第1話 蛟龍〜水の拳〜 第十三節

「那美ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!いらっしゃい〜〜!!!」


 照真が玄関から上がり、ただいま〜、御槌さんに遊びに来てもらったよ〜、と言うが速いか、照真の母・麻子が自分の娘そっちのけでスッ飛んで来た。


 その勢いに那美は思わず『天地の構え』で迎え討つ体勢を取ってしまう。無駄だったが。


「や〜〜~〜〜ん、本当なんて可愛いの〜〜〜〜〜!!!」

 怒濤どとうの如くなでなでスリスリもちもちムニムニされてしまう那美。


「こ、こんばんは、お邪魔、します……ムギュ」

 そしてリビングへ拉致される那美。

 ニコニコしながら照真も付いていく。


「こんばんは、君が照真が言ってた御槌さんだね、ようこそいらっしゃい」

 ソファーに座ってTVを見ていた父・史郎が笑顔で歓迎する。


「ただいま、お父さん、那美ちゃんに来て貰ったんだけど、今夜は泊まってもらっていい?」

 照真が史郎に尋ねる。

「ん、良いよ、寝具は……夏布団と毛布を出してあげれば良いね、照真の部屋に泊まるんだろう?」


「うん、ありがとう、お父さん」

 史郎の了承を得た照真は、麻子の魔の手から那美ちゃん人形…ではなく那美を強引に奪い取ると、自室へ案内した。


「ヤダ〜〜!!もっと抱っこしてたいのに〜〜〜……」

 という麻子の猛抗議は無視して、サッサと部屋へ入る。


「じゃ、お布団取って来るから待ってて……あ、あとお風呂も見て来るね」

 そう言いつつ部屋を出る照真。


「うん、待ってる」

 照真の背に小さく手を振る那美。

 その直後に険しい表情になる。


 あの追跡者は……特に怪しい気配や物音はしない所を考えると、おそらく、この家の敷地内には居ない。

 もしあの追跡者の標的が自分なら、この家の皆の迷惑にならないように今からでも家の外へ打って出るか……。


 不審者として警察に通報しておいても良いが、警察がパトロールに来た事で襲撃を急がせてしまい、日野家の皆が狙われるという可能性もある。


 そうして襲撃者に対しての思考を巡らせていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


『那美ちゃん、ごめん〜、開けて〜〜』

 照真の声だ。

 那美がドアを開けると、布団を抱えた照真と、毛布を持った麻子が入って来た。


「お待たせ!」

 布団を下ろす照真。そして麻子が布団を敷き、毛布を被せ、とテキパキ動いている。

「ありがとう、お母さん」

 専業主婦の流石の手際に素直に感心する照真と那美。


 そうして布団を敷き終えた麻子は布団に潜り込んで、那美をじっとりとした流し目で見つめると、

「どうぞ」

 と那美が入れるスペースを空けた。


「はいはい、お母さんは自分の寝室に帰ってね」

 麻子を布団から引っ張り出す照真。意外と怪力である。


「あ〜ん、お母さんもお泊り会に混ぜて〜〜」

 麻子の悲痛な訴えを照真は無言で退けて部屋の外へ閉め出した。


「……いいの?」

 後ろ手にドアを閉めた照真に那美が聞く。


「うん、あれはただふざけてるだけだから大丈夫」

 そういう物なのか、と那美は思った。

 うちの母さんとは全く違う感じのああいうお母さんも居るんだな、と。


「それで、那美ちゃん、お風呂なんだけど、もうお湯は落としちゃってたみたいで、シャワーだけになっちゃうけど、良いかな…?それから、シャンプーやボディソープも使ってね」

 洗面所の横の戸棚から持って来ていたタオルを差し出し、済まなさそうに照真が言う。


 それを受け取りながら、那美は、

「うん、汗を流せるし助かるよ、じゃあ入ってくる」

 そう言って部屋を出る。


 そして、リビングに居る夫妻に、

「すみません、お風呂お借りさせて頂きます」

 と声を掛ける。


 は〜い、ごゆっくり〜、と麻子の声がした。夫妻揃ってTVを見てるようだ。


 そうして風呂場に着いた那美は、ジャージと下着を脱いで戸棚の空いてる場所に畳んで置いた。

 着替えは持って来てないが、家で着替えたからこれを着れば良いか……と思いつつ、風呂場に入る。


 日野家の風呂場は御槌家の風呂場よりは狭いが、2〜3人は洗い場を使えそうな広さで、空になっている湯船は大人がかなりゆったりくつろげそうな広さに見える。


 この家でのシャワーの扱いは初めてだったが、難しい物では無いのですぐに理解出来た。


 そして熱めの湯にして立ったまま頭から浴びる。

 こうして熱い湯を浴びていると、昨日今日の慌ただしかった物事が洗い流されて行くようで気分が良かった。


 そうして那美が入浴を楽しんでいる間に、照真は風呂上がりに飲み物でも用意してあげようと、キッチンに向かい、コーラと氷をグラスに淹れて、部屋に戻ろうとしつつ、何気無くリビングの窓の外を見て凍り付いた。


 そこにはバイクのフルフェイスヘルメットを被り、ポンチョを身に着けた何者かが立っていた。


「キャアァァァァァァァァァァ!!!」

 照真が悲鳴を上げた。と同時に、


 ガシャアァァァァァァァン!!!!!


 外に居た何者かが窓ガラスを破って室内に飛び込んで来た。

 TVを見ていて気付いて無かった夫妻が、照真の悲鳴と物音に驚いて振り返り、史郎は麻子に抱き着いて庇う。


 照真と夫妻が驚きと恐怖で身動きが取れない様子を見た侵入者は、3人には関心が無いのか、キョロキョロと辺りを見廻した。

 その瞬間、一人の人影が侵入者に向かって突っ込んで来て正拳突きを叩き込む。

 那美だ。


 一糸纏わぬ裸身に水滴を滴らせたまま、侵入者と対峙すると、征遠鎮せいえんちんの構えを取った。


「那美ちゃん!!」

 照真が叫んだ。


 そのまま那美は全裸である事と床に散らばるガラス片は気にせずに侵入者に立ち向かって行く。


 正拳突きから肘打ち、裏拳、下段二段突き、中段回し蹴りを目にも止まらぬ速さで一気に打ち込む。


 侵入者はそれらを寸手の所でかわし続けるが、一瞬にして壁際まで追い詰められる。


 そして追い詰められた侵入者は、右手を腰の後ろにやると、大型の短剣を抜き出した。


 そして更なる追撃をすべく間合いを詰めて来た那美に斬り掛かった。

 大振りで振り回される短剣を那美が紙一重で躱して行く。

 袈裟斬けさぎりに振り下ろした短剣を避けられた侵入者は、那美の腹部を目掛けて短剣を突き出した。

 その瞬間、


 パキィィィン!!


 という金属音と共に短剣が叩き折られた。

 ゴトッ、と折られた刃が床に落ちる。

 何が起きたか理解出来ず、折られた短剣を見詰める侵入者。

 柄から程無い部分が綺麗に折られている。


 寸鉄身に着けていない筈の全裸の相手の謎の技に驚愕する侵入者、那美はその隙を見逃さなかった。

 軽く屈み込むような姿勢から侵入者の腹部に中段突きを叩き込む。


 ドスン!!!と言う重い打撃音と共に侵入者の身体が前屈でもするように折れ曲がる。


 そして倒れ込んで来た侵入者の懐に潜り込むと、そのまま後ろに転がるように巴投げを決めて、侵入者を背中から床に叩き付けた。


 起き上がった那美は、侵入者がヨロヨロと立ち上がろうとする様子を見て、

「照真は見るな」

 と言って右手を高く掲げ、そのまま手刀を侵入者に向かって振り下ろした。


 見るな、と言われはしたものの、驚きの連続で目を見開いたままだった照真は、その瞬間を確実に目の当たりにした。

 青白い光と共に放たれた那美の手刀がシュバッ!と音を立て、斬り裂いたヘルメットと服がはだけた時、中から出て来たのは金髪の少女だった。








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