第45話 安全

 オレの周りを取り囲むように並んでいた無数のウインドウが一瞬明滅し、その瞬間、リナシーの息をのむ音が聞こえた。


「こ、これは……」


 さっきまではオレとキューレにしか見えていなかった無数のウインドウが、今はリナシーにも見えているはずだ。


 そしてその異様な光景に戸惑っていた。

 中でも、特に中央に大きく表示されたクオータービューに驚いているようだ。


 実際の街並みが3D化されているうえに、まるでミニチュアのようにデフォルメされているので特に不思議に感じるのだろう。


「いろいろ聞きたい事があると思うが今は時間がない。ちょっとユニットビューこれを見てくれないか?」


 オレはそう言って、ピクシーバードから送られてくる牢屋の映像を見るように促した。


「え、あ、はい……って!? こ、これはいったい!?」


「それは、今潜入中の魔神信仰ビアゾのアジトの中だ」


「あ、アジトの中!?」


「そうだ。召喚した小さな魔物を潜入させていてな。これはその魔物の目から見た景色だ」


 オレが簡単に説明すると、リナシーは「そんなことが……」と絶句してしまった。

 理解が追い付かないのだろう。


 しかし、今は落ち着くのを待っている時間が惜しい。

 すまないと思いつつも話を先に進める。


「今から、そこに見える牢屋の中にオレの魔物を潜入させる。その映像を見てちょっと確認して欲しいことがあるんだ」


「え? あ、はい」


 リナシーが「確認?」と小さくつぶやく声が聞こえたが、見て貰った方が早いのでピクシーバードにふたたび牢屋の中へと侵入させた。


「そこに倒れている二人なんだが……」


 と説明をしようと思ったのだが、リナシーはそれを遮って驚きの声をあげた。


「みゅ、ミュール! ソーシャ!!」


 やはりか……。

 この王都で過ごすようになって、リナシー以外にもエルフを見かけたことはある。

 だが、それでもその数は圧倒的に少ない。


 まさかとは思ったが、囚われているのはリナシーの妹たちだったようだ。


「やっぱりリナシーの妹なんだな……」


「あ、あ、はい……れ、レスカ様! どうかお願いします! ミュールとソーシャを……妹たちを助けて下さい!!」


「わかっている。リナシー、落ち着くんだ。必ず助けてやるから」


「で、でも、小さな魔物一匹だけでは……」


 たしかにひそかにアジトに潜入するような小さな魔物一匹だけでは不安だろう。

 それに、ヘルキャットのような戦闘用の高位の魔物と違い、ピクシーバードは戦闘力は低い。

 それこそギルドマスターのガンズなどと戦えば簡単に倒されてしまうだろう。


 まぁそれでも並の冒険者なら一人ぐらいは相手にできそうだが、今は敵のアジトの中。

 十数人の人間が相手となると負ける可能性が高い。


 でも……それなら無理にピクシーバードを使わなければいいだけの話だ。


「じゃぁ……大きい魔物なら安心するか?」


「え?」


「リナシーも会ったことがある奴だ」


 オレはそう言うと、リナシーにも馴染みのあるユニットを呼び出した。


【ユニット召喚:アダマンタイトナイト】


 次の瞬間、そこにはガンズと激戦を繰り広げた騎士の姿があった。


「え……あの……? たしかにアダマンタイトナイトリビングアーマーなら安心なのですが、アジトというのはこの近くなのですか?」


「いや、こいつを今から送り込むんだ」


「送り込むというのは……」


「まぁ見ててくれ。こうするんだ」


【コマンド:ユニット交換】


 コマンドを実行した瞬間、アダマンタイトナイトの姿が掻き消えた。


 実際には代わりにピクシーバードがこちらに現れたのだが、姿を消していたのでリナシーにはただアダマンタイトナイトが消えたように見えただろう。


 だからピクシーバードの透明化を解いてみせた。


「潜入させていたこの小さな鳥の魔物とアダマンタイトナイトの位置を入れ替えた」


「え? え!? この小さな鳥と、あのリビングアーマーの場所を入れ替えたのですか!?」


「あぁ、そうだ。この能力も他言無用で頼むぞ」


 オレがそう言うと、リナシーは小さく何度も首を縦に振って頷いた。


「わ、わかりました! 絶対に言いません! これで、さっき見せて貰った牢屋にあのリビングアーマーが行ったのですよね? 妹たちを守って貰えるんですよね!?」


「あぁ、これで二人の身はもう安全だ」


 リビングアーマーには、毒などを撒かれても防げるように既に障壁をはらしてある。

 今のこの世界の者たちの実力を考えれば、もうこれで安全は確保されたはずだ。


「よ、良かった……あ、ありがとうございます……」


 オレのもう安全だという言葉を聞いてほっとしたのだろう。

 リナシーはその場で力が抜けたように座り込んだ。


「リナシー、大丈夫ですか?」


 座り込んだリナシーを見て、最近よく話すようになったキューレが駆け寄る。

 その光景になんか嬉しい気持ちになるのだが……。


「…………」


 この感覚はなんだ……。


 安全は確保されたはずだ。

 それなのに、なんだか胸騒ぎがする。


 オレが魔神信仰ビアゾを忌避していることからくるものだろうか?


「レスカ様? な、なにかあったのですか?」


 しまった……ようやく落ち着きを見せ始めていたのに、オレが難しそうな顔をしていたせいでまたリナシーを不安にさせてしまった。


 リナシーの不安を払拭できるように、今度は少し声を張ってこたえよう。


「いや、すまない。なにも……」


 なにもない。そう続けようとしたその時……キューレが慌てて声をあげた。


「主さま! 儀式はまだ終わっていなかったようです!」


 なんだ? またあのよくわからない祈りを再開するのか?


 リナシーの妹たちの側にはアダマンタイトナイトがいるし、あとは気付かれて逃げ出されなければいいなと思っていたのだが、この分だと少し時間が稼げそうだ。


「そうか。それなら他の枯れ井戸の調査が終わり次第包囲して……」


 一網打尽にする! 今度はそう続けようと思ったのだが、またしてもキューレの声で止められてしまう。


「主さま!? とつぜん祭壇が輝きだしました!!」


 しまった……どうやら恐れていた事態が起きたようだ……。

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