第20話 初耳なんですけど
アルクスを避けてあちこちこそこそしながら仕事をしているあたしは、最近本当に変なやつだろうな。と思う。
今日も恐々と廊下を歩いていた。
「最近、殿下と何かありましたか?」
と声をかけられて、あたしは飛び跳ねた。久しぶりに侍女長のハンナさんがいた。この人とは滅多に会わないから、もしかしてどこにもいないんじゃないかって思ってたところだった。驚いた。
「な、なんでですか?」
「殿下が、最近レナさんを探している姿をみかけるので」
見られてたー。
あたしは困った顔を作った。そりゃ、ああも堂々と探されれば、城の中では妙な噂もたつだろうて。
「いやぁ。ちょっとした遊びというか。殿下ってば女性を追いかけ回すなんて変な噂がたちそうですよねぇ。今度あったらこの遊びやめましょうって伝えてみますー」
にこやかになんとかそう伝える。今度あったらっていつだよ。会わないよ。会いたくない。いや、会いたくないわけでもないんだけども。ってなに言ってるんだあたしは!
「ふふっそうね。そうして頂戴。ご婚約の準備も今進めているところですのに、殿下ってばもう」
ハンナさんの言葉に、あたしは硬直した。
「婚約者?」
「あっ………ええ、ええ。その予定で、まだ発表はまだなんですけどね、城の侍従には伝えておいた方がいい者もいるだろうと。レナさんは殿下がお連れになった方ですし、もう殿下からお話を聞いているかと」
「……いえ」
聞いてませんよ。
ああ、でもそれじゃあなおさら、会わない方がいいんじゃないかな。
うん。ナイスタイミング。だって今あいにくいし、告白されて避けてる途中だし。うん、でも、ちょっと、ねぇ、初耳、なんですけど。
その後、どうやって仕事を終えて帰ってきたのかはわからない。ふらふらしながら伯爵家に戻って、裏口からそっと部屋にいく。今日はフレデリカに会わないで寝ようかな。
「好きって、言ったくせに。やっぱり遊びかよ」
呟いてみて、悲しくなる。
あたし、ほんとうにバカみたいだな。
「レナ? 帰ったの?」
フレデリカがいた。ああ、なんか、フレデリカをみたら、泣きそうになってきた。あたしの唯一の心の癒し。一緒にいると優しい気持ちになれる。そんな存在。
「フレデリカ……」
「……何かあった?」
「ううん。ちょっと疲れただけ」
「それなら、いいんだけど。ね、すこしお話ししない? 話したいことがあるの」
フレデリカがいつもよりすこし明るい声でそういった。
でもあたしは、なんだか嫌な予感がした。
それでもフレデリカのそばにいたくて、頷く。
フレデリカの部屋で、お茶を飲む。もう夜だから、灯りをつけて、でも部屋はほんのり薄暗い。このくらいがフレデリカが好きだって知ってる。落ち着くんだって。実際お茶を飲んだらすこしだけおちついた。
「殿下とはどう?」
と、これまた核心をつくような質問に驚く。
「ど、どうって?」
「仲良くやれているかしらって。最近殿下の話をしないでしょう?」
それはまぁ、避けてないと変な噂が立つと思っていたし、告白されてからはさらにそれどころではなくなってしまったからなぁ。
「まぁ、普通。普通」
他になんていえばいいのかわからない。
「フレデリカは? なんかいいことあったの?」
「いいこと、というわけでもないのだけど。実は、私の疑いが晴れたみたいなの」
「え!?」
これはいいことだ。驚いてカップを落としそうになったあたしは、そっとソーサーにカップを戻す。
「ど、どうして急に?」
「いろいろと周りの皆さんが動いてくださって、イーサン様が提示した証拠が全て捏造だったことがわかったの。それで、わたしがしていたという虐めも、誰かが私とイーサン様のあいだを裂こうとしたのではないかって」
誰かって、そりゃああの美人な一個下の御令嬢でしょうよ。
フレデリカもそれがわかっているのか、困ったように笑っている。
「それで、イーサンはどうなったの?」
「謹慎ということになったそうよ。ただ、公爵家と伯爵家の関係が悪くなったことで、貴族たちの派閥争いもひどくなってるみたい」
「そうか……」
そりゃそうだろう。
落ち込んだ様子のフレデリカとしては、貴族間の争いが嫌なんだろう。だって、社交界でこれまで親しかった人が、突然会話すらしてはいけない相手になることもある。
でも、あたしとしてはイーサンが痛い目見てくれるならそれが一番よかった。
あとは、あの令嬢。名前また忘れちゃったけど、シャーラだか、シャルロッテだかが痛い目見てくれると嬉しいなぁ。
「それでね、レナ」
「うん?」
「わたくし、婚約することになったの」
「え?」
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