旅神のご加護がありますように!

マリオン

序話

旅神のご加護がありますように!

「お姉ちゃんは、何で旅をしてるの?」

 荷馬車に揺られながら、少女は興味津々といった様子で問いかけてくる。


「ううん──、かな?」

 何で、と問われると、明確な理由などないことに気づく。何となくというのが、もっともしっくりくる表現なのであるが──少女にはお気に召さなかったようで、彼女はつまらなさそうに唇を尖らせる。


 御者台に座る老爺は、私と少女との会話を聞きつけて。

「お前さん、目的もなく、この森をうろついとったんか?」

 振り返りながら、荷台の私にあきれるように告げる。

「あ、いや──目的地はあるよ。王都を目指してるの」

 私は、あまり疑われても都合がわるいから、と正直なところを話す。

「それなら、街道を行く方がよかろうに。こちらの田舎道よりは安全じゃろうて」

「まあ──そういう気分だったので」

 老爺は不思議そうに首を傾げるのであるが、私は曖昧に濁す。まさか──心配でついてきた、とも言えぬ。



 先に街道でこの荷馬車を見かけたとき、おや、と思ったのである。視線を感じる。一人ではない。複数の人間が、この荷馬車を見ている。


 荷馬車には老爺と、その孫であろうか、少女が一人乗っている。荷台はほとんど空で──近隣の街で野菜などの荷を売って、村に帰る途中であろうことがうかがえる。懐はそれなりに暖かいことであろう、と思う。


 。私はそう判断する。


 私は、街道からそれる荷馬車を追って、森に入る。木々の間を疾風のごとく駆け抜けて、荷馬車の進む先に出て、わざとらしくのんびりと歩く──と、案の定、老爺は一人で森を歩く私を見かねて、荷馬車に乗るよう勧めてくれる。辺境に生きるものは、助けあうものである。


「私はマリオン──よろしくね!」

「よろしく、お姉ちゃん!」

 私は荷台の少女とすぐに打ち解けて──そして、冒頭の質問へとつながるわけである。



 賊の気配は、途切れることなくついてきている。妙なのは、この荷馬車──賊が狙うにしては、小さすぎるのである。荷馬車一杯に野菜を積んで売った帰りだとしても、儲けなどそれほどあるまいに──おそらく、賊はそれを理解した上で、この荷馬車を狙うと決めているのである。となると、よほど小規模な賊か、もしくは──。


「──かなあ?」

 荷馬車を追う気配──それを隠そうともしていないあたり、初心者の賊という見立てが正しいのではないか、と思う。


 以前、故郷の山村が賊に襲われたとき、彼らを撃退したのは、村の狩人たる私であった。あのときは私も幼く、祖父の援護があったからこその撃退であったが、相手が未熟な賊であれば、一人でも後れをとることはあるまい。


 来る──賊から放たれる殺気を感じとって、私は立ちあがる。揺れる荷台の上であっても、平衡を失うことなどない。

「──お爺さん」

 私はから弓を取り出して。

「ちょっと──ごめんね」

 言って、老爺の肩口のあたりで弓を構えて──おもむろに矢を放つ。


 矢は、今まさに森から飛び出した賊の錆びた剣を、粉々に打ち砕く。賊は、まさか矢で鉄を打ち砕かれるとは思いもしなかったようで、呆けたように立ち尽くす。私の弓と矢は、祖先伝来のである。


 私は、次の矢をつがえて、森に潜む賊に狙いをさだめる。二人目──明らかに、つい先頃まで農夫だったであろう青年である。これなら殺すまでもない──返り討ちにあうことで、賊なんて割にあわないことはやめようと改心するであろう、と思う。


 私は、驚愕に目を見開く老爺と少女の前で、次々と矢を放ち、賊の手にする武器を打ち砕いて──荷馬車は、呆然と立ち尽くす賊の横を、何事もなかったかのように素通りしていく。



「お前さんを乗せなんだら、死んでおったかもしれんわい」

 老爺は、森を抜けたところで荷馬車を停めて、来し方を振り返りながらつぶやく。

「辺境に生きるものは、助けあわないと」

 ゆえに礼はいらぬ、と暗に老爺に告げて、私は荷台から飛び降りる。


「じゃあ、またね!」

 言って、私は村に続く田舎道を外れて、街道に戻らんと歩き出す。目指す王都は、街道の遥か先である。


「お姉ちゃん!」

 と、少女の声が飛んで、私は振り返る。

「ありがとう!」

 少女は満面の笑顔で、ぶんぶん、と手を振って──私もそれに応えるように、手を振り返す。その笑顔が、何よりの礼となる。


 少女は、両手を筒のようにして、どこまでも届け、と声を張りあげる。


「お姉ちゃんの旅に──旅神様のご加護がありますように!」

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