第34話 大人の責任


 マンションに戻った俺たちを出迎えてくれたのは、メイのお母さんだった。


「二人ともおかえりなさい。──ええと、そちらは悠木湊さん、ですよね?」

「は、はい。娘さんにはお世話になっています! ご挨拶遅れてすみませんでした」

「ご丁寧にありがとう。ふふ、私はメイちゃんのお母さんの朝比奈ユウです。よろしくね」


 玄関口で頭を下げる俺に、エプロン姿のメイのお母さんもニコニコと笑って頭を下げた。一度メイから写真で見せてもらったことはあるが、やはりメイによく似た美人だ。


「さぁ入って入って。メイちゃんから事情は聞いているから大丈夫だよ」

「おにーさん、そんな緊張しなくていいから。ほらほら」

「お、お邪魔します」


 メイに背中を押されながら玄関に入るも、ご両親の靴があることを確認してどうしても緊張してしまう。


 キチンと手洗いうがいを済ませてからリビングへ。そこでは一人の男性がテレビ前のソファに座ってノートパソコンを操作していた。仕事か何かだろうか。


「ママは晩ご飯の用意しておくね~♪」


 とお母さんはキッチンへ。そのタイミングでソファの男性が手を止めこちらを見た。

 目が合う。スラッとした細身の人で、銀縁の眼鏡がクールな印象のある人だった。


 メイがそちらへ駆け寄りながら言う。


「パパ、前に話したおにーさんだよっ」

「は、初めまして悠木湊です! メイさんにはお世話になっています」

「君がそうか……」


 メイのお父さんがパソコンを閉じて立ち上がり、俺の元へとやってきた。


「朝比奈真一しんいちだ」


 たった一言の自己紹介。

 身長は180以上はあるだろう。スラッとした体格であまり筋肉質ではなく、インテリで寡黙そうなタイプに見えるが、その静かな声はしかし父親らしい重圧感を併せ持った人でもあった。


「長話は好まない。結論から言う。君が我が家で仮住まいすることを認めるつもりはない」

「ちょっとパパ! いきなりナニっ!」


 近寄るメイを「黙っていなさい」と制止し、お父さんは俺に向かって話す。


「親馬鹿と思うだろうが、娘は良い子に育ってくれた。そんな娘の選ぶ相手だ。適切な交際であれば何も文句はない。──だが、両親が不在の家に黙って上がり込み一晩を共にするというのは度が過ぎている」

「パパ! だからそれは事情があったの! おにーさんの家が火事でなくなっちゃって、あたしもスマホ壊れちゃったから何も言えなくて! てゆーかちゃんと別々に寝てたし変なことなんてしてないもん! 説明したでしょっ?」

「わかっている。信じてもいる。


 お父さんは、眼鏡の奥で真っ直ぐな目で俺を見つめている。


「君はどう思っている?」


 俺は──そこから目をそらさずにしっかり答えようと思った。


「同感です。やはり俺も娘さんのご厚意に甘えず、ホテルやネットカフェを利用すればよかったと思っています」

「おにーさんっ!」

「ごめん、メイ。けどさ、ご両親の側に立てばそれが当たり前だよ。俺が本当にメイの兄貴や家族だったとして、メイがいきなり家に男連れ込んで泊まらせるなんて絶対に怒るだろうし心配する。家族なんだ。当人同士さえよければいいってわけじゃないだろ?」

「うぅ……で、でも……!」


 不安そうなメイに申し訳ない気持ちで軽く笑いかけ、それからまたお父さんと向き合う。


「ご安心ください。昨日はあまり考える余裕もなくてお世話になってしまいましたが、今晩からはもう出て行くつもりでした。メイはもちろん、ご両親にご迷惑をお掛けするわけにはいかないので」


 そう言うと、メイのお父さんは少し驚いたように大きく目を見開き、キッチンのお母さんが「え~?」と驚いた声を上げてパタパタとこちらにやってきた。

 メイは少し呆然として、それから慌てて俺のそばにくる。


「ちょ、ちょっとおにーさんなにそれっ!? あたし聞いてないけどっ!?」

「戻ったら言うつもりだったんだよ」

「なんで外で言わないのっ? そしたらほら! 認めてもらうための作戦とか事前に立てられたじゃん!」

「だってメイ、すごく楽しそうだっただろ」

「え?」

「今日一日さ。せっかくあんなに楽しんでたのに、俺がそんな話切り出したら今日の思い出もあのかき氷の味だって台無しだろ?」

「それは……っ! そう……かも、だけど……っ」

「それに元々決めてたんだよ。やっぱり男が家に上がり込むのはよくないって。そのせいでメイとご両親が揉めることになったら嫌だしさ。一日泊めてくれただけで感謝してるよ」

「で、でもでもっ」

「いいんだ。ありがとなメイ。けど俺も大人として、最低限の責任はちゃんと取らせてくれ」


 メイはそれ以上何も言わず、不満そうな寂しそうな顔で下を向いた。


 俺はご両親の方に向き直り、姿勢を正して話す。


「この度は、自分の甘い判断でご迷惑とご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。娘さんはただ優しくしてくれただけで、悪いのはすべて自分です。なにより、自分の事情に娘さんを巻き込んでしまったことを大変申し訳なく思っています。もしも火事で怪我などさせてしまっていたらと思うと、とても合わせる顔がありません」

「お、おにーさんっ。火事はおにーさんのせいでもなんでもないじゃん!」

「うちに来てもらってたのは俺だから、やっぱ俺の責任なんだよ」

「もー違うってばっ! おにーさんだって何も悪くなんか──」


 俺は、小さく首を横に振る。

 それからもう一度ご両親の方を見た。


「キチンとお話をさせていただく機会をくださってありがとうございました。スーツ等、荷物だけ回収させていただいてよろしいでしょうか」


 ご両親はしばし無言でじっと俺の顔を見つめていたが……やがてメイのお父さんが「ああ」と一言だけ応え、身を引いてくれた。



 ──それからメイのおばあさんの部屋に置いてあった俺のわずかな荷物を回収し、おばあさんの遺影に最後の挨拶とお礼をして部屋を後に。


 玄関先で、メイとメイのお母さんが見送りに立ってくれた。


「晩ご飯、悠木くんと一緒に食べたかったのだけど……ごめんなさいね」

「いえそんな。せっかく家族みんなが揃っているんですから、どうか家族水入らずで過ごしてください」

「…………」


 お母さんの隣で、メイはずっと無言でうつむいていた。


「メイ。そんな顔するなって。別に今生の別れじゃないだろ」

「……わかんないじゃん」

「え?」

「もしかしたら……もう会えないかもしれないじゃん」

「なんでそうなるんだよ?」

「わかんないけど……なんか、そんな気がするんだもん……」


 ただメイの家に泊まらずに、近くのカプセルホテルやネットカフェに泊まるというだけだ。別にどこかへ引っ越すわけでもない。メイのスマホも復活した以上、連絡などいつでもとれる。


 にもかかわらず……メイはどこか漠然とした不安を抱えているようだった。


 その気持ちは──なんとなく、俺にも少し分かる気がした。


 俺たちを繋いでいた、目には見えないよくわからないモノ。それが、ここで離れたらプツンと切れてなくなってしまうのではないかという、不安。


 だから俺は、出来るだけ明るく話す。


「そんなことないって。気にしすぎだ。ほら、いつも通りのメイらしく楽しいJKの夏休みを堪能してくれよ。メイにそんな顔される方がずっと辛いわ」

「……おにーさん……」

「な? じゃ、俺もう行くからさ」


 納得してくれたのか、メイはようやく渋々とだがうなずいてくれた。


 そのとき、メイとお母さんの後ろからお父さんがスタスタと歩いてきた。


「メイちゃん。お義母さんの家にはいつ行った?」

「え?」


 突然の発言に、振り返るメイがキョトンとした顔をする。


「えっと、二週間前くらい、かな?」

「なら問題ないだろう。二人はどう思う?」

「え? そのカギ……あっ、パパもしかしてっ!」

「ふふ、そういうことね。ママは賛成で~す♪」

「うん! あたしもっ!」


 メイが急に表情を明るくして手を挙げ、メイのお母さんもニコニコと笑って手を挙げていた。


 突然の展開で意味がわからずポカンとする俺に、メイのお父さんが革靴を履いてからこちらを見て言った。


「ついてきなさい。この家には泊められないが、別の家を案内する」

「え? べ、別の家?」

「パパあたしも行くっ!」

「それじゃあママはお留守番してますね~♪」

「うむ」

「おにーさんいこっ!」

「え? いや、ど、どこにっ? どういうことなんだっ?」


 わけもわからないまま、俺はメイとメイのお父さんに連れられて外に出た。

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