第22話 驚かないでよ


  

 数日後、あたしは1人でいつもの道をあるいて城に向かっていた。

 最近はどうにも寝つきがわるい。

 アルクスとは時々顔を合わせるけれど、あたしが意図的に話をしないようにしていた。何か、変なことを口走ってしまいそうだった。

 アルクスはそのたびに悲しそうな顔をする。そりゃそうだ。好きだって言った相手に避けられたら、だれだって落ち込む。

 たとえ、婚約者がいても。


 城の入り口を通って、庭を抜けて、裏口から城内へ。そうしていつもの道を歩きながらあたしはかんがえた。

 イーサンのことだ。

 フレデリカという婚約者がいるのにも関わらず、別の女性を好きになって、その人と一緒になるために、婚約者を振った。それは、純愛のようで、でも婚約者からすればひどい裏切りだった。結局幸せにはなれなくて……。

 でも婚約者を選んでいたら幸せになれたのに、なんて言えない。相手がフレデリカのように素晴らしい人でも、人はその人に恋できなければ、きっとかつて好きだったひとをずっと思い続けるから。

 あたしには、何が正解がわからない。

 でも、一つだけ言える。

 もし、あたしが誰かと恋をして、その相手が婚約をけってあたしのものになったとして、その人の婚約者が不幸になったら、あたしは何も嬉しくないってこと。

 それが、フレデリカなら、なおさら。


 それだけが、あたしの変わらない真実の気持ちだった。

 だから。


「レナ」


 呼びかけられて、あたしは久しぶりに足を止めた。目の間にアルクスがいた。


「話が、ある。部屋に来てくれないか」

「…………お茶お持ちしますね」

「……ああ」


 多分これが正し距離感だ。



 アルクスの執務室には、ミゲルさんはいなかった。

  お茶を入れないまま、アルクスとあたしは向き合う形になる。椅子に座るように言われたけど、別の仕事があるから、と断った。

 そうすると、少しアルクスが悲しそうな顔をした。


「あのさ、レナ」

「…………」

「迷惑、かけてごめん」

「え?」


 何をいうかと思えば、迷惑? 何が?


「君を好きだって言った」


 びくりと肩が震えた。震えるな。ちゃんと話さないとだめだ。


「それから君は俺を避けてるだろう? 迷惑だった?」

「そんなこと、ない」


 ああ、そうだって言えばよかった。ふってしまえ。そうすれば、あとはフレデリカとアルクスが幸せになるだけなんだから。

 ふって、しまえ。


「でも、でも……あ、あたし、は」


 あたしは、答えられない。答えたらいけないんだって。わかってるくせに。


「わかってる、くせに」

「え?」


 アルクスの間抜けな表情がムカついた。


「アル……婚約するって聞いた」

「え!」


 ああ、驚かないでよ。

 バレた。って顔しないで。

 あたしのこと好きだって言ったの、嘘だって言わないで。

 誰かのものになるなんて、言わないで。


「婚約の話、わかってたのに、わかってて、好きだって、言ったんでしょ!?」


 気まずそうに沈黙が帰ってくる。

 ああ、ああ、あたし、本当に馬鹿だ。


「じゃあ、じゃあもういいでしょ! あたしのこと馬鹿にして、そんなのうまくいきっこないのにっ。本気にして、逃げてるあたしのこと、馬鹿だって、思ってたんじゃないの!?」


 そんなこと思う人じゃないって知ってるよ。

 そんなひどい人じゃないって、知ってる。知ってるよ。

 でも、ごめん。あたし、耐えられなかったよ。


 部屋を飛び出す。後ろからアルクスが呼んでる。わかる。でも、逃げるしかできなかった。


 あたし、本当はアルクスのこと、好きだったんだ。

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