第10話

 国立病院の特別個室でガロが療養する間、五つの見舞いがあった。ひとつはランドロフで、昏睡期間にあった世界の動向とその分析と私見とを具に伝えた。しかしガロの冴えない頭はランドロフの言葉が空中に舞うのを眺めるばかりでてんで役に立たない。ランドロフはやれ戦争やらやれ経済恐慌やら口にしたが、どれも身に入らず、挙句の果て「お前は何でも知っているな」などと世辞なのか皮肉なのかわからぬことを言った。ランドロフは心配と失意の表情で去った。


 ふたつ目の見舞いは妹と母だった。カナルは半ば狂人、半ば啞のような様子で、ヒステリックに早口で言を発したと思えば、急に声を失ったように口を薄く開けて考えに耽った。母ビュルデは折角の息子への見舞いを娘への鎮静に努めた。カナルが感情の針が振り切れるように捲し立てるとビュルデは目を潤ませながら今にも暴れそうな背中をさすった。そして娘がだんまりとすると息子に一言二言の具にもつかないことを伝えた。ビュルデも殆どヒステリーに落ちたい気分であったが、この娘と息子ではそうもいかない。しかしヒステリーにでもならなければ自分の気持ちの十分の一すら言葉にできなかった。

 ガロは二人の視界から自分が消えゆくのを感じた。カナルは専ら自分かもしくは観念、国民やら反逆者やら新聞社やらに感情の矛先を向けているし、ビュルデはそもそもどこの誰にその言葉を投げているのかわからなかった。しかしそれはそれで気が楽ではあったが。


 三つ目は宮廷局の役人達が訪れた。そのなかにバンツもいたが、ガロはその名を忘れていた。役人達は事件のあった日の警備のことを長々と弁明のように述べた。ガロはその話を殆ど右から左に流した。

 バンツは念を押すように言った。


「だから、その、あの事件というのは我々にとっても不可解であって、どうしてこういうことが起きたのかわかりかねているのです。私達の警備は万全でした。そうです、全くの完璧な……ご理解いただけますか?」


 ガロは億劫に頷いた。


 四つ目の訪問はバーンであった。バーンは疲れ切っていたがしかし晴れやかな顔をしていた。ガロは先のランドロフの話でバーンがイリ国との外交に出たとばかり思っていたからこの来客に多少ならず驚いた。


「どうしたんです、兄様。イリ国との交渉のはずでは?」


「ああ、大丈夫だ。向こうから書簡を送ってもらい、それによるとあちらに戦争の気はないらしい。いや良かった、助かった」


 バーンはそれだけ話すとあと二、三回の言葉の往復で帰って行った。


 そして最後の見舞い客は、全くガロの知らない、いやしかしどこか記憶の破片が磁石に摺り寄せられるように反応する相手だった。

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