でももう日付が変わったから昨日ね。実家へ行ってた帰りに」


 黎紫は小さくため息をつく。


「すぐにここへ持ってきなさい」


「はい……」


 玲亜は再度ひよりに視線を向けた。


 それを受けてひよりも頷く。


「私も持ってきます」


「えっ?ひよりちゃんも⁉」


「お土産で玲亜さんに貰ったんです」


「なんだって⁉」


 玲亜の後に続いて居間を出るひよりの後ろで、黎紫が声を上げた。



 ♢♢♢


 玲亜とひよりはそれぞれに部屋から持ってきたラブ鈴をテーブルの上に置いた。


「俺はひよりちゃんのを確認するから、蘭瑛は玲亜のを視ろ」


 こう言って黎紫はひよりの持ってきた桜型のラブ鈴を手に取りじっと眺める。


「隊長。なんですか、いったい……」


 蘭瑛は困惑した様子で玲亜のラブ鈴を手に取った。


「俺には単なる鈴にしか見えませ……」


 こう言いかけた次の瞬間、蘭瑛は顔色を変えて叫んだ。


「隊長っ、今すぐ封じていいっすか!」


「いいよ」


「ちょっと蘭瑛?」


 二人のやり取りに玲亜は驚いていた。


「説明してよ二人とも───」


「そんな暇あるか!玲亜っ、おまえなにも感じないのか⁉」


 蘭瑛は玲亜を睨んだ。


「ラン、落ち着け。いいから封術を先に」


 黎紫の声が低く響いた。


 蘭瑛はラブ鈴を両手の中に包むと何やら唱える。


 途端に蘭瑛の手元がパァッと明るく輝いた。


 封術などというものを始めて間近に見たひよりは只々、目の前の光景に驚くばかりだった。


 蘭瑛がそっと両手を開けるとチューリップ型のラブ鈴の赤い色は薄まり、淡く白い光に包まれているように見えた。


「この二つのラブ鈴には呪力が込められている」


 黎紫は雫型とチューリップ型のラブ鈴を指して言った。


「二つ?」


「ひよりちゃんのやつは大丈夫。呪力も術も感じない、空っぽだよ。売り物の中にはそういう安全なやつも交ざってんのかなぁ。でもとりあえず調べてもらうから没収ね」


 黎紫は難しい顔で首をひねりながら言った。


「雫型のは福之助の私物だろう。桜とチューリップ型は玲亜が購入したもので間違いないな?」


 玲亜は小さく頷き、苦し気な表情で俯いた。


「……ごめんなさい。私、なにも感じなかった」


「術がいくつも上手く絡み合って出来ているような作りだからな。そう簡単には見抜けない」


「でも……。私には見抜ける闘魄が足りなかったってことでしょ」


「ああ、そうなるな。でもおまえだけじゃない。福之助もそうだしほかにもいるかもしれない。気付かずに携帯していると呪術がじわじわと効いて妖霊が好む負の力が引き出されるとか。鳴らないはずの鈴から幻聴を聞いて操られるとか。そういう厄介な代物なんだと思う。まあ、とりあえず解析は専門の連中に任せるとして。蘭瑛と玲亜はこの封じた二つと、呪術の無い桜型のを持って、今から『統司宮』へ行け。玲亜はラブ鈴を購入した店のことなど詳しく説明すること。俺と諒が遭遇した妖霊も鈴の束を武器にしてたから、何か繋がりがあるように思う」


 蘭瑛は頷き、着替えのために自室へ向かった。


 玲亜もそのつもりでいたようだが、居間を出る前にひよりに向いた。


「……ひよりちゃん、ごめんね。私、ひよりちゃんを危険なことに巻き込んでしまうところだった」


 ひよりは首を振った。


「玲亜さんは悪くないです。あんなの作って売ってる奴らが悪いんですから!」


 ───だから。そんな悲しそうな顔、してほしくない。


「……ありがと、ひよりちゃん。行ってくるね。私、ぜっっったい!あんなもの作って売ってる奴ら捕まえるから!」


 沈んだ表情から一変、玲亜は瞳に燃えるような色を灯し、ひよりに背を向けた。



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