第50話

 その後、念のため騎士院付属病院に、レオンと一緒に連れてこられたアメリアは、検査を受けることとなった。


 大事ないと診断を受けたのち、レオンと落ち合う約束をしていた待合室へ向かう途中、廊下で呼び止められ振り返る。


 そこにいたのは、多忙の中アメリアを心配して、駆けつけてくれたデールだった。


「アメリア、無事でよかった」

「デール様!」


 アメリアは、周りに人がいないのを確認してから、今日起きた不思議な出来事を、デールに聞いてほしくて話した。


 デールは、アメリアが一通り話し終わるまで、静かに話に耳を傾けてくれた。


「そうか。君は瞳の力で彼の右手を治癒したんだね」


「そうなんだと思います。でも……」

 まだ、いつでも自分の思いのままに力を使うことは、できなさそうだとアメリアは言った。


「なんとなくですけど、レオンと思いが共鳴しあった瞬間、力を使えるようになった気がして……」


 だから、たとえばこの力を、困っている人たちのために使ってほしいと頼まれても、全員に奇跡を起こしてあげられる自信はない。


「……これは伝承の知識でしかないが、賢者の石は、石が認めた者にしか、力を発揮しないと初代賢者殿は言っていたらしい。だから、初代賢者殿が亡くなった時から、賢者の石は、ただの赤い石ころでしかなくなったのだと伝えられておるが」


 けれど石はもともとレプリカで、その力は赤い瞳に宿っているのだとすれば……。


「アメリアは無意識にでも、力を使うに値する特別な存在だとレオン君を認め、彼の思いに応える形で、力を使っているのかもしれんのう」


 自分の力を使うに値する存在。そう言われても、ぴんとはこなかったけれど、彼が自分にとって、唯一無二の存在であるのは事実。この感覚は、レオンにしか感じない特別なものだ。


「真実がどうであれ、謎の多い力じゃ。今はまだ、わしらだけの秘密にしておこう」

「レオンにも、ですか?」

「そうじゃな。レオン君が、君の力を悪用するとは思わないが……その力は強大故に、元々口外禁止の能力。言わない方が身のためじゃ」


 下手に知れば、彼に危険が及ぶかもしれないと、デールは危惧しているようだった。


 この瞳が、本物の賢者の瞳だと知られれば、アメリアを服従させることで、力を得ようとする者が現れるかもしれない。

 レオンが主に選ばれたと知られれば、彼を消そうとする者も現れるかもしれない。


 そんな可能性を聞かされ、今までデールがこの瞳の事を口外しないことで、アメリアを守ってくれていたのだと理解した。


 瞳の秘密が知られれば、自分は自由には生きてゆけなくなるのかもしれない。

 それを察したアメリアの表情が僅かに強ばる。


「大丈夫。その瞳のせいで、君の人生を犠牲にする必要はない。君は、君の好きなように選んだ道を生きていいんじゃよ」

 表情からアメリアの不安を読み取ったデールは、優しくアメリアの頭を撫でてくれた。


「デール様……ありがとうございます」

 アメリアの表情が和らいだのを見て、デールも頷く。

「さて、向こうに行こうか。彼らがお待ちかねじゃよ」

「彼ら?」



◇◇◇



「アメリア~!!」

 レオンが待っている待合室に入ると、待ちかねていたようにアドルフが飛んできた。

 どうやら彼もアメリアを心配して、駆け付けてくれたらしい。


「怪我はない? 本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。心配かけてごめんなさい」

 ペタペタと顔を触られ確認されるが、アドルフにされると、まるで姉か母に心配されているような気分になるから不思議だ。


 しかし、そんな気持ちでいたアメリアとは裏腹に、大きな咳払いをしたレオンが、すぐに二人を引き離す。


「レオン?」

「オマエら、距離が近すぎ」

「あらあら? フフ、ごめんなさ〜い」

 何かを察したように、ニヤニヤするアドルフに対して、レオンはムッと眉を顰めたが。

「レオン君、アメリアを連れ戻してくれてありがとう」

 デールに礼を言われ、レオンは不機嫌な表情を引っ込め頭を下げた。


「本当に、二人とも無事でよかったよ」

「セオドア、色々ありがとな」

 レオンの代わりに、上司へ報告をしに行ってくれていたセオドアも、部屋へやってくる。


「それはいいんだけど……レオンの右手が治っていたこと、騎士院のみんなに話したら驚愕してたよ。しばらくは、奇跡の男って呼ばれるかもね」


「ゲッ、なんだよその仰々しい呼び名」


「だって、悪魔との戦闘中に、突然治癒するとか奇跡としか言いようがないし」


「いいじゃない。なんだかご利益もありそうだわ。奇跡の男!」


 アドルフにまでそう呼ばれ、勝手に変なアダ名で呼ぶなと、レオンは微妙な顔をした。


「でも、本当に不思議だね。一体悪魔と対峙したどんなタイミングで治ったの?」

「それは……」

 セオドアに純粋な疑問をぶつけられ、僅かにレオンの目が泳ぐ。


 あんな状況の中で、キスした時とは言いづらい。


「ちょっと〜、なに赤くなって口籠ってるのよ。いやらし〜」

「はぁ!? 赤くなんてなってねーよ!」

「赤くなってるよ、レオン」

「セオドア、オマエまで……」


「ねー、アメリア一体なにがあったのよー」

「え、えっと……」


 三人の賑やかな会話に巻き込まれ、アメリアも思わず視線を泳がせてしまったが、そこでレオンと目が合って……二人だけの秘密に、二人はこっそりと笑い合ったのだった。

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