vsサバサキ Turn‐4


 マスターの感情が流れて来る。


 それは明確な意思ではなく、色彩や明暗のようなすごく曖昧なもの。


 それでも、この方がDIVEを純粋に楽しんでいることが分かる。


 だけど、それだけではない。


 忘れかけていた感情を思い出すように熱が滲み出ている。


 これは心の片隅に追いやるしかなかった夢の残滓。


 絶やしてはならない。それが魔法少女の役目――――。


 この方の力になりたい。


 助けを呼ぶ声が聞こえる。


 その方角へと手を伸ばした。





 カードから光に包まれた少女が現れた。


 黄色いリボンで髪を結び、フリルがあしらわれたコスチュームにドレスアップしていく。手を叩けば指の抜きのグローブが現れ、踵を鳴らせばショートブーツに履き変わる。最後に、右頬に小さなハートマークが浮かび上がった。


 蕾を模したステッキを天に掲げ、宣誓する。


「主と共に歩む希望の一片ひとひら、≪魔法少女まほうしょうじょ ねもね≫‼」


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……

魔法少女まほうしょうじょ ねもね≫

┣━{アバタータイプ魔法タグタグコストクラッシュ5000パワー5000ガード

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……


 笑顔で駆け寄って来きた≪ねもね≫は、出会った時の妖精姿と打って変わって、アオバと頭一つの差もないところまで急成長していた。アオホシ園の教室に混ざっていて違和感ないだろう。


「マスター!」


 その呼び方には、むず痒いものがあった。


「仮契約って言っただろ。まあ、今は猫の手も借りたいくらいだ。この状況、どうにかできるか?」


「任せてください。私がマスターを勝利に導いてみせます」


 サバサキは吹き出すように笑う。


「最後の最後で引いたカードが、ついさっき手に入れたカードとは笑わせる。付け焼刃で俺に勝てるとでも?」


「もう引けないところまで来ているんだ。全てを賭けるぞ! ≪ねもね≫!」


「はい!」


LEXライフエクステンド‼」


 拳で心臓を叩くとライフが飛び出す。


 ≪ねもね≫に差し出すと、小さな生命を扱うように両手でそっと体内へ取り込んだ。


(◆★)アオバ ⅤS サバサキ(★◆◆)


「バトル! ≪魔法少女まほうしょうじょ ねもね≫でサバサキを攻撃!」


 ステッキから魔力を固めた散弾が放たれる。


『 シードバレッド! 』


(◆★)アオバ ⅤS サバサキ(★××)


「やりましたよ、マスター!」


「いや、まだだ。サバサキが持っているライフを破壊しても、≪サムライ・リザードマン≫が最後のライフを持っている限り


「そ、それでは……」


「オレが勝つには、次のターンの攻撃を凌いだ上で、≪サムライ・リザードマン≫を

倒さなければいけない」


「次ターンなんて来ないけどな! サバサキのターン、ドロー。バトル! ≪スカウト・エルフ≫でアンノウンを攻撃!」


 ≪ねもね≫が放った弾幕に紛れて姿を消していた、≪スカウト・エルフ≫が奇襲をかける。


(×★)アオバ ⅤS サバサキ(★)


「すみません。マスター!」


「オレにかまうな! 来るぞ‼」


 アオバが≪サムライ・リザードマン≫を破壊しなければ勝てない。それと同様にサバサキは≪ねもね≫を破壊しなければDIVEに勝てない。


「≪サムライ・リザードマン≫で≪魔法少女まほうしょうじょ ねもね≫を攻撃!」


 ゆったりとした所作で鞘から刀を抜く。


 この一撃を止めなければ勝機はない。


 ≪サムライ・リザードマン≫の姿が消えた。


 ≪ねもね≫がステッキを強く握ると魔力防壁が盾のように展開する。ほぼ同時に罅が走る。


 攻撃を防いだのではない。


「――――上だ!」


 魔力防壁を足場にして巨躯が宙を舞う。


 重力と体重を乗せた一刀が≪ねもね≫を切り伏せる。


『 秘儀――山颪やまおろし 』


「≪ねもね≫ーーーーーーッ!」


 華奢な体は崩れ落ち、ノイズで体が大きく揺らぐ。いつ霧散してもおかしくない。


 ≪サムライ・リザードマン≫はサバサキの元まで戻る。役目を終えたからではない。得体の知れない危機感を真っ先に感じ取ったからだ。


「なんだ、これは――――?」


 サバサキは勿論、アオバも状況を飲み込めていなかった。


 石畳に苔がむし、隙間から新芽が顔を出す。


 まるで≪ねもね≫の周りだけが、何十年、何百年という月日が経過して、原生林に回帰しているかのようである。


 草木からシャボン玉のような生命力が溢れ出てくる。光がはじける度、傷が癒えてノイズが次第に収まっていく。


 そして、指先がピクリと動いた。


「マスターは……私に命を預けてくださったのです……。倒れるわけにはいきません!」


 ≪ねもね≫はしっかりと自分の足で立ち上がった。


「…………バカな………………何が起きている⁉」


「まさか…………」


 アオバはカードに目を落とす。


「アバターのベースにライフがあるとき発揮できる真の能力――――――」


「【覚醒】効果だと……⁉」


キャッシュゾーンのカードを一枚捨て、≪魔法少女まほうしょうじょ ねもね≫の破壊を無効する!!」


『 サンクチュアリ・ガーデン‼ 』


「…………だが、所詮は現状維持! ≪サムライ・リザードマン≫を倒す手段は無いんだからな! ターンエンド」


「≪ねもね≫が繋いだこの一ターン、無駄にしてたまるか」


 九死に一生を得たが、≪ねもね≫もそう長くはもたない。正真正銘、次がラストドローになる。


オレアオバのターン、ドローーーー‼」


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……

≪ファイヤーレッドスピア≫

┣━{コマンドタイプ魔法タグアーツタグタグコスト

■相手アバター{2000ガード以下}一体を対象に発動できる:対象を破壊する。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……


 このカードでは≪サムライ・リザードマン≫を倒すことはできない。奇跡は二度も続かない。あと一歩が届かない歯痒さで犬歯がギリリと音を立てる。


「マスター、指示を――――」


 ≪ねもね≫は真っ直ぐ敵を見据えたまま語りかける。その背中は出会って間もないのに頼もしく思えた。


 アバターに励まされてどうするんだと口元が緩む。


 これでは助けているのか、助けられているのか分からない。


 両手で頬を叩いて己を奮い立たせた。


「マスター?」


「気にするな、気合入れただけだ」


 このままでは終われない。


 希望はあると彼女は背中で語っている。


 初めから考え直せ。


 手札、バトルゾーンキャッシュゾーン、墓地、ライフ。


 あるのものは全て使え。


 思考の海へと深く、深く、DIVEしろ――――‼


「…………泣いても笑ってもラストターンだ。いくぞ、≪ねもね≫」


「はい!」


コスト、≪ファイヤーレッドスピア≫を発動!」


 アオバの手に炎が宿り、槍の形へと変化する。


「残念だったな! ≪サムライ・リザードマン≫は3500ガードだ」


「オレが破壊するのは、≪スカウト・エルフ≫!」


「!!ッ」


 穂先を標的に向けて投擲する。見事、体を貫いて焼失した。


「アタッカーを減らして少しでも生きながらえようって根端か? 結局、≪サムライ・リザードマン≫を倒さなきゃDIVEには勝てないんだぜ」


「ああ、真正面からぶっ倒してやる! バトルだ。≪魔法少女まほうしょうじょ ねもね≫で≪サムライ・リザードマン≫を攻撃!」


「血迷ったか! ≪サムライ・リザードマン≫の【覚醒】効果! このカードが攻撃対象になった時、そのアバターに攻撃する」


『 秘義――断舌だんぜつ 』


 鯉口を切る音よりも早い刃は、吸い込まれるように一点を狙う。


 予想通りだとアオバは笑みを浮かべた。


 ≪サムライ・リザードマン≫の剣技は、到底見破れるようなものではない。だが、技への自信と執着が狙いを絞らせる。


 来ると分かっていれば対処は簡単だ。


「≪魔法少女まほうしょうじょ ねもね≫の【覚醒】効果! キャッシュゾーンのカードを一枚捨て、破壊を無効にする」


「なッ⁉」


 ただ、そこに魔法障壁を展開するだけで刀は弾かれ、勢いを失う。飴細工のように呆気なく崩れ去る障壁の破片を受けても、≪ねもね≫の傷はその場で癒えていく。


『 サンクチュアリ・ガーデン! 』


キャッシュゾーンのカードは、ターン開始時に全て手札に戻ったはず。コストに出来るカードなんて…………まさか⁉ コストを用意するために≪ファイヤーレッドスピア≫をプレイしたっていうのか!」


「そうさ! そして、≪サムライ・リザードマン≫の攻撃を凌げば――――――」


「≪魔法少女まほうしょうじょ ねもね≫の攻撃…………‼」


 更に一歩懐へ入り込み、≪サムライ・リザードマン≫の腹部にステッキを押し付ける。


「やれ、≪ねもね≫!」


 ステッキの蕾に溜め込まれた光が花開いて一直線に放たれる。


『 アネモスインパクト‼ 』


 超至近距離攻撃を受けた≪サムライ・リザードマン≫は刀を落とし、背中を地面につける前に塵となって消えていく。


 その内に宿るライフが音を立てて砕け散った。


 ゲーム終了を知らせるブザーと共に仮想世界メタバースに文字が浮かぶ。


(WINNER)アオバ ⅤS サバサキ(LOSE)


 アオバは掌に滲む汗を強く握しめた。

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