製糸
アオバはしかめっ面でホログラムスクリーンを見つめる。
「げ、まだこんなもんか」
「立派な進歩ですよ」
サバサキの提案に乗ったものの事前調査に難航していた。午前中から陽が落ちるまでみっちり時間をかけたが、成果は微々たるものだった。しばらくはこの生活が続きそうだ。
「ただいまー。ふー腹減ったぜ」
そろそろ夕食も出来上がる頃合いのはずだ。
食堂へ向かうと何やら騒がしい。
「これ、どうしたの?」
「すごいじゃん! キャロット」
「負けた……キャロットに……」
自慢げに腕を組むキャロットの前には、カードが山のように積まれていた。
「こんなにたくさんカードを手に入れたのはじめてだよ!」
アオバもつい先日まで特訓に付き合っていた。何をどうすれば、こうなるのか見当がつかない。
「あのね、あしにいとをまいたアバターがいたの」
「糸?」
子どもたちは首を傾げた。
「マクワが仕掛けた罠にアバターがかかっただけ」
「私たちはカード化しただけ」
キャロットと狩りに同行していたサクラとモモが補足する。申し訳なさそうに頭を掻くマクワが顔を見せた。
「まさかこんなにうまくいくとは思っていなかったよ……」
確かに身動きの取れないアバターなら、子どもたちでもカード化するのは容易だ。罠を張り直すだけで、明日も捕獲できるかもしれない。
「糸が切れて、逃げられたりしないのか?」
「ただの糸じゃない。アバターの糸だよ。仕掛けそのものが壊されることがあっても、この糸が切れはない」
ポケットから髪の毛ようにしなやかな糸を垂らした。
「たばねたらサボがぶらさがっても、きれないくらいじょうぶなんだから!」
突然、視線を向けられたサボの体がプリンのように揺れた。小柄だが、年の離れたアオバより重い。
キャロットの話が本当なら罠に使うのも頷ける。
感心するアオバの横で≪ねもね≫だけが不安そうに糸を見つめ、こそりと耳打ちする。
「マスター、あの糸からアバターの気配がします。それも、とても強力な……」
「気にし過ぎじゃない?」
「そうだといいのですが……」
「いい加減飽きたぞ」
マクワはカードを受け渡しのため、糸の主と初めて遭遇した森を訪れていた。
いつもなら麻袋に詰めたカードを回収されるだけだが、今日は不満を隠そうともせずに開口一番そう言い放った。
「貴様のおかげでこの肉体も幾ばくか回復していることは認めよう。しかし、より強靭な肉体得るためには、良質なデータが必要だ。次から質にも気を使うが良い」
麻袋が無造作に投げ捨てられ、中身が地面に散乱した。倉庫に眠っていたカードとはいえ扱いが酷い。マクワは膝を付いて、地面に散らばったカードを袋に詰め直した。
「良質なデータっていうのは何で決まるんだ?」
「どれだけデータが詰まっているかだ。そんなのも分からないのか?」
じゃあ、とBCDからカードを取り出す。≪
「この中ならどれが良い?」
「どれも無価値だ」
迷いながらもマクワは≪
「やるとは言っていないぞ!」
「何を言う。分かっていて、出し渋ったのだろう? 我の手を煩わせおって。あるなら最初から出せばよいのだ。これはその罰だ」
カードは砕かれ、漏れ出たデータは糸に吸い込まれてしまった。
マクワは誰よりも早く起きるようになった。
糸の主とのやり取りが、頭の中で繰り替えされ、悪夢で目覚めるようになったせいだ。このことは誰一人気付いていない。
まだ薄暗い森を巡回し、仕掛けた罠にアバターがかかっていないか確認する。
日中は子どもたちの狩りに同行するため、糸の主に納めるカードを用意できない。こうして一人で行動できる時間が欠かせなかった。
≪カジカ≫と同等、もしくは、それ上の質を持ったカードとなるとハードルは高い。ようやく糸の使い道が確立されて、利益でてきたかと思いきや出費の方が嵩んでいる。
それでは意味がない。
何としてでも軌道に乗せなければならない。
子どもたちが起床するまでにはアオホシ園に戻り、朝食の準備に取り掛かる。
ここからは班を三つに分かれる。家事、勉強、狩猟。半日ごとに交代で回し、スコールなどで外出できない場合は勉強班に合流する。なお、アオバは狩猟専門である。
夜は授業で出された課題に手を付ける。あまり勉強に付いていけない子の補習にも付き合う。お風呂に入り、寝かしつけまで気が休まる時間はない。
「おもらしで汚れたシーツの換え、あと温室のガラスの補修……」
月に一度、買い出しがあるので、不足している食材や子どもたちが壊してしまったものをリストアップするのもマクワの仕事だ。
金銭面はバーバラに一任されているため、ここで意見を通さないと一カ月の生活が大変なことになる。アオホシ園がより過ごしやすくなるためアピールだ。毎回しっかりと準備して臨む。
「今日はこれくらいかい」
「最後にコレ、売り物にならないですか?」
しめ縄程度に束ねた糸を書斎机の上に置く。バーバラは眼鏡をかけ直してから手に取った。何せ丈夫な糸だ。少しでも収入の足しになればと持ってきたのだ。
「手触りもよくて上質な糸だね。服にも使えるかもしれない。今度、街に行ったとき売れるか確認してくるよ」
「よろしくお願いします」
部屋を後にしようとするとバーバラが引き留めた。
「寝られているかい?」
バーバラの背後に夜の森を映した窓が広がっている。そこに反射した顔は少しやつれて見えた。
「大分、無理をしているらしいが、アオバの手でも借りてみたらどうだ?」
「アオバは……」
夢を追っていると、零しそうになったところをグッと堪えた。
三年前と同じ轍を踏むわけにはいかない。
「サバサキさんの面倒も見てもらっていので、伝いはいらないです。失礼します」
「残飯のようなカードしか集められないとは役立たずめ」
献身も空しく、劇的に改善されることは無かった。
「今、糸を街へ流通させようとしているんだ。その利益が出ればこっちに回すカードも増やせる。もう少し待ってくれないか⁉」
「どうせ隠し持っているのだろう。小童どもが森で狩りをしていることは筒抜けだぞ」
「なぜそれを……」
「身動きが取れないのだ。分体をあちこちに撒いて索敵や情報収集を欠かすわけがなかろう。無論、貴様のアオホシ園とやらにもな」
木の上から何かが見下ろす視線を感じた。それも一体やそこらではない。
「あれは、みんなで稼いだものだ! あげるわけにはいかない」
「知ったことか。貴様がアバターを献上すると豪語したのだ。果たせぬなら、その命も危ういことを忘れたのか?」
「…………」
「それが出来ぬというなら、アレを差し出せ」
「……………………?」
「蝶のように飛び回る小娘――――。あれは格別だ。この体も完全な姿に戻る。そうすれば数日……いや、一週間は食わずとも問題ないくらいだ」
「まさか、≪ねもね≫を差し出せっていうのか!」
≪カジカ≫が糸に絡め取られて悲鳴を上げる情景がフラッシュバックする。
アオバが夢に向かう希望を踏みにじってまで得るものが、たったの一週間。釣り合うはずがない。
「勘違いするでない。我ならそうすると言っているだけだ。人間の尺度を当て込む方がおかしいのだぞ。それとも貴様から何か提案はあるか?」
「≪ねもね≫に手を出すことは許さない。だけど――――――」
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