第37話 ブラック営業マンは曲がれどお嬢様はまっすぐ


 ランスロットと姉のウェンディは似ていると言えば似ているし、そうでないと言えばそうでない。

 髪や瞳の色はたしかに同じだし、目や鼻の形もそっくりだ。

 しかし、顔つきがまるで違う。

 ランスロットが自信に溢れ快活な印象を与える顔つきなのに対してウェンディはどこか自信なさげで大人しく素朴な印象を受ける。


 もっとも弟を詰る言葉は刺々しく素朴にはほど遠いのだけれど。


「あなたのおかげでめでたく私は未亡人! ドレスも、宝石も、化粧品も、絵画も、ぜーんぶあの家に置きっぱなしよ! 無一文になっちゃったじゃない!」

「そんなの……俺の屋敷で預かるから暮らしの心配はない」

「そういうこと言ってるんじゃないわよ! 私があの家に嫁がされて我慢して我慢して手に入れたモノを全部失ったって言ってるの! 分かる!? 傷モノにされて辛い思いだけして若さも失って! いったいなんだったのよ!」


 ヒステリックに怒鳴るウェンディに対しランスロットにいつもの余裕はない。

 大人に怒られた子どもみたいに不満そうに口をつぐんでいる。


 さっきまで俺もランスロットを非難していたけれどいたたまれなくなって二人の話題に口を挟む。


「アンタの旦那は悪いことをしていたんだ。やり方は強引だが、どの道アンタの結婚生活は破綻していたよ。あんまり弟を責めてやるな」

「ワケ知り顔で偉そうに!! 平民が貴族の話に口出ししないで!!」


 貧乏とか職位とかで線引かれたことあるけど身分でここまで露骨にバカにされたのは初めてだ……ムカっとくるな。


「弟の七光りで玉の輿に載れたクセに偉そうじゃねえか。俺がいなけりゃアンタは助からなくて」

「やめろ、オッサン。姉さんも。怖い思いをさせたのは謝る。これからのことだって俺が面倒を見る。身分は少し低くてももっと信用のおける男に嫁げるようにするから」


 ランスロットは娘を甘やかす父親みたいに問題の解決もなく飴を与えようとする。

 しかしウェンディはそれこそ癇癪を起こした子供のように怒鳴って当たり散らす。


「ハッ! 冗談でしょう! あなたの目が節穴だったって自分で認めたでしょ!」

「…………まさか辺境伯が反乱起こそうとしてるなんて分かるはずがない。だけど、できる限り姉さんの希望を考慮する。王都に住む官僚あたりの家に」

「いつ私が結婚させてほしいって頼んだ!? そういうところよ! 身分の高い家に嫁げば幸せになれるなんて雑な考え方で私の人生を売り渡した! あの家で私が……どれだけ悔しい思いを強いられたか……っ!」


 ボロボロと涙を流すウェンディ。


 ひとしきり泣いた後、彼女はランスロットの背後に回り真綿でクビを締めるかのように、自身の結婚生活について語り出した。


「人民の守護者である勇者が縁者にいる。その事が王家の信頼を高めるから旦那様は私を見初めた…………そんな良いものじゃないわね。お飾りとして飾ったのよ。案の定、私のことは月に一度しか抱かないくせに足繁く愛人の元に通っていたわ。屋敷の家人たちだって騎士爵の娘である私を軽んじていた。侍女だって男爵家の行儀見習いだったりして私よりずっと高貴で教養もあるもの。私に求められたのは勇者の姉であること。それ以外の私の持っているものなんて誰も期待していなかったの」


 姉の話を無表情で聴き続けるランスロット。

 その後も話は続いた。


 虚しさや劣等感を埋めるために贅沢を楽しんだり、家人に対して理不尽な要求や叱責をしたり、後腐れのない男を寝所に招いたり、淫蕩の限りを尽くしたという。

 それはこの世界においても倫理的に間違ったことなのだろう。


 こういう人間を日本でも見たことがある。


 俺の働いていた会社では入社3年以内に8割が退職する。

 別に全員が根性なしだったとは思わない。

 悪辣だし、人の幸せに繋がらない仕事だ。

 罪悪感を覚えたから続けられなくなった者も多いだろう。


 そんな非道のふるいにかけられて残った者は過酷な環境に耐えるために他人への思いやりを無くし、自己中心的で苛烈な人間へと変貌していった。

 人格なんて環境によって左右される。


 ウェンディもそういう一人なのだろう。

 同情はしてやれる。

 だけど決して聞いていて気分の良いものじゃなかった。

 他人の俺だってそうなのに、実の弟が聞くには苦しすぎる話のはずだ。

 なのにランスロットは受け入れるように無言でうなづき続けていた。


 しばらくしてランスロットから、


「二人で話したいからオッサンは先に寝ててよ」


 と言われたのでエルドランダーのキャビンに戻った。

 すると、シンシアが目を覚ましていてちょこんと座っていた。


「起きてた……いや、聞き耳立ててたのか」

「あんな甲高い大きな声を出されたら誰だって起きますわ。随分、お怒りのようですわね。はしたないこと」


 少し呆れた感じで呟くシンシア。

 その様子に微かな怒りを感じたので、お節介と思いながらウェンディの擁護をする。


「まあ、感心できない話だけれど彼女も辛かったんだろう。そもそもレパント家の連中が彼女をぞんざいに扱うから」

「違いますわ! ウェンディお姉様が家の中でワガママや好き放題振る舞うことに怒っていませんのよ! むしろご主人にご無礼をお働きになる家来なんてムチで叩いて躾けられるべきですわ! 私が怒っているのはウェンディお姉様がランスロットさんの気持ちを何も考えずに恨み言ばかり言っているからですのよ!」

「ランスロットの?」

「さっきのお話を聴いてピーーン、と来ましたの。ランスロットさんがわざわざ自らの手でレパント伯爵を誅殺したのはウェンディお姉様のためでしてよ」


 ドヤ顔で断言するシンシア。

 なんだそりゃ、と思いながらも持論がおありのようなので俺は耳を傾けることにした。


「ランスロットさんはおそらくウェンディお姉様が冷遇されていらっしゃるのをご存知だったのですわ。『嫁に出したのは失敗でしたわ! なんとか離婚させる方法ございませんかー!』と考えていたところ、降って沸いたレパント家謀叛の噂。レパント家が反乱を起こしたらウェンディお姉様は良い人質ですわ。見せしめに殺されることだってありえますし。ランスロットさんは反乱を防ぐかその前にウェンディお姉様を救い出さなくてはなりませんでしたの。でも、レパント領は遥か北方のうえ、道中にウジドクバエが大量発生していてたどり着けない。時期が良くなるのを待ちながら隊商の護衛なんかしてましたところで私たちに出逢われたのですわ。『これは運命ですわー! 勝ったも同然ですのー!』とランスロットさんはお考えになられたことでしょう。エルドランダーさんならウジドクバエの住処を無傷で突き抜けて、レパント領に辿り着き、伯爵を殺してお姉様を連れ去っても逃げ果せますもの。つまり、今回の騒動はランスロットさんのお姉様に対する愛情が引き起こしたというわけですのよ!」


 …………ずいぶんランスロットびいきの仮説だ。

 かなり行き当たりばったりだし。

 だけど、すごくしっくり来る。


 俺はランスロットを運命に縛られたヒーローだと思っていた。

 自分の感情を押し殺し、機械のように秩序を守り脅威を討つヒーローだと。


 一方シンシアの目には不幸な結婚をしてしまった姉を思いやる弟に映っている。


「シンシア、君は優しい子だな」

「な、なんですの? 私、また何か言っちゃいましたの?」


 俺は首を横に振る。

 シンシアだって兄弟に売り飛ばされるように金持ちの商人に嫁に出されたんだ。

 それなのにこの子はランスロットとウェンディの間に姉弟の情があると信じている。


 過酷な環境でねじ曲がる奴はねじ曲がる。

 だけどシンシアは負けなかった。

 まっすぐなまま育って人の善意を信じている。

 俺にはそのことが眩しくて仕方がなかった。

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