第1話 蛟龍〜水の拳〜 第八節

 6限目が終わり、ホームルームも終わった後に那美と照真は、昼休みに呼び出しを受けた講堂の裏へと向かっていた。


 考えてみれば、呼び出されたのは那美一人だけだったので照真まで行く必要が有ったのかは疑問だったが、特に那美が来なくて良い、とは言わなかったので、照真もおっかなびっくりしながらも付いて行く事にした。


 講堂の裏に着くと、先程教室に来た女生徒が腕組みをして一人で待っていた。他には誰も見当たらない所を見るに、ぼっちの子なんだろうか。


「来ましたわね、御槌那美……ん?貴女も来たんですのね、まぁ良いですわ」

 那美に付いてきた照真を怪訝な表情で見ながら言う。


 その女生徒は照真よりは背は低いが、那美より頭一つ半程高い背丈で、髪型はライトブラウンの髪を縦に巻いた縦ロールヘアの、眼差しのキツそうな、なかなかの美人であった。


 しかし彼女を見てると、昨夜の夢に出て来た謎の女性を思い出してしまって、何だか奇妙な感覚を覚えてしまう照真だった。


「話とは何だ、私はこの後で帰って稽古があるから、長くなるなら帰るぞ」


 冷淡な声で那美が言うのを頷きながら聞いていたその女生徒は縦ロールの長い髪をサラッとかき上げると


「そんなに長い話ではありませんわ、話というのは昨日の農協前での乱闘騒ぎの件……あれはまだ公にはなってはおりませんが、貴女がまた他校の生徒たちを叩きのめしているのをこの目でバッチリ目撃してしまったのですわ。その事を先生方に知られるとマズいのではありませんこと……?」

 と、芝居がかった仕草で嫌味ったらしく言って来た。


「!!」

 あの時は周りに気付いていなかったのだが、何処かから彼女も見ていたのか、照真はまずい事になったかも……と内心冷や汗をかく。


「それで?何が言いたい」


 怒気を含んだ声で那美が言う。

 だが照真にはわんこが吠える前みたいに見えた。かわいい。


「簡単な事ですわ、昨日の事を先生方にバラされたく無いのでしたら、わたくしと勝負しなさい!!この竜王院亜美りゅうおういんあみこそが貴女よりも格上であると、新技の痛みと共に、証明して差し上げますわっ!!」

 そう一気に言い終えた亜美は、身構えると同時に那美に殴りかかって来た。


「この速い突きが躱せるかしら!? Un ,Deux, Trois, Quatre, Cinq,Poussée!!」

 那美の懐へ一気に間合いを詰めた亜美は、照真の目に留まらない程の速さで次々と手刀突きを繰り出す。


 だが、那美は突きが出される前から見えてるかのように軽々と全ての突きを躱した。そして面倒臭そうに、


「前にも言ったが喋りながら技を出すとバレバレだし顎に一撃貰ったら舌噛むぞ、それに手刀で突くと突き指する」

 那美に軽々あしらわれた挙げ句、呆れたように言われた亜美は、頭に血がのぼったのか、


「じゃっかましーーーですわ!!……それに、突きはただの牽制けんせい、本命は……!!」


 そう叫び、屈みこみつつ左手で那美の左手首を掴むと、立ち上がりながら右手首を跳ね上げて那美の顔を打ち払い、同時に踏み込んだ右足で那美の左足を蹴り払った。


「おぉっ」

 那美の体勢が崩れ、引き倒される。


「これぞ新必殺技、Coude sept étoilesですわ!!……って、何っ!?」


 地面に引き倒されかけた那美が倒された時の姿勢を逆回転させたように、ふわっと軽々元の体勢に戻った。


「今度は七星螳螂拳しちせいとうろうけんか、面白い技だが詰めが甘い」

 そう言うと、亜美の額にデコピンを喰らわす。


 バッチーーン!!!


「あいたっっ!!」


 なかなか痛そうな打撃音を立てて、亜美は額を押さえてしゃがみ込んだ。


「だからいちいち派手なだけで技のキレが甘いんだよ、私だから手加減するが、下手に他人に手を出したりしたら酷い目に遭わされるぞ」

 額を抑えて悶絶している亜美を見下ろしながら那美が言った。


「〜〜〜~~~~~~ッ!!」


「じゃあ、もう用は済んだな、帰ろう、照真」

「あっ、うん!」

 額を押さえたまま立ち上がれない亜美をその場に残して、二人は講堂裏から立ち去った。


 講堂から表に回り校舎前を通ると、下校していく生徒や、運動部の生徒や顧問教師たちの声が聞こえて来る。

「そういえば那美ちゃんは部活動には入ってないの?」

 那美と並んで歩きながら照真が尋ねる。


「部活動か、私は放課後には家の手伝いで空手道場の皆の稽古を見てやっているから、入部はしていないんだ」


「あー、なるほど、そうなんだ……」


「でも、柔道部の名簿に籍だけはあるよ、大会がある時には参加して欲しい、って言われている」


 篠山高校には空手部は存在しなかったが、柔道部は存在していて、顧問の教師の頼みもあり、柔道の心得もある那美は大会の選手として参加させられているのだ。

 やっぱり那美ちゃんは凄いな……と改めて思わされる照真だった。


「照真は部活動には入ってないの?」

 那美にそう尋ねられた照真は、まずい事を聞かれたなー、という表情になり、

「あー、私はちょっと良い部活動がなかなか見つからなくて……アハハハハ……」

 と笑って誤魔化した。


「そうなんだ、まぁ部活に入らない子も多いし、人それぞれの時間の使い方はあるからね」

 那美は特に気に留めない様子でそう言った。


 笑って誤魔化しはしたものの、漫画研究会には今日も入れなかったな……と照真は軽く落ち込んだ。

 でも何故か昨日までより少しせいせいしたような気分もするのだった。


 大体漫画なら家に帰ったら一人でも読めるし……ん?漫画……?


 校門を出て家の方への坂道を歩きながら、照真は那美に、

「そうだ、那美ちゃん、漫画って読むかな!?」

 と大きめの声で言った。


 ちょっと元気が無さそうだった照真が急に大声を上げた物だから、那美は目をパチクリさせて驚いた。かわいい。


「漫画か、読んだ事はあるけど、持ってはいないな……」

 この言葉は照真にとっては軽くショックであった。漫画を持ってない子なんて存在したのか……


「だったら、私の家にちょっと寄って行かない?那美ちゃんにオススメの漫画があるんだ」


「うん、ちょっと寄る位なら大丈夫だよ」

 ウキウキと嬉しそうに言う照真に、つい乗せられてしまった気もするが、照真の家に遊びに行けるのはちょっと楽しみな那美なのだった。


 そうして二人は坂を下りて集落内の道を歩いて照真の家へ向かった。


 途中、農協の横を通ったが、昨日の乱闘の痕跡も無く、今日は誰も居なかった。その後は他愛の無い雑談を交わしつつ、間も無く照真の家に着いた。


「じゃあ、上がって上がって……ただいま〜、お母さん、御槌さん来てくれたよ〜」


「お邪魔します」

 家の戸を開けて、照真が靴を脱いで玄関に上がると、那美もそれに倣って上がらせてもらった。


「は〜〜い、お帰りなさい〜」

 廊下の奥から照真の母、麻子の声が聞こえて来る。


 だが、照真は廊下の奥には進まずに、手前の部屋のドアを開けた。


「ここが私の部屋。さぁ、入って」

 促されて那美も部屋の中に入る。


「そこの椅子にでも座ってて、ちょっと飲み物取って来るね」

 鞄を学習机の上に置き、中からランチボックスを取り出した照真は、那美に机の前の椅子に座っててもらうように言うと、飲み物を取りに部屋を出ようとした。


「照真〜、入るわよ〜……って、あらら」

 その時、丁度飲み物を持って来た麻子と、部屋を出ようとした照真が鉢合わせてしまった。


 だが幸い、麻子が持っていた飲み物とお菓子はトレイから落ちる事は無かった。


「お母さん、私が取りに行くから良かったのに……」


 照真はそう言ったが、母の視線は別の方向に釘付けになっていた。

 その瞳は何か宝物でも見付けたかのようにキラキラと輝いている。


「……こんにちは、お邪魔してます、御槌那美です……」

 ちょこん、と椅子に座って挨拶をする那美。かわいい。


「キャ――――――!!何この子かっわいい――――――!!!」


 言うが早いか、那美にガバッと抱き着いた麻子は、頬っぺたスリスリ頭ナデナデお顔ムニムニと暴虐の限りを尽くす。


「ど……どうも……ムニュ……」

 抵抗しても無駄だと悟ったのか、麻子にされるがままの那美と、鼻息荒く欲望が足りまくってる母の姿を見た照真は、このまま放っておいたら寝室に持ち帰って朝までそうしてそうだと、危険を感じて無理矢理引き剥がした。


「あ〜〜ん、もっとナデナデしてたいのに〜〜」

 おもちゃを取り上げられた犬のように残念無念な表情を浮かべつつ、麻子は渋々と離れる。


「わかったから、ほら、離れて離れて!あ、そうだ、今日のお弁当も美味しかったよ、ありがとう、お母さん」

 何とかして那美を母の魔の手から救った照真は、ジュースとお菓子を学習机に置き、代わりにランチボックスをトレイに乗せた。


「そう?エヘヘ……良かった……!!」

 母の残念そうな顔がぱあっと明るくなる。

 娘がちゃんとお弁当を残さず食べてくれた様子なのが嬉しくて、笑顔になる麻子だった。


「それじゃ、どうぞごゆっくり〜」

 嵐のような母の来襲は、こうして過ぎ去った。


「ごめんね、那美ちゃん、ビックリさせてしまって……」


「ん……いや、明るくて楽しいお母さんだね」

 そう言いつつ、那美の目は、机の右側にある本棚を見ていた。


「凄く沢山本があるな……本屋みたいだ、これは全部照真の……?」


「うん、ほとんど漫画なんだけどね、あ、これ飲んでね」

 母が持って来てくれたジュースを照真が飲みながら言った。グレープフルーツジュースだ。


「ありがとう、いただきます」

 那美もジュースに口をつける。


「小さい頃から漫画が好きで、それはお爺ちゃんの影響なんだけどね」


 元々はここ篠山町の出身であった照真の祖父、日野昭三ひのしょうぞうは、若い頃に大阪へ就職に出て、大阪市北区に現在もある東陽とうようジャーナルという出版社に就職して、以来定年退職までの40年間を勤め上げたのだが、その間に趣味として漫画を集め続けていたのだ。


 照真は、その祖父と漫画コレクションが大好きで、小さな頃から漫画を読み続けて来た漫画オタクのサラブレッドなのであった。


 それはそれとして、

「そうそう、那美ちゃんに読んでもらいたい漫画があって……」

 そう言いつつ照真は本棚の方へ向かい、那美に貸したい漫画を数冊づつまとめて取り出すと、机の上に置いた。


 那美はそれを見ながらおとなしくチョコケーキを食べている。かわいい。


「これ、読んだ事あるかな?」

 中国拳法を題材にした少年漫画である。

 照真の漫画の趣味は祖父の影響が色濃く、少女漫画は殆ど無くて少年漫画がメインであった。


 差し出された漫画本の山を見て、那美は、

「いや、初めて見たよ」

 とかぶりを振った。

「だったら、是非読んでみて欲しいんだ、今日のあの……竜王院さん……?が使ってた技に似てる技も出てきたと思う」


 照真は、本棚の横にあるカラーボックスからトートバッグを取り出して、漫画本を中に詰めると、改めて那美に手渡した。


「そっか、それは面白そうだね、ありがとう、大切に読ませてもらうよ」

 那美は、ちょっとワクワクしたような表情でトートバッグを受け取った。

 その表情を見た照真も何だか嬉しくなってにっこりとした笑顔になった。


「あ、そうだった、那美ちゃん今日も空手の稽古があるんだよね、何だか長い時間引き止めたみたいになっちゃったけど、間に合うかな?」

 思い出した照真は申し訳無さそうにそう言ったが、


「大丈夫、まだ帰っても結構時間はあるはず」

 平然とした顔で那美は答えた。


 それを聞いた照真は、他にもコレとか、コレなんて面白いよ、と本棚から単行本を取り出して那美に見せた。


「じゃ、今日はこの辺でお暇させて頂くよ、ジュースとお菓子、ごちそうさまでした、美味しかった、それから漫画もありがとう、借りていって家で読むね」

 那美はそう言って立ち上がり、玄関へと向かった。照真も見送りについて行く。


「それじゃ那美ちゃん、また明日、学校で!」

 玄関で靴を履く那美の後ろ姿に照真は声をかける。

「うん、じゃ、また明日、お邪魔しました」

 靴を履いて立ち上がった那美はそう言いつつ振り返ってペコリ、と一礼する。かわいい。


 するといつの間にそこにいたのか、麻子が、

「那美ちゃん、また来てね、お菓子用意して待ってるからね……」と泣きべそをかきながら見送っていた。そこまでなのか。


 そうして那美は日野家を後にして、自分の家へと帰って行った。


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