さんじゅうさん

@ju-n-ko

第1話

 その瞬間、曇天に白球が溶けた。


 高校野球なら、馬鹿みたいに暑い日の陽光の下でいいじゃないか。

 これなら太陽の向きも気にかけたし、馬鹿なミスもしでかさなかった。


 県大会のベスト8をかけた戦い。

 甲子園をかけた決勝じゃない。

 初勝利をかけた1回戦でもない。

 実に中途半端な段階で、今年の夏は終わってしまった。


 俺の通う公立高校は、最初から1、2回勝てば終わりの弱小校。


 ベスト16は奇跡だと、3年生達は笑ってくれた。


 でも。

 それでも。


 2年生の俺には来年がある。

 3年生にその先は無いのだ。

 

 プロになったり、実業団に行けるほどでもない。

 青春の全てをかけて取り組む野球から彼らを引退させたのは、2年生の俺のタイムリーエラーだ。


 9回裏、2対1で勝っていた。

 2アウト、1、2塁。

 何とか打ち取った筈のセンターフライは、間が悪く射した雲間からの陽光にかき消される。


 走者一掃の2ベース。


 夢であればいいと何度も思った。


 呆気ない幕切れと他人は言うが……


 思い出すたび息苦しくなる。

 半ば八つ当たりだ。

 ガッツポーズでホームを踏んだ、相手校のサードの選手が忘れられない。


 悪夢だった……


     ☆     ☆     ☆


 他人の3倍努力して1流になれ。


 親父にいつも言われた言葉だ。


 やがて、それが元・阪神タイガースの掛布雅之選手の背番号31の由来であり、つまり親父によるパクリと気付く。


 親父は野球部どころか写真部で、なぜ幼い俺に野球をさせたのかわからない。


 小学校から帰ってきたら、ランニングに、素振りに、ティーバッティングに。


 今ならわかる。


 いや、親父、素人だよね。


 『男の子が生まれた以上、こう言うのはロマンなんだ‼』


 後日馬鹿な理由を聞いた。


 親父は今ももちろん元気で、中堅商社の係長で頑張っている。


 親父の中二病は収まった。

 けれどその頃は、俺が野球にはまっていた。


 他人の3倍努力して1流になれ。


 いい言葉だけどね。


 やるほどに、

 『無茶を言うな』と正直思う。


 他人の3倍努力すれば、ある程度の力はつくさ。


 でも、頂点にいる者に追いつけるかといえば、それはない。

 あり得ない。


 俺は努力は惜しまなかったつもりだが、どうあがいても追いついけない。


 他人の3倍努力して3流にしかなれない存在が、実は世の中の大多数であると気が付いた高2の夏だった。


 俺の背中に、他人に見えない背番号が張り付いた気がした。


 俺は……

 『さんじゅうさん』だ。


     ☆     ☆     ☆


 夏の大会は終わったけれど、高校野球に休みはない。


 いや、県大会敗退後3日ほどは休んだか?

 新キャプテンの就任、そして彼を中心に再始動する。


 新キャプテンは4番キャッチャー、チームの要。


 1番センターだろう俺は、その日どうしてもその気になれず、初めて部活をずる休みした。


 やる気が出ない。


 周囲は気にするなと言ってくれるが、やらかしてしまったせいもある。


 普通の公立校だし、寮などはない。


 家に帰ろうと駅に向かい、そこにある奇妙な存在に気が付いた。


 駅前の広場に、ちょうど学校から1セット持ってきたような机と椅子を出して、中学生くらいに見える、少女がそこに座っている。

 隣には、友人なのか、姉なのか?

 こちらは同い年くらいに見える、背の高い女子がいて、机の上には『易』と書かれたプレートが……


 「あっ⁉」


 思い出した。


 以前帰り道、声をかけられている。

 「占わせていただけませんか?」

 って。


 あの時は面倒くさくて振り切ったんだ。


 夏の大会、開幕直前のことだった


 予感があって、目が離せなくなる。


 2人の視線が俺と絡まり……


 小さい方の少女が言った。


 「ああ、防げなかった。」


 この日俺は、奇妙な占い師に巻き込まれたのだ。

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