第1話 蛟龍〜水の拳〜 第二十六節

 病室に入ると、6人部屋にも関わらず、室内には竜馬りょうまが一人のみで、竜馬は窓際に椅子を置いて腰掛けて、本を読んでいる所であった。

 そして妻と娘たち4人の顔を見ると、元気そうな顔で挨拶をして来た。


「おはよう、静江、那美、わざわざ来てくれたんだな、それと……そちらの娘さん方は那美の友達かい?」

 竜馬がそう声を掛けると、那美が、

「元気になって良かった……もう身体は大丈夫なの?」

 と言った。


「お陰様で起き上がれる位には快復したよ、だが空手はもうしばらく無理そうだ……身体がなまらないようにリハビリもしないといけないな」

 娘の言葉にそう答える竜馬。


「そうだね……あぁ、それからこの子たちは私の友達で、彼女がクラスメイトで転入生の日野照真さん」

 そう言って照真を紹介する。


日野照真ひのてるまです、初めまして」

 そう言いつつペコリとお辞儀をする照真。

 それに対して竜馬は、ニコッと笑うと、

「初めまして、那美の父の竜馬です。那美と仲良くしてくれて、どうもありがとう」

 と言った。


「ちょっとごめんなさいね、お湯を淹れて来るわ」

 そう言いながら那美たちの横を静江が通る。

 キャビネットの着替えの入れ替えをした後、魔法瓶が軽い事に気付いたのだ。急須と湯呑みも洗うために持って行く。


「そしてこちらが師匠……あきらおじさんの紹介でうちに空手を学びに来た、留学生のナディア・シモーネさん」

 そう那美がナディアを紹介する。

 すると先程までにこやかだった竜馬の顔付きがガラリと変わり、鋭い目付きでナディアを睨み付けた。那美とナディア、小菰は気付いたが今の竜馬は闘気すら発している。


 その竜馬の目をしっかり見返しながら、ナディアは、

「ナディア・シモーネと言いまス、御槌流空手ハトテモ素晴ラシイ格闘技ですネ、コレカラお世話ニなりマス」

 と言い深々とお辞儀をする。

 すると竜馬は、手を頭の後ろに当て、苦笑しつつ、


「これはどうも失礼した、ちょっと私が知っている者と雰囲気が似ていたもので……ようこそ日本へ、師範の私が留守にしていて申し訳無いですが、どうぞ我が御槌流道場の空手を見ていって下さい」

 と言う。その時にはもう闘気も放ってはいなかった。


「そして、この子はうちに空手の入門をしたい、と今朝けさ訪問して来た木村小菰きむらここもちゃん」

 那美がそう言いつつ小菰を紹介すると、小菰は顔を赤らめつつ、


「こ、こんにちはッス、本日より御槌流空手に入門させて頂きます、木村小菰ッス!押忍!!」

 と十字礼をした。

 その姿を見た竜馬は立ち上がって優しい微笑みを浮かべると、

「なるほど、新しい門下生だね、那美も既に彼女の腕前を?」

 と那美に訊く。

 それに対して那美は黙って大きく頷く。


「それでは……木村小菰、入門を許可する。本日より空手道精神に恥じない立派な空手家となるべく精進するべし、押忍!!」

 と竜馬は言い、十字礼を返す。


 それを見た小菰は、耳まで顔を真っ赤にしながら、

「ひゃ〜〜!!竜馬師範カッコ良すぎッス〜!」

 と言って、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。その小菰の様子をを見て爽やかに笑う竜馬だったが、


「ハッハッハ……痛てて……」

 と傷が痛んだ様子を見せ、再び窓際の椅子に腰掛ける。

 そんな竜馬を支えて座る補助をする那美。


「済まないな、那美。道場の事といい、見舞いといい苦労をかけてしまって……」

 那美はそんな父に、

「大丈夫?お医者さん呼ぼうか?」

 と声を掛ける。


 だが竜馬は、

「いや、大丈夫だ、今朝の回診も受けたからな……それよりこっちは母さんに任せて、お前たちは飲み物でも飲んで来なさい」

 と言い、キャビネットの中から財布を取り出し、那美に千円札を渡した。


「うん、それじゃ父さん、自販機コーナーに行ってくるね。じゃあみんな、行こう」

 那美はそう言って先に立って歩き出し、3人も後に続いた。

 廊下を歩いて行くと、途中で戻って来た静江と会った。

「母さん、父さんは傷は痛むけど大丈夫だって」

 那美の言葉に静江は、

「そう、良かったわ、昨日の昼まではずっと眠っていたもの……じゃ、私は病室に行くわね」

 と言い、病室へ向かう。


 廊下の先の給湯室の先に自動販売機コーナーを見つけた那美は、千円札を差し込み、

「皆好きなのを買ってくれ」

 と言いながら烏龍茶のボタンを押した。


 那美が烏龍茶の缶を取り出すのを待って、ナディアは、

「私モ烏龍茶でイイ」

 と言い、烏龍茶のボタンを押す。


 ナディアが缶を取り出すと、小菰が、

「小菰はコーラをゴチになりますッス」

 と言いコーラのボタンを押して、出てきた缶を取り出す。


「それじゃ、私は……ミルクティーにしよう」

 と照真が言いつつミルクティーのボタンを押す。


 そして照真がミルクティーの缶を取り出すと、那美は釣り銭レバーを下げ、釣り銭を取り出した。


「那美ちゃん、お父さんとお母さんの分は買わなくて良いの?」

 照真がミルクティーのプルタブを開けつつ尋ねる。

「うん、あの二人はしばらく二人きりにしてあげよう」

 那美はそう答えながら烏龍茶のプルタブを開ける。

 その答えに照真は、

「あぁ、なるほど、そうだね」

 と言ってベンチに腰掛けた。

 那美たち3人も腰を降ろす。


「プッハァ〜、やっぱりコーラは美味いッスね〜!……ところで那美師匠、一つ聞きたい事があるんスけど、良いッスか?」

 コーラをグビグビと飲んで小菰が言った。


「何だ?入門手続きの事か何かか?」

 那美が小菰に聞き返す。


「いえ、それも後で聞きたいんスけど、ナディア姐さんは空手を学びに来た留学生なんスよね?学校ガッコは何処に通われてるんスか?この辺りだと成美せいび大学とかッスかね?」


「うっ……それは……」

 小菰の問いに那美は言葉を詰まらせる。金曜の晩に転がり込んで来たナディアの住居や学校や諸々の手続きは、彬に任せたまま何も手を付けて無かったのだ。


 さらにナディアが、

「学校ニハ行ッテ無いナ、ソレに私ハまだ14歳ダカラUniversidade……大学ニ行くニハ早いナ」

 としれっと言い放った。


 それを聞いた照真がミルクティーをブハッと噴き出し、

「じ、じゅうよんさい!?ナディアさん、あなた14歳だったの!?」

 と叫んだ。


 胸が大きく、背丈は照真の頭半分程低いとはいえ、女子の身長としては高いし、大人びているから、勝手に19か20歳かそれ以上だと思っていたのだ。


 それらを聞いていた小菰も目をまん丸にして口をあんぐりと空けて絶句していた。

「那美ちゃんは驚かないんだね、ナディアさん……いや、ナディアちゃんから聞いていたから?」

 照真は一見平然そうに見える那美にそう問い掛ける。


「私は……その……生えてないのを見たから、その位の歳でもおかしくは無いかな、と」

 ナディアが日野家に襲撃して来て撃退した時に服を切り裂いてその時に見えたお大事を思い出した那美はほんのり顔を赤らめつつ言う。


「今朝の風呂ッスか、小菰はそれは見えて無かったッス、そうスか、生えて無いんスね……」

 小菰はそう言いつつ腕組みをしてうんうん、と一人納得している。本当はちょっと違うのだが納得したなら大丈夫だろう。


「うーん、ちなみに那美ちゃんは?」

 照真が聞く。

「チョロッと生えてたッス……あイテっっ!!」

 即答して那美にはたかれる小菰。


 聞いた照真も変な事聞いてしまった、と顔を赤らめる。

「アハハハハハハ!!」

 それらを見てまるで他人事のように笑うナディア。

 釣られて笑う小菰と照真。


 それを見ていると、那美も何だか可笑おかしくなって、4人共しばらく笑い続けた。


 こうして、ナディアの学校問題はうやむやになって、病室から帰って来た静江と共に、那美たち4人は病院を後にする事となった。


「それじゃ、どこかにお昼ごはんを食べに行って、帰りましょうか」

 静江が言いながら車を出す。


「母さん、お昼なら、行きたい店があるんだけど、良い?」

 那美がそう言うと、静江は、

「中国料理パオパオ、だったかしら、昨夜から言ってたものね」

 と言った。覚えててくれたのが嬉しくて那美は、

「うん!そこにお願い!!」

 と笑顔で応えた。









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