「王さまの次にえらい」んだってさ

ある真夏の半日

「ぼっちゃま、おいしいですか?」


 大きな野菜がゴロゴロ入った煮物の深皿の向こう側から、フミさんがニコニコしながら聞いてくる。


「…すごくおいしい、ですはい」



 田舎は食事がとにかくうまい。


 まず米の味が全然違う。甘みがあって、口に入れるとしっかり粒が分かる。次いで口にした味噌汁も、…上手く言えないけど進む味だ。


 何ひとつ生産的に動かないのにお腹だけしっかり減るのは不思議でしょうがないけど、一日のうち、食事をしている時間が唯一といっていいほど楽しい。


「まぁ、良かったー。お味噌変えたんですよ、ぼっちゃまの生まれの方の物を取り寄せてみたんです」


 あぁそれでか、と思い当たった。小さい頃から慣れ親しんだ味なんだから、そりゃうまいわけだ。

 ちらっと視線を上げると、フミさんは変わらず満面の笑みでちょこんと向かいに座っていた。



 フミさんは推定八十代のおばあちゃんだ。

 親に雇われて食事を作りに来てくれている。若い頃は商店街で小料理屋を営んでいたような話を、以前していた気がする。


「今日は寄合に行かなくちゃならなくて、作りに来れないんですよ…だから、冷蔵庫に入ってます、お昼ご飯。それ食べて下さいね、ごめんなさいね」


「分かりました、ありがとうございます」


 いそいそと支度を整え、深々と頭を下げて出て行くまで、フミさんはずっと笑顔だった。親から俺の事をどういうふうに聞かされているんだろう。

 なんにせよ、ろくな人生経験がない俺にでも、フミさんが良い人だって事は分かっている。


 ただひとつだけ、ぼっちゃま呼びだけはなんとかしてもらいたいもんだけど。


 食べ終わったおかずを片付け、食器を流しに運んで、水の張ってあるボウルに漬ける。

 きっと洗っておいた方がフミさんは楽なんだろうとも一瞬思ったけど、どうにもやる気が起きなくてそのままにしておくことにした。



 今住んでるこの屋敷は、古くて大きい。寝室として使っている離れがそこそこ遠いのもあって、日中は大体居間で過ごす。


 かといってなにかするわけじゃない。


 SNSは興味がなくなったし、携帯なんかは絶対に触りたくない。

 他人や世間の余計な情報…そういった外部から影響を受けて自分をざわつかせたくないという思いは、ここに来てからはっきりした。


 だから…というのもおかしな言い回しだけど、外の世界を遮断した上で、基本的には何もしない。

 縁側の木の冷たさを背中で感じてみたり、立ち上がって立派な大黒柱の塗り具合に目をこらしてみたり、庭に目をやって暑そうだなと思ったり。


 そうこうしていると古い振り子時計がボーン、ボーンと十二回鳴って昼になる。


 冷蔵庫から、そうめんと小鉢をお盆に載せて運んでくる。


 やたら大きな座卓のいつもの場所に座り、お昼ご飯を広げると手を合わせ、めんつゆにひと掬いした緬を浸した。

 冷たいのど越しとカツオ出汁の香りが心地良い。


 小鉢を見るとほうれん草の胡麻和えだった。フミさんが作る料理の中でも、ランキングではかなり上位に入ってくる。何が隠し味なのか、後から旨味が追ってくる逸品だ。

 これは文句のつけようがない、理想的なお昼ご飯。久しぶりに自分の口角が上がっているのが分かった。



 ゴンッ


 と、いきなり大きな音がして緬をすするのを止める。木に何かがぶつかったような、そんな類の音。


 何の音だろう。今まで越してきてから聞いた事がない。尻に振動があった様な気もする。…縁の下?狸か何かが迷いこみでもしたんだろうか。


 下でも覗いてみようかと庭の方を向くと、縁側の廊下に、下から伸びてきた小さな手がぺたん、と置かれた。


 次いでもうひとつ。


 え、え、と思ってるうちに、二本の手の間から小さな顔がひょっこり現れた。あれは、

 …あれは、なんだ?

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