錆び
夏祭りの打ち合わせが終わると、青空から曇天に変わっていた。肉眼ではっきりと判るほど、西の空が暗い。雨の前特有の、錆びた鉄の匂いを私は思い出していた。あいにく空模様は民宿までもってくれなかった。ぽつぽつ、と枝葉を叩く音がする。それと同時に、守屋さんは傘を開いた。
「それ、日傘じゃねぇのか」
「晴雨兼用なの。はい」入れと促す傘から逃げるようにテンちゃんは後ずさる。「いいって。ひとりでさしてろ」
「大丈夫。この傘大きめだから、ふたりで入っても平気よ」
「俺は濡れても構わない」
「あのね。服は洗えばいいけど、風邪でも引いたら困るでしょ」テンちゃんも頑固だけど、守屋さんも引き下がらない。テンちゃんが反論できずにいるうちに、守屋さんはずいっと一歩近づいてテンちゃんを傘に入れてしまった。
「天司君ってさ」
ぱたぱた。雨足はどんどん強くなる。
「自分のこと、苛めてるみたい。たまに、そんなふうに見える。いまも」
「……何を言ってるのかわからない」まっすぐ見つめる守屋さんの眼差しから逃れるようにテンちゃんは顔を背けるけれど、私からは耳が赤いのがまるわかり。私には、判ってしまう。
「……俺は」震えるくちびるで何か言いかけた矢先、「あーっ! えっちしてる!」響いたのは子どもたちの声だった。そういえば、そろそろ下校の時間だ。背丈の異なる黄色い傘がふたつ、みっつ、向こうからやってくる。
「いった!」
「わ、悪い……」
悲鳴じみた言葉に振り向くと、守屋さんが尻餅をついていた。
「もう! 突き飛ばすことはないんじゃない!?」
「悪かったって……」
冷やかす子どもたちのほうをひとしきり睨みつけてからテンちゃんは守屋さんへ手を差しのべた。守屋さんはごく自然に手をとって――。
守屋さんが立ちあがって、傘を拾うまで、ふたりは手を繋ぎ合っていた。
とんでくる冷やかしの言葉を一喝してテンちゃんは帰り道を急ぐ。あの広い背中があっという間にちいさくなって、ようやく私はのろのろと手を伸ばした。
「テンちゃん、待って」
置いていかないで。
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