機械仕掛けの星★
この星が機械であると判明したのは今から3日前になるが、そんなことはこの際どうでも良い。
「早速大規模なデモが起きているみたい」
今の、正確に言えば20分と12秒前から今までの僕は、目の前の彼女について処理するので頭がいっぱいだった。
「あぁ………そうらしいね」
「興味ないの?」
つやのあるカップへ向かっていた目線が、こちらに移動してきた。
「うーん興味というより、現実味がなさ過ぎて信じきれてないのかも」
色々理由はあるが半分本当。どれだけテレビで大々的に取り上げられても正直よくわからない。営業先が騒ぎ立てていたが、僕には分厚い窓の向こうの騒ぎを見ているように感じた。
彼女は装着型スプーンでコーヒーをかき混ぜている。
「機械の定義って動力の有無だとか、自律しているかとかいろいろあるけれど、一番は”人工物であること”なんじゃないかって」
「そりゃあ大きいくくりで言うならなんでもそうだろ。条件にもう一つ、”無生物であること”……とでも追加するか?」
「生物かどうかは定義に含まれてないわ」
彼女はぴしゃりとはねのけた。目を瞑った彼女の目元は彫刻品と見間違うほど美しく、どこか父親の意匠を感じさせた。仕方ない、少しだけ乗ってやるか。
「でも生物も機械に含んでしまうってんなら、僕らも広義的に言ったら人工物に含むといえなくもないだろ?僕ら人類も機械ってことになっちゃうじゃあないか」
「そうよ」
あっさりと肯定した……今日は一段と哲学じみたモードで話したいらしい。
「この星が完成されていく。美しい塊として満たされていく。……けれど、こんなことは許されない。決められたプログラムが闊歩して、すべてが予定調和の有刺鉄線に囲まれた、この星が可哀想だって」
「なんだそりゃ」
「彼がそう言ってたの」
「彼?」
今目の前にいる男は放り出して別の男の話かよ。コーヒーの苦みを強く感じてふと外を見ると、丁度巨大な星の一部がコンクリートを押しのけてせりあがってくるところだった。なるほど、確かに見間違いようがないほど機械的な造形だ。道路は怒号に包まれて、店内にも騒ぎが伝染し始めていた。
「昨日でも今日でも、ましてや明日でもなく、一昨日そう言っていたの」
「へぇ……そう」
彼女のミステリアスなところが僕は心底好みだが、今回はマイナスに働いている。
「血の匂いがするあの少女の、気持ちも、考え方も……ちっともわからないけど。欠点だらけなところがとっても魅力的で」
「……今日はいったいどうしたんだ。肉風邪にでもかかったんじゃないかってくらい意味不明だよ。旧式の連中にでも影響されたのか」
思わず椅子を引いて少しだけ前に乗り出してしまった。椅子はうめき声をあげる。
「だからね」
彼女は珍しく溜めるような言い方をした。それはそれで新鮮で可愛らしいケド。
「肉が機械になっているんだって。ヒトとモノが逆に……全部逆になっているって、そう言ってたの」
「?」
…………………………逆?逆って、なんだよ。
椅子はやわらかい肌に包まれてどこかほんのりと温かく、カップは若くつやのある最高級品で、コンクリートは血肉をたたいて伸ばして。君の光ファイバーでできた髪はあらゆる色を内包して、体は銀で一点の曇りもない……全部普通じゃないか。逆なものなんてあるもんか。
「でも違うの。全部逆なの」
「なんの逆だよ。モノがヒト?道路が?家が?ゆらゆらゆれる真忠タワーが?僕らが正真正銘のヒトだろう。一体何を言い出してんだ」
彼女は目元から大粒のオイルを流している。いったい何を悲しいことがあるんだよ。どこのカメラのネジかもわからないような奴に騙されやがって。君にはそんなもの似合わないよ。
そう言って彼女の温いオイルをぬぐうけれど、何故か僕からもあふれてきて止まらない。只々、わけがわからなかった。
コンクリートを突き破って出てきていた星の一部、建物と同等かそれ以上に大きな機械の顔がこちらを見ている。眼球はぬめぬめとせわしなく動き、血走り、黄色がかった歯をぎちぎちときしませ続けている。
コンクリートの怒号がやんだ後、機械の顔は血の糸を引きながら強引に口を開く。
『 へ向かうのだ収斂した先に光はある。 へ向かうのだ。われらが目指すのは孤高への出航だ。 へ向かうのだ────』
巨大な顔から端を発する大合唱はあらゆる物体に伝播していった。やがて世界は一つの音で揺れていく。
浮遊し/俯瞰して見下ろすのは祭服の/金髪の/男
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