第32話 作戦その二・スイーツ

 それからランニングを終えて、アパートに帰ってきた二人。


「じゃなー」

「あっ、あの……っ!」

「ん? なんだ?」

「えっと……また、一緒に走りに行ってもいいですか?」

「……お、おぉ! いつでもいいぞっ! じゃ、じゃあなっ!」

「はいっ。今日はありがとうございましたっ」


 アパートの廊下で分かれ、各々自分の部屋に戻った。


 まことは靴を脱いで廊下を進み、扉を開けると、


「すぴ……んん……」


 部屋の真ん中に敷いた布団に、琴美が大の字で眠っていた。時折、寝返りを繰り返しながら。


「あはははは……」


 どうやら、寝相の悪さは相変わらずのようだ。


 起きる気配は全くないか……。


「んん〜……っ、もう……食べられないよ〜……っ」


 今、どんな夢を見ているのだろう。


 もしかすると、大好物をたらふく食べている夢なのかもしれない。


 いい夢を見ているのなら、もう少しだけ寝かせてあげよう。


 ずっと僕のことが心配で、あまり眠れてなかったと言っていたし。


「ふふっ」


 このまま寝顔を見つめていると、ベッドに寝転がりたくなるから、ここまでにしておこう。


 そう思い、真は、枕元に置いていったスマホを手に取った。


「……ん?」


 画面を点けると、メッセージが届いていた。どうやら、ランニングに行っている間に、通知が来ていたらしい。


 送ってきたのは……父さん?


琴美ことみから話は聞いた。ごめんな、なにもしてやれなくて……』

「…………っ」


 そんなことないのに……。


『父さんが謝ることじゃないよ。今日も仕事でしょ? 体調には気をつけてね』


 せわしない人だから、急いで出かける準備でもしながら一文だけ送ったのだろう。


 その姿が容易に想像できる。


 既読がつかないということは、そういうことだろう。


 ……あっ、忘れてた。


『琴美は明日帰るから』


 ……っと、これでよしっ。


 ピロリンッ。


 真が通知を送ったタイミングで、スマホから通知音が鳴った。


 それは父さんからではなく、


「……梨花りか先輩?」


 朝早くからなんだろうと思い、トーク画面を開いた。


『マコマコっ!! スイーツ食べに行こっ♪』

「……スイーツ?」




 それから時間も経ち、時刻はもうすぐ十時を回ろうとしていた。


 真が今いるのは……


「えーっと……」

「やっぱり、人気店は人が多いねぇ~♪」


 と言って眩しい笑顔を向けてくる梨花に対して、


「梨花、朝からうるさい。耳に響くんだから、静かにして……。ふわぁ~……」


 梨奈りなは眠たそうにあくびをしていた。


「あの……」

「朝からうるさくもなるよーっ! だって、ここ、開店前に並ばないとすぐ行列ができるんだもんっ」

「だからと言って、寝てた人を無理矢理起こす理由にはならないんだけど?」

「……はぁ」


 あれからというと、起きてきた琴美と一緒に朝食を食べた後、迎えに来た二人と一緒にここへ来たのだった。


 ちなみに、琴美は管理人さんと一緒に買い物に出かけた。


 まさか、この短時間であそこまで仲良くなるなんて。


「……ところでさ。あたしら、なんの店に並んでんの?」


 最近オープンしたというSNSで話題の甘味処。


 確か、名前は……


にゅうあんの『特製白玉あんみつ』が、今、超~~~話題なんだよっ!」


 母乳?


「……母乳?」

にゅう~っ!」

「ふーん……まぁなんでもいいわ。ふわぁ~……」


 朝から元気ハツラツな梨花。


 今にも立ったまま寝そうな勢いの梨奈。


 訳がわからず、とりあえず一緒に並んでいる真。


 そんな、テンションがバラバラの三人の順番がきたのは、待ち始めてから三十分後のことだった。


 店内に入った三人は、着物を着た店員の女性に案内されてテーブル席に座った。


「いらっしゃいませ」

「特製白玉あんみつを三つ、お願いしまーすっ」

「かしこまりました。白玉あんみつ三つですね」


 と言って、一度お辞儀をしてから、お店の奥に戻って行った。


 甘いものに目がない梨花先輩が言うのだから、とても楽しみだ。


 それから待っていると、三つの『特製白玉あんみつ』が載ったおぼんを店員の女性が運んできた。


「「「おぉぉぉーっ」」」


 三人の視線が一斉にテーブルの上へと向けられた。


 丸々とした白玉と、とろりとしたあんみつ。これだけでも十分美味しいのだけど。


 中央に粒あん、そして脇を固めるように、周りにフルーツが盛り付けられていた。


 ……ゴクリ。


 真が唾を飲み込むと、目の前の席でなにやら二人がゴニョニョと話をしていた。


「?」

「ねぇ~、マコマコ」


 と呼ばれてなにかと思ったら、突然、スプーンが差し出された。


「はい、あーん♡」

「へっ?」


 同じものを頼んだのだから、別に…――


「ほら、口開けろ」


 梨奈先輩まで……っ!?


「えーっと……」


 梨花のスプーンの上には、あんみつのかかった白玉とみかんと苺。


 梨奈のスプーンの上には、あんみつのかかった白玉と粒あん。


 それぞれ、違うバリエーションが目の前に並んだ。


「どうぞ♪」

「ふふっ」


「ええぇ……じゃ……じゃあ……」




 三人は食べ終えると、お会計のために席を立った。


「いやぁ〜美味しかったね〜♪」

「そうだな、人気なだけのことはある」

「マコマコはどうだったー?」

「はいっ、とても美味しかったです。また来たいです」

「おっ、よく言ったー! じゃあ明日も…――」

「すぐにもほどがあるだろ」

「えぇ〜いいじゃ〜ん。こういうのは、行けるときに行くのが大事なんだよーっ」


 そんな会話をしながら、レジの前に移動したのだけど。


「「あ」」


 穂波ほなみ姉妹の口からこぼれる声。


「? どうしたんですか?」


 すると、二人は徐に自分の手のひらを見せてきた。


「……握手?」

「「……忘れた」」

「忘れたって、なにをですか?」

「「…………財布」」

「あ……」


 梨奈は、叩き起こされてそのまま連れて来られ……。


 梨花はというと、スイーツのことで頭がいっぱいで……。


 それで、二人は財布を忘れてしまったということか。


「…………ふふっ」

「マコマコ?」

「?」

「ここは僕が奢ります。いいお店を教えてもらったお礼にっ」


 と言って真はニコッと笑みを浮かべた。


「「……っ!!」」


 二人は目を合わせると、


「えへへっ」

「ふふっ」


 自然とその頬を緩めていたのだった。


「あの……お客様……」

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