双子の老婆とガーデンパーティー②
◇
艶やかなオーク材のコンシェルジュデスクは毎日きれいに整頓されている。
高さがあるため、客側からは手元が見えないようになっているが、近隣施設のパンフレットや地図、プチ裁縫セット、消毒液など、ササッと必要になりそうなものは大体備えてある。
そして受付と共通して置かれているのはぴかぴかの電話機だ。
昨年まではロウソク型の受話器だったが、今年からはハンドセット型――耳に受話器を当てたまま話ができる形に買い替えられた。片手で受話器を耳に当て、もう片手でさらさらとメモをとっていると「デキる女」感がして気分が上がる。
ちなみにホテル内には、受付にあるのはお客様への貸し出し用、コンシェルジュデスクにあるご予約受付用、ハワードが使用する支配人室用と三台の電話がある。
その日、コンシェルジュデスクで電話を受けたオリビアは、交換手によって繋がれた相手にやや驚いた。コンチネンタル夫人、と言われてもピンとこなかったのだが、
『あたくしよ、オリビアさん。毎年、ガーデンパーティーの時期に姉妹でお世話になっているドリーよ』
「まあ、ドリー様!」
その時に小さな違和感があったが、オリビアは深く考えずに応じた。
「いつも格別のご愛顧ありがとうございます。今年のご来訪も心よりお待ち申し上げておりますわ」
予約台帳を捲りながらオリビアは明るく応じる。
毎年、六月の第三日曜日は庭園でガーデンパーティーを開くのがヴォート城の年間行事だ。城の四大イベントのひとつであり、春は花の開花を愛でるお花見、初夏のガーデンパーティー、秋の収穫祭、冬の女神降誕祭は毎年満室だ。
電話の向こうにいるドリーは仲の良い双子の老婆で、秋に来訪される常連客である。
『それがね、今年もメリーと二人でお邪魔する予定だったんだけど、ちょっと健康上の理由でキャンセルさせて頂こうと思って。でも確か、一般客も受け入れていらしたでしょう?』
「はい。夜のディナーは宿泊のお客様のみですが、お昼のティーパーティーはご参加いただけますよ」
その日は入園料だけ頂ければ宿泊客以外もパーティーに参加できる。
ヴォート城に泊まってみたいけど敷居が高いという方も、実際に庭園を散策して「泊まってみたい」とおっしゃって下さる方もいるため、宣伝も兼ねているのだ。
『お部屋を予約しておいて空室を作ってしまうのは申し訳ないし……、もしも行けたらお昼のパーティーに参加させてもらってもいいかしら』
「もちろんです。ですが、ご無理はなさらないでくださいね。飛び入りの参加は大歓迎ですから、お二人の体調を優先させてください」
『ヴォート城のガーデンパーティーに参加しないと毎年夏が始まった気がしないのよ。あたくしもメリーもオリビアさんにお会いするのを楽しみにしているわ。パーティーまでによく養生するわね』
「ええ。お待ちしております」
受話器を置くとフロントマンのトニーがあれっという顔をしていた。
「今の電話って双子のドリー様? 珍しいな」
「珍しいって?」
「いつもはキャンセルの連絡も、必ず手紙やハガキで送ってくるじゃん。速達を使ってさ」
「あ、そういえばそうね」
そうか、それで電話を受けた時に違和感があったのか。
「お二人とも高齢だし、手紙を出すよりも電話の方が早くて楽だもの。それに、健康上の理由でキャンセルしたいとおっしゃっていたから、もしかしてドリー様かメリー様の具合が良くないのかもしれないわ」
祖父の代からずうっとご贔屓にしていただいているお客様だ。
ティーパーティーの方には顔を出してくれたらいいんだけど、と少し気がかりに思った。
「そうですか。コンチネンタル姉妹がキャンセルを……」
終業後。
ガーデンパーティーに向けての打ち合わせがあり、厨房には数人のスタッフが集まっていた。たまたま隣にいて話が聞こえていたらしい先輩ホテルマンが悔しそうな顔をする。
「うわー。今年いらっしゃらないんですか? 俺、去年非番で会いそこねてるんですよね~!」
「おや、アッシュくんがコンチネンタル姉妹のファンだったとは知りませんでした」
「例の『予言の双子』でしょう? まだ一度もお会いしていなくて……。恋愛運を見てもらいたかったのに!」
ハワードは苦笑した。
コンチネンタル姉妹……、双子の老婆ドリー&メリーはしょっちゅう予知夢を見るのだそうだ。本人たちが公言しているため、古城ホテルでは皆が周知している。
「アッシュくん。ご姉妹は占い師ではありませんよ」
「ああ、すみません。予知夢を見るんでしたっけ?」
「そうです。おまけに見る夢は選べないので、あなたが登場する夢とも限りませんよ」
知り合いに関わることならばお告げをしてくれるらしい。
顔見知りの従業員が声をかけられることが度々あるそうで、料理長が得意気に胸を逸らした。
「俺、予言してもらったことあるぜ」
「まじっすか。どんな感じだったんです?」
「『窮地を救うのは赤』。何のことかさっぱりわからなかったけど、カボチャやサツマイモなんかのイモ類が不作だった年の冬に、ビーツを代用してレシピを考案したらお客様から結構好評だったんだよな」
「へ~、じゃあ、当たったんですねぇ」
先輩は感心しきりだが、姉妹と付き合いの長いハワードやオリビアは苦笑する。
「でも、ご姉妹は詩的で難しい言い方をされるから、解釈が難しいところもあるのよね」
「それに、あなたにかかわる予知夢を見たところで恋愛事だとは限りませんから。長年の付き合いの私も残念ながら予言していただいたことはありませんし。料理長の経験がかなりレアなんですよ」
「ええ~……そうなんですか」
がっかりしたように先輩が肩を竦める。
そのあけすけな物言いにオリビアは少し歯がゆさを覚えた。
人と違う、不思議な力を持つ老姉妹のことはひそかに同類だと思っていたので、便利に扱われていることにもやっとしたのだ。しかし、オリビアも人の事は言えない。現在居座っているルイスが精霊師らしく霊のトラブルをぱぱっと片付けてくれたらいいのに……と思っているからだ。
ありのままの自分を受け入れて欲しいけど、変人扱いは嫌。面倒くさい性格に溜息がでてしまう。
「おーい、できたぞ~!」
そんなオリビアの気鬱な溜息を吹き飛ばすように明るい声が掛けられた。
料理人とパティシェの声にその場にいた全員の意識が皿に向けられる。
「うお~、旨そう!」
これらはガーデンパーティーに出す料理の試作品だ。
前年度はクラシックなティーパーティー形式をとったため、スコーンや焼き菓子を多めにしたところ、男性客からはもう少し食べ応えのあるメニューが欲しいという意見が出ていた。今年は肉を使ったボリュームのある軽食を増やすことにしたのだ。
オリビアも鹿肉のローストとクレソンのサンドイッチにかぶりつく。
「わっ、美味しい!」
塊肉としてディナーで食べたいくらいだ。
料理人が解説する。
「脂身が少ない鹿肉であっさりとしたサンドイッチにしてみました。紅茶やワインと合わせても遜色はないかと思います」
ハワードも上品にかじりながら頷いた。
「ソースがこってりしているけど、クレソンと合わせるとちょうどいいですね」
「サンドイッチのサイズも、一口サイズのものと大ぶりなカットのものとで二種類盛り合せようかと思っています」
「そうね。女性客だと一口サイズのほうが嬉しいかも」
「薔薇のフィナンシェも焼けましたよ」
パティシエが運んできたのは、薔薇の形のフィナンシェだ。バターと砂糖の焦げた匂いを嗅ぐだけで熱い紅茶が欲しくなる。
「紅茶用の乾燥させた薔薇の花びらを砕いて混ぜ込んでみました」
「わぁ、かわいい!」
「このサイズなら土産として売ったらどうだ?」
「うーん、今年はラッピングまで手が回らないと思うので……」
「来年は要検討だな」
あれこれ意見を交換し合い、メモをとったり、来年に向けての案を相談したりする。
(ああ、やっぱり楽しいな)
幽霊の問題はあれど、オリビアにとっては世界で一番楽しい仕事だ。
願うことならここでいつまでも働いていたい。
(でも……)
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