美少女達に囲まれる理想の日々。ダメ女達に付き纏われる現実の日々。

赤木良喜冬

プロローグ  巨牛乳

 昼休み、四階の空き教室。


「おい、さっさとその唐揚げ食べろ。五限始まるぞ」


 俺が目の前に座るダメ女、九条由奈空くじょうゆなあに声をかけると、彼女は机に身を乗り出して口を開けた。


「あ〜ん」

「……」


 殴られたい?

 手は既に出かけていたが、ギリギリ堪える。


「早く! あーんだよっ」

 

 やめろ、上目遣いまで向けてきやがった。

 

 緒話瀬和矢おわせかずやよ、冷静になるんだ。

 

 こいつは決して俺のことが好きなわけではない、ただ自分で食べるのが面倒なだけだ! そうに違いない。


 至近距離で愛おしげな眼差しを送ってくるこの残念美少女に対し、俺は憎らしい視線を返してやった。唐揚げ? 自分で食えば? ……アイツに怒られてしまうか。


 仕方がない。


 食べさせるけれども、絶対に俺の箸は使いたくないなぁ。


 だから手前の弁当箱に手を伸ばし、九条の箸で彼女の口元に唐揚げを運んだ。


 だがその途端、大きく開けられていた口が閉じてしまう。

 

 は? なんで? と怪訝に首を傾げると、彼女はぷくっと頬を膨らませて自身の口元を指差した。


「あ〜ん、でしょ!」

「…………この野郎」


 断じて違う、この女は別に俺のことなんて好きじゃないホント勘弁してくれ。


「そんなの言わなくていいだろ」

「いや、言って。和矢に、あーんされたいな……」

「あーもうそれ以上何も言うな! 言えばいいんだろ! あーん……」

「ん〜あざーす」


 ようやく九条の口に唐揚げが入った。

 一応、食べ物を味わうことは出来るようで、声高らかに言う。


「唐揚げうめーっ!」

「……ああ、そう。良かった良かった」


 どうして品の無い言い方しかできないんだ。ここが四階の空き教室で良かった……。


 ふと、席に座り直した九条の小声が耳に届く。


「……和矢の橋がよかったなぁ」

「何か言ったか?」

「いやいやっ」


 ぶんぶん首を振る彼女の顔は、朱に染まっていた。


 お願いだから誰か嘘だと言ってくれ。


 俺はこんなだらしないダメ女に好かれたくないんだ!


 美少女に好かれるのは嬉しいけど、よりによってなんでコイツ……って、もうすぐ昼休み終わるじゃねぇか。

 

 あーんなんてしてる場合じゃない、マジで。


 さっさと教室に戻らなくては。


「残り、早く食えよ」

「えー、そんな急がなくてもいいじゃないの」

「時計見ろや」

「どうせ余裕持って戻ろうとしてんでしょ?」

「もう一回だけ言うぞ。時計見ろ」

「はいはいわかったよ〜」


 あからさまにめんどくさそうな顔で、九条が黒板上の壁掛け時計に視線をスライドさせる。


 次の瞬間、彼女は勢いよく立ち上がった。


「えっ⁉︎ やば! あと三分じゃん!」

「だからさっきから言ってるだろ」

「予鈴鳴った?」

「お前が色々わがまま言うせいで俺も聞き逃してたよ」

「和矢のうっかりさん〜」


 やっぱぶんなぐってもいいかなコイツ。


 今更になって慌て出した九条が、ようやく弁当箱を片付け始めた。ったく、いつもこれだ……ん?


 九条の手が、さっき自販機で買ったらしい紙パック牛乳の前で止まった。


「やばっ、まだこれほぼ飲んでねぇんだけど!」

「じゃあ早急に飲み干してくれ」

「あいよ! ……うわぁっ!」


 力強くパックを押しすぎてしまったため、九条の身体に大量の牛乳がぶっかかった。


 大きく成長した胸の谷間には白濁の液体が飛び散り、ブラウスはピッタリと皮膚に張り付いて黄緑のブラが透けている。


 中に透け防止のキャミソールやタンクトップを着ていないため、レースのラインまでくっきり浮き出ていた。


 相手は九条だが、遺憾にも美少女だ。目の前の光景に変な気分になりかけたが……全く問題ない。 漂ってくる牛乳の匂いが俺の興奮を跡形もなく消し去った。


 困ったように眉を八の字にして、九条が問うてくる。


「和矢〜、どうしよぉー?」

「どうしたものか……」


 九条もわざとやったわけじゃないんだよなぁ、少しは解決策を考えてやるか。

 ……いや、やっぱ普通に授業遅れたくないわ。


 ってなわけで俺は、ことさらに真面目ぶって諭す。


「肌についた牛乳だけ拭いとけば? 制服は元から白だからバレないだろ」

「えー、でも濡れてんの気持ち悪いよー」


 不快そうに、九条はブラウスの胸元を握ってパタパタ仰ぐ。その度に谷間はもっと奥深くまで見え隠れし、ブラはブラウス越しに透けて見えた。


 エロいなぁ……間違えた、クサいなぁ……。

 乳房の匂いあ、じゃなくて牛乳の匂いはやはり強烈である。


 再び、真面目(を装った)な声音を九条に向ける。


「大丈夫だ。もう六月なんだから気温そこそこに高いし、すぐに乾く」

「そっか〜。最近暑いもんねー。制服一枚で十分だもん」


 九条はなんの疑いも持たずに頷いた。いくら暑くてもべっとり濡れたブラウスが乾くまでにはそこそこ時間がかかるのだが、案の定こいつは騙されてくれた。


 ほんと、もう少しは周りの目を気にしたらどうだ……。


 素早く空き部屋を出て、二階の教室を目指す。


 既にほとんどの生徒が教室に入っており、周囲は人気ひとけが無かった。


 二階に到着する。


 楽しげな笑みを浮かべると、九条は俺より一歩前に進み、小声で呟く。


「……今日も和矢と二人で食べれてよかった〜」


 思いっきり聞こえてるっつーの。彼女の足取りはスキップと見間違えるほどに軽やかだ。


 対する俺は今日もお前と食べれたお陰で本当に最悪な気分だ。乱雑なステップで進んでいく。


 なんでこんな女と、常に一緒にいなきゃならんのだ。


 そんなもん、決まってる。


 全て俺が原因だ。


 なんであの時、手を貸してしまったのか……。


 教室が見えてきたのと同時に、チャイムが鳴った。


「はぁ……」


 あーあ。また遅刻か。


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