4730話
『王族の四肢を切断だと? レイ、それは少しやりすぎではないか?』
夜だというのに、まるで昼の太陽の光そのもののような縦ロールの黄金の髪を掻き上げつつ、エレーナは呆れ混じりに言う。
「一応……左腕は残っているから、四肢切断した訳じゃないぞ?」
『そう変わらないだろう』
『あら? 腕が一本あるかどうかというのは、大きく変わってくるわよ?』
エレーナの言葉に、ヴィヘラがそう口を挟む。
もっとも、そんなヴィヘラの言葉を聞いたエレーナは、呆れの色をより強くするだけだったが。
『ヴィヘラ、お前も仮にも皇族だったのだろう? であれば、今回のレイの行動がやりすぎだったというのは、十分に理解出来るのではないか?』
『そう言われてもね。皇族がどうこうというのが嫌で、私は出奔したんだし。それはエレーナも知ってるでしょう?』
『全く』
『ほらほら、二人ともその辺にしておきなさい。レイと話を出来る時間はそんなに長くないんだから』
言い合い……という程に大袈裟なものではなかったが、それでもそんなエレーナとヴィヘラの間にマリーナが割って入る。
今日ならそれなりに長く話が出来るんだけどと思うレイだったが、今そのようなことを口にしても、エレーナとヴィヘラの言い争いが長くなるだけだろうと考え、黙っておく。
『それに、ダスカーからの要望でもあったんでしょう? なら、そこまで問題にはならないわよ』
マリーナの言葉にレイは頷く。
「強硬にってことだったから、具体的にどこまでやればいいのか分からなかったんだよな。それこそ本当に強硬にということなら、例えば国王を殺す……まではいかなくても、国王の四肢を切断するとか、そういう風にしてもいいかとも思ったんだけど、それはそれでちょっとやりすぎかと思って、止めておいた」
『……そうね。それは止めておいた方がよかったわね』
マリーナの認識でも、王子はともかく国王をそのようなことにするというのは、やりすぎだったということなのだろう。
「まぁ、俺がやりすぎかどうかというのは別として……ともあれ、そうして連れ去られたメイドは取り返した訳だ」
『その後でか? 戦いの才能を持つ子供と、鳥の召喚魔法の才能を持つ子供の兄弟を見つけたと聞いているが』
「ああ、ラストとジリエットか」
『そう、その二人だ。……戦いの才能を持つ方はともかく、鳥の召喚魔法の才能を持つ子供というのは珍しいし、それを手に入れることが出来るダスカー殿が羨ましいな』
しみじみとエレーナが言う。
エレーナの父親は、貴族派を率いている人物だ。
それだけに、鳥の召喚魔法を使える者がいれば情報のやり取りが早くなるという実感があるのだろう。
あるいはエレーナは姫将軍の異名を持つ人物だけに、軍を動かすことにも長けている。
その為に情報の正確さと素早さについては十分に理解しているのかもしれないが。
勿論、その手の者達……他に鳥の召喚魔法を使える者であったり、あるいは召喚魔法ではなくて鳥のテイムが出来る者は、それなりに抱えているのは間違いないだろう
だが、それでもそのようなことが出来る者というのは、多ければ多い程にいいのも事実なのだ。
そういう意味で、エレーナはレイの見つけたジリエットを確保したダスカーを羨ましく思ったのだろう。
「いっそ、エレーナの家でもそういうのを大々的に捜してみるというのはどうだ? 人材というのは重要だぞ」
そう言うレイは、日本で知った言葉を思い出す。
人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。
日本でも有名な武将である武田信玄の言葉だ。
……もっとも、日本でよく知られているのは人は掘の辺りまでで、情けは味方から先は知らない者も多い言葉だったが。
人材の重要性を説いたこの言葉は、特にこのエルジィンにおいては重要な意味を持つ。
何しろ、この世界では量より質。個人で軍勢を相手に出来たり、個人で戦局を引っ繰り返したり、あるいは個人で国を相手に戦えるような者すらもいるのだから。
勿論、そのような者達はその辺にゴロゴロいる訳ではなく、非常に希少な存在ではあるが。
だが、そこまでいかずとも個人で数人を相手にする者は幾らでもいるし、十数人を相手に出来る者も多い。数十人を相手にするとなると数は減るものの、それでもかなりの数がいるのは間違いない。
その辺りについて考えれば、武田信玄の言葉はより一層大きな意味を持つ。
『勿論、うちの領地でもそのような才能を持つ者は常に捜しているし、あるいは冒険者でそのような者がいれば仕えないかと誘ってもいる。だが……元々そのような者達は決して多くはないのでな』
「だろうな」
数が少ない……それこそ希少だという言葉には、レイも賛成だった。
そういう意味ではジリエットを見つけることが出来たというのは、それだけ大きな意味を持っているのだろう。
『結局、その辺りは運が大きいのだろうな。それと、あくまでも自分の領地しか調べることが出来ない父上に対し、レイはダスカー殿の領地だけではなく色々な場所に行っている。それはつまり、色々な場所で才能のある相手を見つける可能性があるということも意味している』
「そうだな、それは否定しない」
実際、ジリエットを見つけたのもギルム……どころか、ミレアーナ王国の領土ではなくグワッシュ国の領土、それも王都での話なのだ。
それを思えば、セトに乗って色々な場所に行くことが出来るレイが多くの者達に出会い、その中にジリエットのような希少な素質を持っている者がいる可能性があるのは間違いのない事実だった。
その辺りの事情を思えば、エレーナがレイを羨ましがるというのは分からないでもない。
『その子達二人は、ダスカーがしっかりと面倒を見るでしょうね。鳥の召喚魔法に適性を持つ弟もそうだけど、兄の方もかなりの戦闘の才能を持つのでしょう? ……ヴィヘラが喜ぶくらいには。……あら? ヴィヘラ?』
『才能があると言っても、それはあくまでも才能でしかないんでしょう? 私が欲しているのは、今この時点で強さを持つ者よ。……まぁ、そうして才能があるのなら、将来的には私にとってもそれなりに良い刺激になるかもしれないけど』
マリーナの言葉に、ヴィヘラがそう返す。
ヴィヘラにしてみれば、自分が戦いたい相手はあくまでも強者だ。
将来的には強者になるかもしれないというのはそれなりに興味を惹かれるかもしれないが、それでもやはり今この状況では……という風に思えてしまうのだろう。
あるいはこれで、その将来というのも明日……とまでは行かずとも、数ヶ月くらいならまだ期待出来たかもしれないが、数年、あるいは十数年後の話となれば、ヴィヘラの興味は一気に冷める。
それこそ、十数年後になってからやって来たら? といった具合に。
「ヴィヘラの気持ちも分からないではないけど、今の時点でもスラム街で弟を守りながら五人の大人の男を相手にやり合えるんだから、才能という点ではかなり期待してもいいと思うぞ」
大人と子供とでは、やはり純粋に身体能力が違う。
ましてや、スラム街の住人ともなれば暴力を振るうことに躊躇したりはしない。
そんな大人の男五人を相手に、弟のジリエットを庇いながらやり合っていたのだから、それは大したものであると言ってもいいだろう。
もっとも、この剣と魔法の世界においてはそのような者がそれなりにいてもレイはそこまで驚くようなことはなかったが。
すると、そこまでレイが言ったのが気になったのだろう。
対のオーブの向こう側で、ヴィヘラが少し……少しだけだが、興味深そうな表情を浮かべる。
『レイがそこまで言うのなら、ダスカー殿の屋敷に到着したらちょっと様子を見てみようかしら』
「……ラストのことを教えた俺が言うのもなんだけど、あまりダスカー様に迷惑は掛けるなよ」
『あら、そんなことはしないわよ? マリーナじゃあるまいし』
『ちょっと、それどういうことかしら? 私は別にダスカーに迷惑を掛けたつもりはないわよ?』
『全く、お前達は……』
マリーナとヴィヘラのやり取りに、エレーナが呆れたように言う。
そんなやり取りに、レイは色々と言いたいことはあったものの、藪蛇を恐れて何も言わない。
レイの仲間のうち、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人はそれぞれがダスカーにとって非常に扱いにくい存在であるというのを知っているからだ。
例えば、エレーナはダスカー率いる中立派と協力関係にある貴族派を率いるケレベル公爵の一人娘にして、姫将軍の異名を持つ。
マリーナは自分の黒歴史を知っており、長いことギルムでギルドマスターをしていた為に広い人脈があり、多くの者に慕われている。
ヴィヘラにいたっては、既に出奔したとはいえミレアーナ王国に並ぶ大国であるベスティア帝国の元皇女にして、次期皇帝となっている人物の姉にして、その皇位継承権第一位の人物は姉を強くしたっている。それこそシスコンとレイが認識するくらいには。
そんな三人……迂闊に取り扱いを間違えると色々な意味で危険な三人だけに、ダスカーとしても接する時は丁寧にする必要があるのは間違いなかった。
とはいえ、そのようなことを指摘すると三人とも怒る……とまではいかないが、それでも不満に思うのは間違いないだろうと、レイとしては何も口に出したりはしなかったが。
「そういえば、ガメリオン狩りがそれなりに始まったって?」
話題を移そう。
そう考えたレイは、自分にとっても気になっていたことを口にする。
もっとも、ガメリオンの件については以前にも話したことがあったので、またその話題でもいいのか? と思わないでもなかったが。
ただ、レイにしてみれば……それこそ第二王子グリスタンの手足を切断したことよりも、ガメリオンのことの方が重要な用件であるのは間違いなかったが。
もしレイがそのようなことを思っているとグワッシュ国の国王であるスインが知ったら、間違いなく面倒なことになるだろう。
もっとも、だからといって既に王都を離れた今となってはどうしようもないのだが。
そうして言い争いが終わり、普通に話していると……コンコンと、扉がノックされる音が聞こえてきた。
「ん? 誰だ? ……悪い、ちょっと待ってくれ。入ってもいいぞ」
前半は対のオーブの向こう側にいる者達に、そして後半は部屋の扉をノックした相手に声を掛けると、すぐに扉が開く。
こうしてわざわざノックをしてきた以上、レイをいきなり襲撃しようとか、そのようなことを考えた者ではないだろう。
実際、もし殺意や敵意、悪意といったものを感じていれば、その時はレイも相応に反応したのだろうから。
そのような様子がなかったからこそ、レイはそう声を掛け……
(あ、この気配)
レイの言葉に扉が開けられる前に、扉の向こう側にいる気配が誰のものかを知り、意外に思う。
「レイ兄ちゃん、その……ちょっといい?」
そう声を掛けて部屋の中に入ってきたのは、予想通りラストだった。
「どうした? というか、ジャニスとジリエットの方はいいのか?」
「もう二人とも寝てしまったから。俺はその、何だか眠れなくて」
「あー……まぁ、そういう時間か?」
懐中時計を出さなくても、もう大体午後九時くらいだろうというのは、レイにも何となく予想出来た。
であれば、子供のジリエットは眠くなってもおかしくはないし、ジャニスも昨日から色々な体験をして、今朝もマジックテントの中で寝ていたということもあり、ぐっすりと深い眠りに就いた訳でもなかった筈で、レイが起きるよりも早く起きていた。
……もっとも、それはレイが十時すぎまで眠っていたので、レイよりも早く起きるというのは当然なのかもしれないが。
ともあれ、マジックアイテムによって何日も眠ったままであったとはいえ、それはそれで自然に眠るのとは違うのだろう。
その辺りの事情もあってか、ジャニスがもう寝たと言われてもレイはそこまで驚くようなことはなかった。
……寧ろ、ジリエットの兄とはいえ、それでもまだ子供のラストがまだ起きているということの方が驚きであっただろう。
「それで、暇になって俺の部屋に来た訳か」
「うん、そうしたら部屋の外にレイ兄ちゃんの声が聞こえたから」
「あー……まぁ、そうだろうな」
この世界において、完全防音などということは出来ない……訳ではないが、そのようなことをするにはとんでもなく金が掛かる。
街の中でも一番の高級宿であっても、この程度の大きさの街でそのような完全防音の部屋を作ることなど不可能だった。
であれば。外に声が漏れるのも仕方がないと思いつつ、レイはラストが眠くなるまで対のオーブの面々と一緒に話をするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます