第1話 蛟龍〜水の拳〜 第二十一節

 突然現れて、照真を救った少女……木村小菰きむらここもは、勇ましく名乗りを上げたものの、それによって形勢が逆転したり男たちが恐れをなして逃げ去ったり……などという事はまるで無く、それどころか蹴られた男も起き上がって来て、怒りの形相の5人の男たちに取り囲まれる事になってしまった。


 これは流石にマズい、と思ったのか小菰は構えを解くと、

「ちょっ、5人がかりはやり過ぎじゃ無いスか!?暴力反対ッス!!」

 と、たじろいだ。


「オメーがいきなり蹴って来たんだろうが!!あ〜、痛ぇ……」

 アロハシャツの男が怒鳴って頭を擦る。


「ガキみてぇだがいいや、コイツ連れてこうぜ」

 金髪に赤いTシャツの男が小菰を後ろから抱きすくめようと近付く。


 ドスッッッ!!

 その背に那美の貫手ぬきてが突き刺さる。

「ぐぎっっ!!」

 金髪男が仰け反って倒れた。余程痛かったのか背中を押さえて転げ回る。


「何だこのチビ!!手前もこのガキの仲間か!!」

 ニキビ面が叫んで那美に詰寄ろうとしたその時、


「止めねぇか!!」

 突然、大声が轟いた。


 男たちと那美たちがその方向を見ると、遠巻きに見ていた野次馬たちの後ろから、一際巨大な男がノッシノッシ、と歩いて来た。両脇にはコギャルファッションの少女たちを連れている。


斗枡とますさん!!」

 アロハシャツの男が大男の名を呼ぶ。

 険しい表情の那美と大男……斗枡の目が合う。


「ん……?また御槌か……ふん、手前ら、何かやらかしたな?」

 斗枡が男たちに訊く。


「いやいや、俺たちはただ一緒に遊びに行かないかなー……って声を掛けただけですよ!!」

 アロハシャツの男が言い訳を始める。


「その男が照真を連れて行こうとしたんだが」

 氷のように冷たい声で那美が言う。


「なるほどなるほど……って、やっぱテメェらが悪いんじゃねぇか!!」

 少しだけ考え込むような素振りを見せた斗枡が、巨大な手でアロハシャツの男を張り倒す。


「グハッッ!!」


 だが派手な音の割には手加減してるのか男はよろけただけで済んだ。


「悪かったな、御槌。コイツらは俺が言い聞かせとくから今回は勘弁してくれねぇか」

 斗枡が姿勢を正し、那美に対して深々と頭を下げる。

「そうしてくれると有り難い。こちらこそ助かった」

 那美も斗枡にお辞儀をする。


「じゃあ、行くぞお前ら、今日はギャル連れて来てんだよ、ギャルちゃんたちをよ!!」

 そう大声で言い、コギャルに抱き着かれながら去っていく斗枡。男たちも、さすが斗枡さん!!カッケーっす!!等と言いついて行く。


 後に残された那美たちは、その姿をしばし見送ったが、照真が腕時計を見て、

「いっけない!もう4時50分過ぎてる!!」

 と慌てて叫ぶ。

「カメレオンクラブはまた今度ですわね……」

 と亜美が言い、駅方向へ歩き出す。

 その後ろを那美がついて行こうとし、何やら強い視線を感じて振り向く。


 そこには両の瞳をキラキラと輝かせて那美を見つめる木村小菰の姿があった。

「……すっっっげぇッス!!あの、ミヅチさん、でしたっけ、小菰を弟子にして下さい!!」

 そう小菰に言われた那美と、それを聞いた照真と亜美は、驚いて立ち止まる。


「あのな、ココモとやら、私も修行中の身で、弟子なんて取れないんだ、それにまだ高校生だし」

 小菰を諭す那美。


「あら、でしたら貴女の道場の門下生に加えてあげればよろしいんじゃなくて?」

 亜美がオホホ、と小さく笑いつつ言う。

 それを聞いた小菰は、

「ハイ、ハイ、ハ〜イ!!入門させて頂くッス!!」

 と元気に答える。しかし、

「ちょ、二人とも、待ち合わせの時間過ぎちゃうよ!!」

 照真が『その場駆け足』をしつつ慌てて言う。


「そ、そうだな……ココモとかいったな、ウチの道場は、篠山ささやま町の御槌流道場だ、タウンページにも載ってるからまた電話でもして来ると良い」

 那美は小菰にそう言いつつ、先に走り出して、那美ちゃん!と呼んでる照真と亜美に手を上げ、走り出した。


「ありがとうございますッスー!!那美師匠ー!!」

 その背に向かって小菰は叫びながら元気良く手を振った。


 朝、史郎たちと別れたTATSUYA前に全力疾走(照真の)で走って来た3人は、何とか5時わずか前に到着して、待ち合わせには間に合う事が出来た。


 歩道の脇には史郎たちの乗ったミニバンが横付けされて、窓からナディアが声を掛けて来る。


「お帰リ、チャンと時間通リニ間に合って偉いゾ……ん?知らナイむすめが居ルナ……?」

 初対面になる亜美を見て、ナディアが不思議そうな顔をする。


「この……子は……ゼェゼェ……竜王院亜美ちゃん、ハァハァ……那美ちゃんの、幼馴染み、だよ……」

 肩で息を付きながら、照真が説明する。


 紹介された亜美は、ドレスの裾を摘み、屈膝礼カーテシーの仕草をしながら、

「ご機嫌うるわしゅう存じますわ、わたくし竜王院亜美と申します。日野照真さんの御好意にあやかりまして、御同道させて頂きますわ」

 と丁寧に挨拶する。


 運転席の史郎が小さく手を振りつつ言う。

「うん、是非乗って行っておくれ」


 亜美のその姿を見たナディアは目を丸くしながら、

「Garota Da Cidade Alta!ソンな優雅な挨拶ハ日本に来テからハ初めて見タヨ!!ナディア・シモーネだよ、ヨロシクどうもネ」

 笑顔で右手を差し出す。

 亜美はニッコリ笑って握手を返すと、後部座席に乗り込んだ。


「あらあら、素敵なお姫様みたいな方ね!」

 と麻子も大喜びである。


 そうして史郎・ナディア、麻子・那美、亜美・照真という二人一組の席に別れて乗り込んだ車は駅前ロータリーを通って篠山町への帰路を出発した。


「ナディアは随分買い込んだんだなムニョニョ」

 麻子に頬をムニムニ触られながら那美がナディアに話しかける。


「ウン、暮らしニ必要ナ物を色々買い物したヨ、新町商店街ハ何デモ揃ってテ凄いナ!!」

 興奮した様子でナディアが答える。足元や席の間に大きな袋を置いていて窮屈そうに見えるが、ナディアは満足そうだ。


「お母さんも色々買って来たんだね」

 照真が麻子と那美の間に首を突っ込みながら様々な袋や包みを見る。ついでに那美の膝の上にも袋が置かれている。


「沢山買ったらおまけしてくれちゃって、ついつい色々と買っちゃったわ〜」

 麻子も様々な日用品や雑貨を買い込めて、更に那美を愛でられてホクホクと上機嫌だ。


 やがて車は国道9号線から426号線へと右折して、夕闇の中を飛ばして行く。

 9号線を走っていた時は多かった対向車が露骨に減っていった。

 そうしてしばらく走り続けた後に、目印となるエッソのガソリンスタンドがある交差点を左折し府道に入ると、篠山町へと進路を取る。


 そのまま府道を走り続け、周りに何も無い篠山東口、というバス停が見えてきた所で亜美が、

「わたくしはこちらで降ろさせて頂きますわ」

 と、言った。


 その言葉を聞いた史郎は、バス停の前に車を停めた。

「え?この辺りに何も無いみたいなんだけど、亜美ちゃんバスに乗り換えでもするの?」

 と照真が聞く。その言葉に亜美は、

「わたくしの家はここから近いので……それに道が狭くなってまして、車だと入れませんので……」

 と言い、そそくさと車を降りた。


「でも……」

 照真が心配そうに声を掛けようとするが、

「良いんだ、史郎さん、車を出して下さい」

 那美が照真の言葉を遮るように言い、ドアを閉める。


 窓の向こうで亜美はお辞儀をして手を振る。

「……」

 その姿がちょっと寂しげに見えた照真は、窓を開けて、

「亜美ちゃん、気を付けて帰ってね、それじゃまた学校で!おやすみなさい!!」

 と言った。

 その照真の声にもう一度手を振る亜美。


 車が走り出す。

 もうすっかり暗くなった田舎道に亜美は取り残されたように見えた。

 走り出してしばらくすると、窓の中に異臭が漂って来た。

 どうやら道沿いの豚舎から漂って来た匂いのようだ。


「臭っ!!酷い匂い…でもこの町にもこんな所でこんな仕事をしてる人たちも居るんだね…」

 そう言いつつ窓を閉める照真。


 その時、照真からは見えなかったが那美の顔が悲しげな顔に歪んでいた。

 そして、今言った言葉を、照真は後日思い出して後悔する事になるのだった。







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