第13話 闇夜に紛れる自警団(前編)

「おかえりっす。どうでしたか?」


「ダメだ、全く取り合っちゃくれねえ」


 ダールがいくらノックしようと居留守だった。絶対に気配はするが、声を出そうと無反応。ワキョの言うとおり、人間は受け入れてくれない。


「ボクたちどうしましょう」


「おいワキョ、ここに泊まれねえか?」


「んー、部屋はあるっすけど規則的にいいかどうかっすね。んー、まあいっか」


「へ、いいんですか?」


「兵士以外は泊めるなーって言われてるっすけど、そもそも自分以外はいないんすよ。それに、来るとか言った上官は一度たりとも来てないしへーきっす」


「お前も大変だな」


 薄々勘づいてはいたが、ワキョは損な役回りを押しつけられている。こんな場所を1人で任せられるなど、ダールは死んでもお断りだ。


「大丈夫っすよ、自分は慣れっこなんで。それに、自分が頑張ればみんな幸せっすから」


「とんでもねえほど自己犠牲の塊だな」


「でも、それだとワキョさんだけが大変な思いをしてませんか?」


「いいんすよ、みんなが幸せならそれで。1人はみんなのために、それが自分の美学っすから」


 ワキョはイスに足を乗せて、顎をさすりながらのキメ顔をかます。


 いったい何のマネなのか知らないが、言葉が台無しだ。ダールはあまりの無様さに頭を抱えて目をそらす。


 ミルトも見損なったのか、黙ってしまった。


「……かっこいい!」


「はあ?」


「かっこよくないですか? みんなの幸せのためにがんばれるなんて」


「言いたいことは分かる。けどよ、あんな格好見たら幻滅もんだろ。言葉がかわいそうだ」


「そんなことないですよ。格好も言葉も全部かっこいいです」


 かっこいいと言うならかっこいいのだろう。言葉だけならまだしも、行動もとなるとダールには理解できないが。


 ワキョは「かっこいい」と言われたのがよほど嬉しかったのか、はにかんで笑う。


「嬉しいっすねー。そんなこと言われたら夕飯はもう奮発っすよ」


「お、なに作るんだ」


「それはできてからのお楽しみっす」


「ワキョさん。夕飯はボクにも手伝わせてください」


「お願いしちゃって大丈夫っすか?」


「任せてください。泊めさせてもらってるのに何もしないのは嫌なので」


「いや~ありがたい! じゃじゃ、早速っすけど夕飯の準備でもしちゃいますか」


「分かりました。なにをすればいいですか」


「野菜の皮むきを頼むっす。ダールさんはどうします?」


「俺はからっきしだからな。ワキョの代わりに見回りでもしてくるぜ」


「いやー、助かるっす。暗いんで、玄関にあるランタン使っちゃってください」


 ダールは手をあげて答えると、のそのそ外に向かう。


 当然、見回りなんて建前だ。料理ができない、ここにいても暇、タバコが吸いたい。ダールの行動理由に恩返しの意味はない。


「暗いな」


 ガス灯だらけの城下町とは違い、辺境の村は月明かりが頼りだ。


 しかし、それだけだとかなり心もとない。ダールはマッチでランタンに火を灯し、ようやく光源を確保する。足元が見えるのなら御の字だ。


「見回りなんざなにすればいいか分かんねえな」


 適当に言って引き受けたが、なにをするかは全く分からない。フラフラと歩いて、怪しい奴がいたらしめればいいのだろうか。


 ダールは考えるも、考えるだけむだな気がして、とりあえず散歩の感覚で歩くことにする。


「やっぱいるよな」


 お昼に通った家からは、かすかな明かりが外に漏れて生活を感じる。


 ダールはタバコを取り出して、ランタンの灯火で着火する。ワキョの言う通り、人はつくづく嫌われているようだ。


「貴様なに者だ」


「あ?」


 ずいぶんと手荒な挨拶に敵意まる出しな態度。ダールはいら立ち、声のするほうへカンテラを突きつける。


 カンテラは、闇に隠れた集団を暴く。全員が不気味な仮面で顔を隠して、ローブをまとう。どう考えても怪しい連中だ。


「そっちから名乗れよ」


「俺たちは自警団だ。貴様は」


「俺はダール。これで満足か」


「いや、まだだ。俺たちは貴様の素性を話せと言ってるんだ」


「はぁ、兵士の代役だ」


「証明するものは」


「あるわけねえだろ」


 ダールが怒気はらんだ口調で答えると、自警団はこそこそと話を始める。


 なにを話しているかは知らないが、ダールにとってすこぶる不愉快だ。視界にいるだけでぶちのめしたくなるが、殴る理由がない。


 ダールはタバコをふかして気分を落ち着かせる。そうでもしないと、今すぐに手が出そうだ。


「証明できないのなら貴様は信用できない」


「信用できないのなら勝手にしろ。俺は見回りの続きがあんだよ」


 このまま自警団を相手にしていもらちが明かない。ダールは背を向けて立ち去ろうとする。


 だが、自警団はそれを許すつもりがないようだ。


「信用できない人間をここにのさばらせると思うか」


「じゃあどうすんだよ」


「こうするさ!」


 振り向きざま、胸に響く鈍い痛み。ダールは殴られた。弱々しい、雑魚の拳に。


「……そうかよ。そっちがその気なら、こっちも殺らせてもらうぜ」


 ダールはタバコを吐き捨て口角をつり上げる。殴られた以上、自分を守るために力をふるっていい。これは、合法的な暴力だ。


 自己防衛ちまつりだ。一人残らず、泣いてわめいて許しを乞うまで殴り殺す。


「図に乗るな!」


 ハエでも止まりそうなほどヘロヘロな拳。ダールは軽くいなすと、カンテラを顔面に叩きこむ。


「ぐわああ!」


 団員はふらつき、顔を押さえて無防備をさらす。


 ダールに手心はない。無防備は、絶好の好機だ。大きな左手を強く握りしめて、渾身の左ストレートを腹にねじこむ。


 団員の体はくの字に折れ曲がり、地面に倒れる。団員はピクリとも動かなくなった。


「次は誰だ」


「くそが!」


「やってやる!」


 今度は2人。ダールにしてみれば1も2も変わらない。


 カンテラを宙に投げると、カンテラは2人をハッキリと照らす。クワを握りしめて、バカ真っ直ぐに突っこんでくる。芸のない奴らだ。


 ダールは両手を伸ばして2人の顔面をつかむ。2人は武器を捨てて抵抗するも、軽々と持ち上げられそして――


 ゴッ! 鈍い音が響き渡った。


 ダールが団員を手放すと、落ちていたカンテラは2人を照らす。2人の頭には、ローブの上からでも分かるほど大きなたんこぶができあがっていた。


「残りは何人だ」


 ダールは頭をかきむしりながら、拾い上げたカンテラを再び自警団に突きつける。


 残りは2人。骨のある奴がいるのか、ダールはいささか心配だ。


「ったく、どいつもこいつも面白くねえ。お前らは強い楽しめるか?」


「……楽しめるだぁ? ざけんじゃねえ!」


「あ?」


「よくも俺の仲間を三人やってくれやがったな! もう許せねえ!」


 ダールの前に立つ団員は、鼻息を荒くして指をさしてきた。


 好戦的で、仮面の向こうからでもあふれる敵意。こいつは楽しめると本能が訴えてきて、ダールはニヤリとする。


「殺ろうぜ」


「殺ってやるよ! 頭割痛とうかっつう!」


「まさ……っ!」


 魔族の力を察したときには手遅れだった。頭が割れそうなほどの頭痛がダールを襲う。


 飲み過ぎた翌日。いや、それよりも辛い頭痛は脈を打つたび増していく。


「まだだ! 俺の仲間の苦痛はこんなもんじゃねえ!」


 団員は頭を押さえるダールに畳みかける。間合いを一気に詰めて体をひねり、渾身の右ストレートを繰り出す。が、ダールに届くことはなかった。


 ダールの右足が、闇から団員を強襲する。視認不可避の一撃けりは無防備な腹をとらえて、団員を軽々とふっ飛ばした。


「ぐっ! なんで動けやがる……!」


「なんで? たかだかこんな痛みで足止めできると思ってんのか」


 頭痛ごときで動けなくなるなど、ずいぶんとなめられたものだ。体じゅうに残る、忘れられない痛みに比べれば大したことはないというのに。


 団員がふらふらと立ち上がろうとすると、目の前には詰め寄ってきたダール。威圧感をまとった図体ずうたいは大きさ2倍だ。


「やるならやれ。俺は人間なんかに命乞いはしねえ」


「そうかよ」


 ダールは大きく拳を振り上げる。


 命乞いをしようとしなかろうと、はなから殴り殺すことは決定事項だ。


 最大限に腕を持ち上げ、団員の頭頂部に狙いを定めているその時。ダールの腰に石がぶつかる。


「ま、待て。ここからは僕が相手だ」


「声が震えてるくせに戦えんのか?」


「戦うさ。僕のやり方で」


「せいぜい楽しませてくれよ」


「ごぶっ!」

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