第21話 嘘つきで不気味
宿の一室、ダールはテーブルを隔ててソフンと対面する。
ソフンの手元には分厚い本とペン。ソフンいわく、報告書を作成するために必要だという。
「にしても不運だったな」
「ああまったくだ。今頃ハームブルトに帰って酒でも飲むつもりだったんだがな」
「それはご苦労なこった。んじゃ、少しでも早く帰るため早速聞いていくぞ」
「おう」
ソフンは本をめくってペンを持つ。真面目な顔つきから、ここからは一兵士としてダールに接するのだろう。
「なんであそこにいた」
「指輪を返すためだよ。聞かなくてもジジイは分かるだろ」
「一応だ一応。もし違ったら怒られちまうからな。次は……死傷者についてだ。ダールは何人殺した」
「0だ」
「……0?」
ジジイは疑っているのか眉間にシワを寄せる。さすがにダールを知っている人を騙すのは、一筋縄ではいかなそうだ。
「当たり前だろ。俺は丸腰なんだぞ」
「そうだがな。いや、お前が0?」
「んだよ、俺を疑ってんのか」
「疑うもなにもなぁ……お前は丸腰でも人を殺しかねんだろ」
数年間の付き合いは伊達じゃない。ジジイの言うことは大正解だ。丸腰でもダールは人を殺せる。
ダールは考えて、パッとある顔を思い出した。
「魔族の野郎が全員殺したんだよ。俺は自己防衛? のために何人かボコったけど、殺しちゃいねえよ」
「なるほどな。具体的に誰をボコったんだ」
「水路近くの奴ら全員だ」
「折れた槍が刺さった男も含めてか?」
「あいつは俺じゃねえ。魔族の野郎が巻き起こした暴風で、たまたま折れた槍が運悪く刺さっちまったみたいなんだ」
ソフンは懐疑的にダールを見るが、最後は信じてくれたようだ。つらつらと分厚い本に記録する。
本当は折れた槍を刺したのはダールだ。他にも3人くらいダールは殺して、合計4人の命を奪っている。
けれど、今回は魔族に罪を背負ってもらう。ダールに面倒事を押しつけたツケだ。
「ダール、1つ気になるんだがな。お前、最後に武器持ってたよな。あれはなんのために持ってたんだ」
ダールの心臓が跳ねる。ごまかしきれたかと思ったが、大きな関門が最後に残っていた。
どう言い訳をするか――。ダールは必死に脳みそを回して、不思議に思われない程度にゆっくりと言葉をつむぐ。
「ありゃあ……魔族から身を守るために持ってたんだ」
「魔族と戦ったのか?」
「戦ったぜ。あいつは見境なく襲ってきやがったからな」
「そうか。それで持ってたんだな。よく生きれたな」
「俺が簡単に死ぬわけねえだろ。やわじゃねえからな」
「強かったか? 魔族ってのは」
「あー……」
嘘から生まれた矛盾をなくすため、また嘘をつくことになる。こうなったらもう、ダールはとことん嘘をつく覚悟だ。
「強かったぜ。攻撃を受け止めんのがやっとだ」
「ほうほう、どんな攻撃してきたんだ?」
「爪だ爪。両手に携えてブンブン振り回してよ。こっちは剣一本で難儀だったな」
「そりゃあ大変だ。他にはあるか?」
「ねえ、俺が見たのはそれだけだ」
「分かった」
ソフンは本を閉じてペンを置き、記録を終える。ダールもようやく嘘から解放されて気が楽だ。
「なあジジイ。ヨールドは知ってるか」
「ヨールド? そりゃあチュシャル街の統治者の名前だ」
「統治者ねえ……」
真性のクソで真っ黒な統治者、この街が不憫に思えてダールの涙はちょちょぎれそうだ。
ソフンはダールの聞いてきた理由が分からず首をかしげる。
「ヨールドがどうかしたのか」
「いや、なんでもねえよ。気になっただけだ」
「そうか」
「もう1ついいかジジイ。魔王の器って聞いたことあるか」
「魔王の器? 聞いたことねえな」
「そうか」
「ダールは知ってるのか」
「俺も知らねえ。ただ、魔族のあいつが言ってたことでよ。なんでも完璧な肉体とか言ってたな」
「物騒な単語だな。おっと、これは書かねえと業務怠慢になっちまう」
ソフンはゲラゲラ笑いながら、本を開いてペンを走らせる。ダールは落ち着いた今、ゆっくりと「魔王の器」について考える。
肉体と言っていたことから、物ではない。それに指の方向を考えるにミルトかメトラのどっちかになる。
後は……魔王の器から想像するに、魔王を生き返らせるためという可能性はありそうだ。
「完璧な肉体ってことは、人か?」
「そうなるな。指の方向的にミルトとメトラのいるほうだったからな」
「ダール。メトラのことを詳しく聞いていいか」
「メトラはハームブルトで村長してる奴の娘だ。混血種で、魔族の血が流れてる」
「ミルトは」
「未だになんも分からねえ」
「んー……」
ソフンはうなだれてだんまりとする。
メトラは魔族の血があることから濃厚だが、ミルトはミルトで、情報不足で判断できない。
思えばダールもミルトのことを詳しく知らない。記憶を取り戻したかもろくに確認をしていなかった。
「こうなりゃあメトラもミルトも守るぞ」
「はいはい。両方とも俺が守ればいいのか」
「お前だけでも問題はないけどな、仮にもお前は一般人なんだ。1人兵士をつけさせてもらう」
「変なのはよこすなよ」
「安心しろ。お前もよく知る人物だ」
ジジイは隠しているつもりだが、ダールには察しがついている。
どうせシキメだ。よく知る人物でここにいるのはシキメしかいない。
「誰が来るかおおかた分かった。んで、ジジイはどうすんだ」
「俺か? 俺は報告に行くぜ。ついでに勇者一行の要請もしないとだからな」
「いらねえだろ」
「いらねえもなにも、魔王関連が勇者一行の仕事なんだ。奪ってやるなよ」
――――
「この部屋か」
ジジイの言っていた通りなら、この部屋にミルト、
ダールがドアノブに手をかけてガチャリとドアを開けば、急かしない足音が近づいてきた。
「ダールさん……お帰りなさい……」
「お、おう」
声を震わせて、どこか泣きそうなミルトがいつもより近くで出迎えてくれる。
なにがあったのかダールには分からないが、いつもとの違いに驚き、声をつまらせてしまった。
シキメはミルトの後ろから、ニコッと微笑む。
「ミルトくんすごく心配してましたよ」
「なんの心配だよ。シキメも俺が無事なことくらい言ってくれただろ」
「言われましたけど……けど、心配だったんです。悲鳴がたくさん聞こえて、怖くなって、ダールさんの悲鳴が聞こえたらどうしようって……」
「心配すんな、俺は死なねえ」
ぐずぐずと涙目になるミルトの頭をダールは優しくポンポンとたたく。心配させたせめてもの詫びだ。
「ダールさん、約束してください。もう無茶なことはしないって」
「別に無茶でもなんでもねえけどな……」
「ダールさん。してあげてください。ミルトくん本当に心配してたんですよ」
「はぁ、分かった、分かったよ。約束する、もう無茶なことはしない。これでいいだろ」
「よかったねミルトくん」
「はい!」
「後もう1人、ダールさんに伝えたいことがあるみたいですよ」
「誰だ?」
シキメの視線の先には、フードを被るメトラがいた。メトラはうつむいて表情が分からないが、恥ずかしがっているのかモジモジとしている。
「ありがとう、私はあなたに感謝している」
「まだ早いだろ。約束はハームブルトに連れて帰ることだ。そこに着いたら聞かせてくれ」
「それはそれ。これは守ってくれた感謝。私嬉しかった、1人じゃないって勇気もらえた」
顔をあげたメトラは、ギザ歯を見せて笑った。背負うものも陰もない、今のメトラの笑顔は心から笑っている。ダールにはそう見えた。
「ダールさん、ハームブルトに連れて帰るのはだいぶ先になると思いますよ」
「なに言ってんだシキメ、明日には行くぞ」
「え? でも魔族の領地に近いところはもっと危険では……」
「ここに現れたんだ、どこにいても変わらねえよ。後ここの統治者のヨールドは真っ黒で魔族と繋がってるぞ」
「本当ですか?」
「ああ本当だ」
もちろん確証のない適当な言いがかりだ。
しかしダールはあながち間違いではない気がしている。なぜなら、勘が囁くからだ。
「だから行くぞ、ハームブルト」
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