第2話 思わぬ拾い物

「―――!! ―――!!」


 ……何だ、騒がしい。どうせ愉しい事なんて何もないだろう、くだらない理由で起こそうとしないでくれ。


「―――!! ――、―――!!」


 ルイス……お前までか。そういえば近場に人間共の王国があったか……何だ、今更奴らが攻めてきたか? まぁでもそれも、お前達なら何とか出来るだろう。わざわざその程度で私を起こす必要など


「主、堕天使が、堕天使がッ……!!」

「だ、堕天使!?」


 正確に幾年眠ったのかは分からないが、少なくとも何も変わり映えのない私の主寝室の窓から見える森の景色は少し違う。眠った時よりも本数が少なく、眠った時よりも生気が薄いので少なくとも数百年は経っている事だろう。



 ただ、問題は目の前の2人と先の発言だ。



 目の前の2人の男女は私の使用人であり、右腕と左腕であり、契約者であり、私が眠っている間はこの屋敷の警護を任せ、場合によっては。……具体的には私の好奇心や胃袋を満たすであろう存在が出現した時に限り、私を起こす許可を与えた者達だ。

 いつ見ても変わらず、最早肌の類ではないかと思い違えてしまう程に燕尾服を着こなした長身の男。されど人間にあらず、肩口辺りまで伸びる黒髪からは2本の山羊のような角が顔を出し、暗い夜のように深い結膜の中で1人、ぽつんと浮かぶ猫の目のような赤い瞳を持つ悪魔が私の右腕であるルイス。

 そしてもう1人、ルイスとは打って変わって腰の辺りまである白銀の長髪を川のように流れさせ、長身という程ではないが低い訳でもなく、ダイヤモンドよりも綺麗に輝く金色の眼を持ち、此方も人間ではなくメイド服の裾からは白銀の蛇体が顔を出す左腕、シルア。……あまり歳を取りにくい彼らにも少しばかり時が流れたのを感じられる辺り、1世紀は優に過ぎた事だろう。


 それにしても堕天使、か。その存在を耳にするのもいつ振りか。


 堕天使、元は天使で神の使いとして存在し、死者を天界へ連れていく為にしか地上に現れないはずの天使がその際に地上の者達によって翼をがれたり、人間からあらゆる形のけがれを受けて2つある白い翼の内、片翼をけがの烙印として黒く染められた存在の事。彼らは死んでも天界へ還る事も出来ず、その烙印が撤回される事もなく、ただ心を、魂をむしばまれてそのまま朽ちる事を待つしかない哀れな天使。

 そんな彼らは此方に降りてさえ来てくれれば簡単に捕まえられる天使とは異なり、堕天した事によって狂暴性に溢れ、発狂し、暴走し、場合によっては心を壊して完全な魔物に落ちる事もあるので捕獲は非常に難しくなる。……なのにそれがまさかこうして顔を出す事になろうとは。


「詳しく話せ、堕天使とはどういう事だ。」

「く、詳しい事は分かりませんわ、お嬢様。と、突然、何の音沙汰もなく、当たり前のように中庭へ落ちてきまして……。」

「とりあえず空き部屋にて治療を行ってはおりますが……如何致しましょう、主よ。今なら如何様にも出来るかと。」


 ただ、稀少な生き物という事は当然ながらその価値が非常に高くなる。極悪非道、残虐無慈悲で知られる人間の考え方だと翼や骨、場合によってはエルフなら心臓ですらも再利用する。それくらい、天使や元天使である堕天使という物は利用価値がある上に何もかもが稀少だ。


「……私の記憶では堕天使の羽は高く売れた気がするが。」

「えぇ、その通りでございます、主。ではこのまま精神でも弄って牢屋に繋ぎ、首輪を繋ぎ、足には枷を就け、ただの収入源に言葉は不要ですので舌は抜いてしまいましょうか。」

「あら、ルイス。逃げられるのが困るなら四肢を捥いでしまえば良いのでは? 心臓と脳のある頭と胴体、そして最も重要な翼だけを残して全て料理に変えてしまえばもっと逃げられないわよ。」

「それもそうか。記憶や知識は全て主に捧げ、私は主の為に全てを全うした最後、その魂が熟した時に食ってしまえば良いと。」

「えぇ。それが最もお嬢様に貢献出来るのでは?」

「主、私はシルアの意見を指示致します。……それにもしかするとあの堕天使を連れ帰ろうと他の天使も降りてくるやもしれません、そうなれば更に効率も上がるでしょうから。」

「確かに。如何です? お嬢様。私の意見、どれほど価値があるとお考えでしょうか。」

「……いや、まずは見てからでないと何とも言えんな。シルア、堕天使の性別は?」

「女にございますが……。」

「主よ、無知な私をお許しください。何故性別に関係が?」

「男の堕天使よりも女の堕天使の羽の方が柔らかく、きめ細かい関係もあってより価値があるんだ。魔力も女の堕天使の方が豊富だからな、此方の方がより価値が高い。」

「成程……。それは天使も同じなのでしょうか。」

「あぁ、同じだ。……それで、その堕天使の状態は。」

「あまり良くありませんね。傷の具合から見るに、狩人に鳥にでも間違えられて射られたのでしょう、翼は無事でしたが背中はずたずたですし、一部臓器の近くにまで矢が刺さっておりましたので仮に延命したとしてもあまり永くないかと。」

「構わん、本格的な処置を。私はこれからの事を考える。」

「承りました、お嬢様。では直ちに行ってまいります。」

「あぁ。……ルイス、悪いが食事の用意を頼む。勿論延命の為にもその堕天使の分も。後は……あぁそうだ、私はどれくらい眠っていた?」

「54年と13か月に4日を足したぐらいかと。」


 なんだ、半世紀程度か……。


「あぁ、愉しくなりそうだ。」

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