二十一歳 ── 1

 しばらく経って、誕生日を迎えた。そんな日、私たちは隣国へと乗り込んだ。荒野の真ん中では鳩便が使えないため直接向かうことになる。今回は全員が目的地の場所を知っているため、いざと言う時の魔法である『転移魔法』が使える。全員で手を繋ぎ、目を瞑り目的地を思い起こす。カリムさんが指を鳴らすと、全員が隣国の門が見える位置に降り立つことができた。

「……来てしまった」

「大丈夫ですよ、私たちならやれます」

「さ、作戦通りに動くぞ」


 門番に止められはしたが、王族だけが持つ紋章のおかげで通してもらうことができた。王城に向かう道中、久々の外人なのか国民の好奇の目に晒されて居心地が悪かった。

 果たして王城に辿り着き、王の前に通された。パスカル様と同じか、それより少し上くらいの年齢に見える女の子が、不釣り合いな大きい玉座に包まれていた。その傍らには、ローベル様が立っている。

「遠路遥々、お疲れ様でございます。直接お会いするのは初めてでしたか」

「お労りの言葉、ありがとうございます。僕たちが生まれてからそう経たずに戦争になりましたからね。初めまして、イレナ様」

 これがまだ十歳になったばかりの子供二人の会話だとは誰も思うまい。

「この度は、どういったご要件で?」

「こちらの手紙をお届けに」

 そうパスカル様が言い、カリムさんが立ち上がってイレナ様に手紙を手渡す。

「……もう身を隠すことはやめる、と」

「はい。あの襲撃からは既に四年が経とうとしています。今更逃げ惑っていても何の意味も無いかと」

「そうですか」

 イレナ様の返事は、あっさりとしていた。しかしパスカル様は動じず、台本通りに台詞をそらんじる。

「しかし、一つ条件があります。僕たちがそちらに身を置くというのはつまりいつ殺されてもおかしくない状況に自ら乗り込みそこに留まるということ。尚更、がいる地ならばますます可能性が高いともいえる」

「……と、いうと?」

「ローベルとその息子ユリスの処刑を求めます」

 その言葉を機に、部屋にざわめきが広がった。もしこの申し出にイレナ様が肯定を示さなければ、強行突破で二人を殺すという手筈になっている。だがしかし予想に反して、飛んできた声は彼女のものではなく。

「私が……なぜ私がお前らのために死なねばならんのだ! 無礼者の首を今すぐ刎ねろ!」

 怒気のこもったローベル様の声。そしてその声に従い動き出す兵士たち。つまりはそれが、戦闘へのゴーサインだった。

「仕方ねぇ、このどさくさに紛れて作戦決行するぞ。各自別れろ!」

 カリムさんの大声と共に私は部屋の出口へとダッシュする。三、四人いた護衛は死なない程度動けないくらいの傷を負わせて置いていった。

 さて、ユリスはどの部屋にいるのだろうか。謁見室が城の最上階、一つ二つ階を下がった所だろうか。闇雲に探す訳にはいかないので、無理やりで申し訳ないが途中にいた兵士を脅して聞き出す。

「ユリスはどこにいる」

「ゆ、ユリス様ですか? 三階の一番奥の部屋にいらっしゃったはず、です」

「そうか」

 その兵士にはなにもしなかったが、きっと追いかけてくることもしないだろう。走ってその場から離れ、聞き出した部屋まで全速力で進む。最上階が五階、二階降りればいい。


 ほとんど蹴破るようにユリスの部屋の扉を開けた。中にいたユリスはびくっと肩を揺らし、こちらを見た。

「……セリーヌ?」

 訝しむような声は小さかった。けれど友の声を聞いて、ここまで勇んでやってきた勢いが途端に削がれ始める。やはり私は、彼を殺すことはできないのかもしれない。

「どうして、ここに」

「……今日、パスカル様と私含めた騎士団の三人でここに来たんだ。表面上は私たちが逃げることをやめると伝えに来たことにはなっているが、そもそもの目的はローベル様とユリスを殺して敵討ちをすること」

 早口に言い切る。そうでもしなければ、減速する勢いが今にも止まってしまいそうな、そんな感じがしたから。

「よって、私はお前を……、殺しに来たんだ」

「そうか、ついに乗り込んで来たんだな」

 ユリスはゆっくり立ち上がり、指を鳴らして細身の長い剣──レイピアをその手に持つ。

「さすがにそのままやられる訳にはいかないからね。久々のと行こうか」

「……」

 この戦いを模擬戦と言えるユリスの気が知れなかった。どちらかが勝ち、どちらかは命を落とすことになるというのに。

「ほら、いつものように向かってきなよ」

 ……いつも私は、どのように。考えている暇は無いと思った。とりあえず臨戦態勢を取り、ぐっと足を踏み込んだ。

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