第3話「甘ったるくて」

 いちごミルクは今日も甘ったるい。だけどその中にあるほんのりとした甘酸っぱさがアクセントになっていて、ついついクセになる味で好きだったのに、今日のいちごミルクはただただ甘ったるい味しか感じない。


 けれども昨日の今日で味が変わる事なんてそうそうないだろう。

 変わってしまったのは、どう考えても私のほうだった。


「好き。って、誰かに伝えた事ある?」


 彼女の言葉が、今日になってもずっと頭の中で反響している。

 ない。ないよ。私にはそんな経験、一度だってない。


「好き……です」


 だからその言葉をどう咀嚼すべきかなんて、今の私には分からない。櫻子が見せた初めての顔になんて反応したらいいのか、今日になっても分からない。


 私よりほんのちょっぴり背が高くて、私よりずっと引っ込み思案で。小さい頃からずっと一緒だった幼馴染なのに、今だって同じ机を挟んで昼食を終えたばかりなのに、昨日から一度も目が合わない。


 いつだって鮮明に思い出せるはずの彼女が、今どんな表情をしているのかぼやけて見えないなんて。そんな恥ずかしい事があってたまるか。


「……櫻子!」


「う、うんっ!」


「今日もやるぞ!!」


 せっかくこんな事でまで私を頼ってくれているのに、彼女の思いへこたえられなくてどうする。

 うろたえて恥ずかしいからなんて、だから今回は頼られても困るなんて、それこそ逆に櫻子の知っている私じゃないだろう。


 だから私は、彼女の思いにこたえる。今日だって次だって、その次だって。今までそうして来たように、今回だってそうしてやる。


 何度だって彼女の好きを受けて、悶えて、受け止めて。練習だと分かっていても、櫻子から向けられる愛情は、いつだって心地良くて仕方がなかった。


 あぁ、こんな幸せで甘ったるい日々がずっと続いてほしい。そんな独りよがりな考えが心の奥底から溢れようとしてしまう。

 だけどそれだっていいじゃないか。練習に付き合っている見返りと思えば、その間くらいは噛み締めたって。


 でもそれが私にとって苦しい時間になっていると気づくのは、そう遠くない未来の事であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る