第30話 望まぬ戦い

 混凝土コンクリート土瀝青アスファルトによってまちづくられた、アルティリア王都の噴水広場での戦い。ここでは、中央の大噴水を囲うように、十一時の位置にエルス、九時の位置にアリサとティアナがおり、七時にあたる場所にミーファが配置されている。


「わたしはエルスの方を! ティアナちゃんは、ミーファちゃんをお願い!」


「うっ、うん……! わかった! 頑張るね!」


 まずはアリサが炎を宿した魔装式大型剣ダインスヴェインを突き出し、大斧を手にしたどうへいの胴体を貫く。すると、じゅうこうな黒い鎧からは〝白い霧〟が勢いよくれ、やがて魔導兵それは頭・胴・手足といった部品パーツごとに分解され、みみざわりな金属音と共にくずる。


「え……? 白い霧……? じゃあ、やっぱりは……」


「ティアナ! 戦場で油断はきんもつなのだ! どーん!」


 アリサに続いて、ミーファが正義の鉄塊ジャスティスレッジ斧頭刃アクスヘッドとうてきし、ティアナに接近していた魔導兵を粉砕する。この不可思議な空間では、いっさいの〝移動〟が制限されているものの、彼女の戦法に限れば、特に影響はないようだ。


「ありがと、ミーファちゃん! そうだ、いまは考えてる場合じゃな――」


 言いかけたティアナの視界に、大型のクロスボウを構えた魔導兵が映り込む。そこでティアナは目を見開き、きたる攻撃に対処すべく、素早く呪文を完成させる。


「マルベルド!」


 金属製の太いボルトが放たれるせつ。結界の光魔法・マルベルドが発動し、ティアナとアリサの周囲に、光の防壁が展開される。高速で飛来したボルトじょじょに加速度を失い、最終的にはアリサの剣によって、土瀝青アスファルトの上へと叩き落された。


「いいぞ、二人ともッ! ヴィスト――ッ!」


 エルスが発動させた風の精霊魔法ヴィストの刃によって、クロスボウへのさいそうてんを図っていた魔導兵のかぶとが、高々と宙へ舞う。やはり、全身鎧フルアーマーの内部に肉体はなく、くずちる部品パーツの中には、わずかばかりの〝鉄の骨組み〟が見えるのみだ。



「敵・対象の武装を照会。……アイテム一致。バルドリオン・レプリカ。とうがいアイテムの所有条件、管理者権限を有する者。……アイデンティティ、再照会」


「おい、アンタ! 言葉がわかるンなら、コイツらを退かせてくれねェか? 俺たちは、戦うつもりはねェ。ここから脱出したいだけなんだ」


 エルスが聖剣ミルセリオンを構えたまま、最初にこちらへ接近してきた、槍斧ハルバードの魔導兵へと問いかける。しかし、は兜の隙間スリットから〝赤い光〟を激しくめいめつさせるのみで、エルスに答える様子はない。


「管理者にがいとうなし。……アイデンティティ登録者。精霊女王・リスティリア」


「へッ!? それは、母さんの……!? アンタ、なにか知ってンのか!?」


「コマンドへ情報を伝達。待機。……応答なし。敵対的異常存在のせんめつを続行」


 そこまで言った直後、兜から漏れる赤い光が、いちだんと輝きを増しはじめた。――その直後、振り下ろされた槍斧ハルバードの一撃を、エルスはどうにか剣で受け止める。


「クソッ、やっぱ戦うしかねェのか……! レイヴィスト!」


 風の魔力をまとわせた刃を振るい、エルスが巨体をはじばす。その一撃によって魔導兵の左腕と胴が大きく損傷したものの、まだ撃破には至っていない。


「風のおかげで、ちょっとは軽くなったぜ……! そうだ、たしかコイツらッて」


 なにかに気づいたらしきエルスが、ミルセリオンを右手に持ち替え、空いた左手を魔導兵へ突き出しながら、素早く呪文を唱えはじめる。


「これで、どうだッ! デストミスト――ッ!」


 かいじゅの闇魔法・デストミストが発動し、槍斧ハルバードを構えなおした魔導兵へ向けて、おびじょうをした紫色の光が照射される。しかし、解呪の光は、なんら影響を与えることもなく、からだを突き抜けてゆく。


「効かねェ!? やっぱ、研究所ラボのヤツとは〝別モン〟なのか……!?」


「殲滅する。殲滅する。殲滅する。殲滅する」


「ええいッ、もう仕方ねェ……!」


 片腕で突き出された槍斧ハルバードさきをかわし、エルスは下方からのカウンターぎみに、魔導兵の腰から腹にかけてを斬り上げる。再度の損傷を受けたじゅうによってあっかいし、大量の〝白い霧〟となって消滅しはじめた。



「俺は、いったい何者なんだ……? なにがなんだか、わからねェよ……」


「エルス! 顔、上げてッ! まだいるッ!」


 足元のざんがいを見つめるエルスへ向けて、アリサからのげきが飛ぶ。周囲の空間には断続的に黒い影が生じ、それらが魔導兵の姿となり、四人への接近を続けている。


「さっきのを倒しても、こっから動けねェままか。これじゃキリがねェ……!」


「いいぞー! やれやれ! 魔導兵! 敵を殺せー! 王都を守れー!」


「アルフォンス陛下、万歳! アルヴィナ将軍に、勝利をー!」


 絞り出すようなエルスのなげきに、くぐもるようなエコーをともなった、複数人からのが混じる。よくよく観察してみれば、明るくしらばんだ空間内に、うすぼんやりとした〝白い人影〟が浮かんでいるのが確認できる。


「あれは……? 元の通路にいた、白い影たち?」


「あー! あれを見るのだ! 彼奴きゃつらが、魔導兵どもをんでいるのだー!」


 白い影らは戦いをあおるかのように、何度も拳を振り上げ続けている。その度に空間内に黒い影が現れ、次々と〝魔導兵〟として、実体化しはじめる。



「アイツらが原因ッてことか……? 迷ってる余裕はねェな。ヴィスト!」


 エルスが素早く呪文を唱え、風の精霊魔法ヴィストで〝白い影〟を吹き散らす。


「みんな、いけるぞッ! なら、当たるみてェだ!」


「エルス、こっちにも! 一、二、三……。全部で六体!」


「援護するのだー! どーん!」


 ミーファが投擲した斧頭刃アクスヘッドが、庇護カバーに入った魔導兵もろとも、一体の〝白い影〟を粉砕する。続いて、ティアナが指し示した方角へ向かい、エルスが風の刃を放つ。


「はぁあ――ッ! エルス! 防御は任せて!」


 光の結界によって鈍足化した魔導兵を、アリサが大型剣で豪快にはらう。どうやら、彼女はつかの端を指の力だけでつかみ、最大限まで射程リーチを伸ばしているようだ。


「頼んだぜ、アリサ! ティアナ、敵の場所を!」


「まずは、塔の方に一体! 次はミーファちゃんの、向かって右!」


「ふふー! こっちは、ミーに任せるのだー!」


 ティアナが左手の魔導盤タブレットを確認しつつ、右手の剣で敵の位置をさし示す。彼女からのナビゲートに従い、エルスとミーファが的確に〝白い影〟を次々と撃破する。


「いけいけ、すすめー! 魔導兵! お姫さまと、王国を守れー!」


「ぅくっ……。最後は、そこ! それ――、で終わりっ……!」


 ちょうどエルスの右手側。はじめから一番近くにいたであろう、ひときわ小さな白い影。ティアナが示した人型かれに向かい、エルスの聖剣が振り下ろされる。


 その瞬間、空間内にまばゆいばかりの光が弾け、四人は頭を押さえてうずくまる――。


 そして、再びエルスたちが立ち上がった時。周囲の景色はてつさびと海水にまみれた、元の異界迷宮ダンジョンへと戻っていた。


             *


「戻ってきた、……のか? ふぅ、えらい目にったぜ……」


 通路の天井を見上げながら、エルスが静かに呼吸を整える。


 四人の武器が放つ、赤・黄・緑の光もあり、不十分ながらも視界は確保できている。エルスは近くにいたティアナに近づき、そっと背中に手を当てる。


「ティアナ、大丈夫か?」


「え? あ、うん……! ありがとね、エルス」


 うつむいていたティアナが顔を上げ、あわてた様子で笑顔をつくる。エルスはティアナの肩を静かに叩き、続いてアリサの方へと寄る。


「アリサ、ありがとな。おかげで攻撃に専念できたぜ」


「うん。おかしなとこだったねぇ。……でも、なんだか〝懐かしかった〟かも」


 アリサは右手に剣をげたまま、左手の指を自身の口元へと当てている。そんな彼女の頭を軽くで、エルスがミーファへと向き直る。


 その瞬間、エルスの両脚を目がけて、ミーファが飛びついてきた。


「ご主人さまー! ミーは、心細かったのだ! もう離れないのだー!」


「うわッと!? 危ねェ!――ッていうか、おんなじ場所とこにいただろうがよッ」


 エルスは右手の剣を腕輪バングルへと収納し、ためいきと共にミーファをかかげる。すると、その直後。せんすいていにいるドミナから、四人へ向けてのあんごうつうが入ってきた。



《エルス! みんな! 無事かい? なにごとか、あったのかい?》


《俺たちは大丈夫だ!……ンでも、色々あったんで、ちょっとだけきゅうけいだ》


《よかったよ。ずっと呼びかけてたんだけどね。返事がないもんだから》


 エルスは敵の襲撃を警戒しつつ、ドミナにことだいを報告しはじめる。実際の戦闘以上の疲労感があったのか、特にティアナの調子がかんばしくないようだ。


《ふむ。アルフォンス陛下っていうと、千年前のアルティリア国王だ。アルヴィナってのも、王とヴィルジナさまとの間に生まれた、第一王女だったはずさね》


《じゃあ、やっぱり〝さっきの場所〟は、昔のアルティリアだったッてことか?》


《可能性は高いだろうね。それに、さっきエルスが言った王都の街並み。……マイクを使うことにはなるけど、ヴィルジナさまにも確認してみるよ》


 まだ、探索は始まったばかり。今後に備えるためにも、不明な要素は解消しておくに越したことはない。エルスが報告を続けているかたわらで、アリサとティアナが彼の両肩に寄りかかり、つかの間の休息をとっている。



《そういや、潜水艇そっちは大丈夫か? あの〝白いの〟が、まだいるかもしれねェ》


《ああ、静かなもんだよ。たぶん、そいつらが〝謎の霧〟の正体だろうね。すでに、異界迷宮ダンジョンの入口が壊されてて、開いたまんまになってたからさ》


 ドミナとザグドの調査によると、ヴィルジナが封印したはずの扉は何者かによって破壊され、海底におおぐちを開けたままの状態になっていたという。


《そういや、ヴィルジナさんが『取引した』とかッて言ってたな。さきにボルモンクが来て開けたのか。ッてことは、アイツもに隠れてやがる……?》


《さすがに、それはないだろうさ。大半の〝白い影〟は、外に出ちまったんだろうけど。隠し通路の奥には、まだ残ってたんだろうね》


《そっか。俺らに『取ってこい』ッて言う必要ねェもんな。……とにかく、気を引き締めて探索を続けるぜ。また、なんかわかったら、教えてくれると助かるぜ》


 エルスの言葉に「あいよ」と短く答え、ドミナが暗号通話を終了する。そして、エルスはミーファのからだを軽く抱えなおし、深いためいきをついた。



「ッていうか。なんで二人とも、俺に寄りかかってンだ?」


「えっ? だって、壁にもたれかかったら、お姉ちゃんのマントが汚れちゃうし」


「わ、私も……! お気に入りの服が汚れちゃうから! あはは……」


 エルスの肩にもたれたまま、アリサが小首をかしげてみせ、ティアナが弱々しげな笑顔を浮かべる。さきほどから、ミーファもエルスの腕から降りようとしない。


「わかったよ……。もうちょっとだけ休憩だ。……なんか、俺もアリサが言ったように懐かしいッていうか、悲しいッていうか。よくわからねェ気分なんだよな」


 両腕をふさがれたまま、エルスが再び天井を見上げる。魔法剣の光が二つ消えたこともあり、彼の視線の先には、どこまでも〝闇〟が広がっている。



「アルティリアだったからッてのもあるけどよ。ずっと昔に、俺も〝あんなとこ〟に行ったことがあるような。見た記憶があるような。そんな気分になったんだよ」


「あっ、エルスも? そうなんだよねぇ。なんか不思議で、変な感じ……」


 最後はつぶやくように言い、アリサが「ふぅ」と深呼吸をする。


「よかった……。みんな、あそこが不安だったんだ。……よしっ! 今日はまんしての異界迷宮ダンジョンたんさくなんだし、ここは私が頑張らないと……!」


「ふふー! 期待してるのだー!」


「頼りにしてるぜ! それじゃ、そろそろ出発するか。――行けるか? みんな」


 エルスからの確認に、三人の少女が肯定の意思を示す。そして、四人は短時間の休息を終え、再度の探索へと乗り出した。

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