第10話 テンサンと発泡酒
繰り返すが、俺はこの時点では犬を攫った【宇宙服の男】と【Q】が同一人物だとは気づいていなかった。
したがってQが実在しようが俺は関係なく、犬の捜索の方を優先したがったのだ。最初の時点でタニモトの野郎がもっとうまく説明してくれていれば、回り道せずQのところへ直行したものを。
社を抜け出して、ずんずん歩く。とりあえず事件の現場を見に行こうと思っていた。そういえばメイツェン・ミステリアス・ボーイズはどうなったんだろう。
タニモトはしつこく追いかけて来た。
「待って下さい。貴方の力が必要なんです」
「他当たってくれ」
「さっきも言おうとした事ですが――あっ失礼」
通行人の男がタニモトとぶつかる。
「ごめんよー」
男はへらへら笑って、走り去ろうとする。
俺はそいつの肩を掴み、振り返った所をグーで殴る。
「ソーマさん!? 何を――」
駒みたいに回った男の手から、サイフが飛ぶ。ウサギのアップリケなんかつけてやがる。
「僕の財布だ。この人スリだったのか。ソーマさん、ありがとうございます。これ修理しながら大事に使っていたものなんです」
「なんで財布にウサギついてるのか訊いていい?」
「え? 自分でつけましたけど? 可愛くないですか?」
「……いいけどよ。そんな小綺麗な格好してるから狙われるんだよ」
「はあ……」
タニモトは、自分の姿と、ボロボロの街を見比べている。
「治安、良くないようですね」
「この辺りはマシなほうさ」
俺は、第二第三の
それを見ながらタニモトは改めて言う。
「……治安、良くないようですね」
「よそ者だから狙われるだけだ。アホな観光客から金を取るのは当然の権利だと思ってんだコイツら。でも大半の住人は助け合いながら暮らしてるんだぜ」
俺たちの歩く通称「
企業の入ったビル街もあり、人力のクリーニング店やら、労働者用アパート、食堂、質屋。魔術式インキを使った印刷所。映画館だってある。あとヤミ金。
住民とのあいだに信頼関係さえ築けていれば危険は少ないエリアである。
「ここらも大戦前は工業で栄えたって話だがな」
「魔術大戦ですか。歴史の転換点ですね」
「ここいらは機械戦争って呼んでるな。まあ立場の違いだわな」
タニモトは魔術師側の生まれなんだろう。現在、世界の主権を握る魔術協会にはエルフも多数在籍する。勝ち組ってわけだ。
対して、俺らのいるこのタイケイ国は、モロ敗戦国ってとこだ。機械工業はほぼ絶滅して、儲かってるのは外から入ってきたヤツらばっかりだ。
「まあ、気をつけて観光でもして行きなよ。汚え街だけど食いもんはうまいぜ」
「待って下さい」
「もう諦めろって~」
「いえ、サイフのお礼がまだでした。お食事でも?」
タニモトは食堂の看板を指さしてそう言った。
「……あそう?」
「いきなり押しかけてご無理を言ってしまってすみませんでした。どうか奢らせてください」
「あっそう? 俺もそのコートごめんね?」
飯に釣られた訳じゃないが、まあ、そう邪険にし続けるのもね? というか、俺としたことが今日はまだ何も食ってなかった。
△△△
竜胆街で飯といえば「
謎の出汁が香る麺。
よく分からない小鳥の丸焼き山盛り。
七色のゆで卵。
酢豚。ただし豚かどうかは保証の限りではない。
化け物みたいな鯉の甘酢餡かけ。
蒸し
合成酒。
発泡酒。
ザーサイ。
青唐辛子。
注文した食い物がテーブルに並んでいく。
「あとテンサン。焼きテンサン二……四人分」
「あらソーマさん、お昼から豪勢にどうしたの?」
あまりばかすか頼むものだから、注文を取りに来た女店主が胡散臭そうな顔をする。
「大丈夫、この旦那の奢りだから」
タニモトはめずらしげに店内を見渡している。
「あらハンサム」
と言って店員は、あらかじめ携帯していた革鞭を取り出し「
「じゃあごゆっくり!」
タニモトへ投げキッスしてから彼女は罪人を曳いて引っこんで行く。
「じゃあ、まあ。色々あったけどお疲れって事で」
「……あ、はい」
俺らはしばらく無言で、飲み、かつ喰らった。
口直しの生唐辛子を囓って顔をしかめ、酒を飲み、焼きテンサンをホフホフして発泡酒で流しこむ。タニモトは麺の食い方が下手だった。
酒精が回るに従って、お互いの中にある警戒態勢みたいなものが緩んでいくのを感じた。
やがてタニモトがもぐもぐ言った。
「予定がふさがっていると言ったのは?」
「言ったっけ?」
「言いましたよ」
「言ったな。まあ犬をな……まいや、言ってもしょうがねえか」
俺は【宇宙服の男】を探さなければならない。
それは取材でもあるし、モップ犬にたいする恩返しでもある。
「別に俺の犬じゃないが、怪我してたのを放っておくのはな……」
独り言だったが、タニモトはなぜか分かった風な口を訊く。
「ああ犬ですか。ああ、なるほど」
何がなるほどだ。事情も知らないのに。酔ってんなこいつ。この時はそう思った。
そのうち、俺はテーブルのメシが、食ってもないうちから減っていってるのに気付く。
テーブルの下を覗きこむと、近所の悪ガキ共が隠れて、つまみ食いしていた。
タニモトも気づいたらしい。
「あ」
「怒るな。俺に奢ったと思えばいい」
「怒ってはいません。ただ、こんな事をするほど空腹な子供がいるのにショックを受けてます」
綺麗な格好をしたエルフはそう言った。
「同情するなよ。こいつら意地汚いだけだからな。これでもちゃんと周りの大人が食わせてる。ナメんなよ」
「……君たちそんな所にいないで一緒に――」
「うっせー」
タニモトが誘うが、子供達は悪態をついて逃げ去ってしまう。愉快になって俺は笑う。タニモトの方はしょげてしまった。
「……僕は彼らを侮辱してしまったのですね」
「大げさな野郎だなあタニモトは。でもまあ、そういうこった。あいつらにホドコシしたかったらツレになるか、黙って盗まれてやるしかねえな」
「……パンみたいな物の方が持って行きやすいかな」
タニモトは店員を呼んでいる。子供に盗らせるために注文しようというのだ。
それが正しい行いなのかは俺には判断つかない。が、悪いヤツではなさそうだ。
店員が注文を取りに来たあたりで、小さな地震があった。
建物が小刻みに揺れ、客たちが皿をかばう。
「地震?」とタニモト。
「ここ多いんだよ。小さな揺れが週に何回もある」
それで俺はタニモトに言うべき事を思い出す。
「タニモト、忠告しとく事がある」
この国を観光するなら、いくつか教えておくべき事があるのだ。
例えば【ニルギリア・BB】についてだとか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます