第3話 愛する者には駄馬を教えよ―3

 あれから三日後。

三日前に摘んだ<除湿草>を山小屋前の岩棚で天日干ししていると、馴染みの商人ロウが娘を連れてやって来た。


「やあ、ロウ。久しぶりだね。遠方に商売にでもいってたのかい?」


「お久しぶりです、リサン様。ちょっと北国まで仕入れに行っていただけですよ。いい保存食が手に入ったので、お土産にと」


 ロウはにこりと笑って包みを差し出す。


「そりゃあ、ありがたい。でも、それだけじゃないのだろ?」


 リサンは、ロウの隣に立つ十代半ばの娘へ視線を移した。娘は気づくと、ていねいに頭を下げた。


「礼儀正しいお嬢さんだ。ま、とにかく中に入ろうか? ここまで来るのは大変だったろう?」


 返事も待たずにリサンは小屋へ引っ込む。

 ロウは苦笑しながら頬を『ポリポリ』とかいた。


「リサン様、相変わらずだなあ……ほら行くぞ」


「う、うん」


 ロウは娘を促して山小屋へと入った。


 小屋に先に入ったリサンは、水瓶から水を汲み、三つの木製マグに注ぐ。

 そして、入ってきたロウ親子に座るよう促しマグカップを運んで向かいに腰を下ろした。


「さて、ロウ。要件を聞こうか」


 リサンは貰ったお土産を横に置きロウの顔を見た。

 ロウは苦笑いを浮かべ要件を切り出した。


「相変わらずの単刀直入。リサン様は変わりませんね……実は、『馬の鑑定法を教えていただきたくて』来たんです」


「ダタール・ハリの馬市が目的か?だが、なぜ娘さんまで? 鑑定法を聞くだけなら一人で来ればいいだろう?」


 リサンに問われたロウは、気まずそうに視線をそらした。


「……実はですね、どこの馬の骨とも知れん男が娘のフェリにつきまとっておりまして。どうやら一目ぼれしたらしいのですが、やれ、『妃にしてやる』だの、『王宮に住まわせてやる』と大ぼら吹きましてね。止めに入ったら今度は私に“自分は王子だ”なんていう始末。心配で一人にしておけず連れてきた次第です」


 『ハア』とため息つくロウ。

 リサンの頭にある人物の姿が浮かぶ。


「なあ、ロウ。その男、金髪で薄汚れた山賊のような格好をしていなかったか?」


「そうです! その男です! 金髪の賊なんて他にいませんから間違いないですよ。でも、良くわかりましたね?」


 ロウは驚き目を見開く。

 リサンは小さく首を横に振りながら深い溜息をついた。


「ちょっとした知り合いでね。言動でピンときたのさ。もし同一人物であれば悪い男ではないと保証するよ」


「へえ? リサン様が言うなら安心です」


 ロウが安堵した途端、娘のフェリが噛みついた。


「ちょっと父さん!毎回会うたびに求婚される私の身にもなってよ!」


 相当参っているらしい。リサンは苦笑し、娘に向き合った。


「わかった。次会ったときに注意しておくよ。それでいいかい、フェリ?」


「お願いします!」


フェリが頭を下げたその時――。


バンッ!


勢いよく扉が開いた。


「リサン居るか!!」


 入口に大きな酒徳利さかとっくりをぶら下げた『賊風の男』が立っていた。


「「あっ! アンタは!!」」


 男の顔を見てロウとフェリの声が重なる。


「へっ?! あ、フェリ!? なんでここに? いや、いつ見ても美しい……ぜひ我が妃になってくれ!」


片膝をついてプロポーズする男、ラクス王子。しかし、フェリはそっぽ向く。


「バカ! アンタみたいな嘘つきの嫁なんてお断りよ!」

 

「ちょっとラクス様、こちらへ!」


 リサンが慌てて割って入り、ラクスを外へ引っ張り出す。

不思議そうにしている彼へ、リサンが何やら耳打ちするとラクスの顔が驚愕に染まり、次いでしゅん、と落ち込んだ。

そしてトボトボと中へ戻ると、フェリに深々と頭を下げた。


「す、すまん! 本気で嫌がっていたんだな……。以後気をつける。どうか許してもらえないだろうか?」


 ラクスの予想外の殊勝な態度に、ロウとフェリは思わず顔を見合わせた。









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