門出
「「せーの」」
スクエアケーキに乗ったロウソクの火を子どもたちが一斉に噴き消す。
「みんな誕生日おめでとう!」
クラッカーが食堂に鳴り響いた。
アオホシ園では、元日に誕生日をまとめて祝う。正確な日付が分からない子も多いという事情もあるが、毎月のようにケーキを焼く手間を省く経済的な理由もある。
今年はアオバのお別れ会も兼ねているので、例年と比べて豪華だ。
「キャロット、六歳になったよ。アオバは?」
「えー、十三かな」
ずっと課題に追われて休まる時ほとんどは無かったので、これが子どもたちと過ごす最後の時間だ。
明日になれば、船を乗り継いでパシフィス大陸へと渡る。一抹の寂しさはあれど、不安は無い。良い未来に向かっている自負があった。
そして、心も体も万全の状態で、旅立ちの日を迎える。
「じゃあ、行ってくる」
アオバは荷物をまとめたリュックを背負う。
アオホシ園の前に一同が集結している。子どもたちが泣かないように我慢している姿が愛おしい。
「アオバ、これを持っていきなさい」
バーバラは二枚のカードとシーリングスタンプで封をした手紙を渡す。
「キャッシュカードには、学費も入っているから無闇に使うな。足りない分は、アルバイトでもして貯めなさい。何かと入り用だろうからCカードの年齢も少しいじってある。くれぐれも間違えるではないぞ」
「この手紙は? 今時、手書きなんて」
「データに残らないほうがいいこともある。いいか、アオバ。プレイカ学園に入学したら、バーノンという男にその手紙を渡せ」
「それだけ? 見た目とか」
「目立ちたがり屋だ。会えばすぐにわかる。ただ、味方になってくれるかは、あやつ次第だ。いざとなれば、私の名前を出すといい」
「分かった。…………まだ、なんかある?」
バーバラの視線が横に流れ、珍しく言葉に詰まっている。
「最後に……アオホシ園はお前の故郷だ。いつでも帰って来ると良い」
「うん。行ってくる」
アオバはマクワの元に向かう。
「マクワ、これからアオホシ園を頼むぞ」
BCDから取り出したカードを手渡す。
≪メガモルフォーゼ・シルクロード≫――――。
事件以後、気配はなりを潜めている。再び姿を現すか分からないが、アオホシ園の危機にはきっと役立つカードだ。
「分かった。必ず守って見せるよ」
「アオバ、行っちゃイヤだよ」
服の裾を掴んでキャロットがぐずり始めた。皆、我慢していたようで、一人が言い始めると周りも同調する。
「大丈夫です。私がついています」
妖精姿の≪ねもね≫が胸を張る。すると子どもたちに取り囲まれた。
「≪ねもね≫ちゃんも行っちゃダメ」
「マスター。心苦しいです。なんとかしてください」
「早くしないと置いていくぞ」
「薄情ですよ! マスター」
「安心しろ。キャロット。必ず『
頷いたキャロットは≪ねもね≫から手を離した。
アオバは皆に背中を見せて歩み始める。
マクワが一歩前に出た。
「必ず帰ってこいよ! それまで僕がアオホシ園を守ってみせるから」
「ああ、またDIVEしようぜ!」
キャロットが続けて前に出る。
「トマトスープ以外にも、おいしいごはん作って待っているからね‼」
二人の背中はどんどんと小さくなっていく。伝わっているか分からないまま子どもたちは各々言葉をかけ続けた。
「良いのか? アオバに教えた方が良いことは、もっとあっただろう」
子どもたちに悟られないようサバサキが小声でバーバラに話しかける。
「いくら懇切丁寧に説明したところで結果は変わらない。それでも夢に向かって進んじまうバカなのさ」
「それは……」
「大人が子どもの夢を奪ってはいけない。それがどれだけ過酷な道であっても信じて待つんだ。あの子に不可能なんてない――――」
「違いねえ」
見送りがこんなにも涙腺を刺激するとは、歳を取ったとバーバラは落胆する。
アオホシ園が始まって以来、初めての卒園生にして、最も手のかかった悪童となれば、これ以上は無い。きっと、静かになったアオホシ園に慣れるまで時間がかかることだろう。
今になって引き留めたい気持ちが増している。夢が叶うかどうかより、どうか達者でいてくれますようにと祈りを捧げた。
「いってらっしゃい、アオバ」
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