第23話 手を取りあって

 訓練を兼ねた朝の魔物退治を終え、ギルド商館へと帰還したエルスとアリサ。そのまま二人は商館内の大浴場にて汗を流し、朝食の用意された大広間へと入る。


「ふふー! 今日は、激しい朝だったのだー! さー、たらふく食べるのだ!」


「ごめんね、私たちも入っちゃって……。ゆっ、ゆっくりできたかな……?」


 大浴場ではエルスとアリサのほか、ちょうどミーファとティアナも朝の入浴を行なっており――。ちょっとした、らんさわぎへと発展してしまったのだ。


いでッ……! ああ、まだ背中が痛ェけど……。なんとかなッ……」


 エルスは自身の背中をかばいながら、静かにへと着席する。三人の少女らによって交互にこすられ続けた結果、彼の背中は真っ赤にれあがってしまっていた。


「大丈夫? もう一回、治癒魔法セフィドする?」


「すぐに治るからさ……。ありがとな、アリサ……」


 エルスは苦笑いを浮かべながら「いただきます」と唱え、〝発酵豆とかいそうのスープ〟にはしをつける。そんな彼の様子を見て、ニセルがニヤリと笑みをこぼした。



「ご主人さま、なのだー? もっと食すべきなのだ!」


「昨日、あンだけ食ったからな。……ッていうか。朝から、よく食うなッ!?」


 ミーファの前に並んだ料理の数々を見て、エルスが顔面を引きつらせる。すでに、いくつかの皿はからになっており、それらがうずたかく重ねられていた。


「今日は大事な決戦なのだ! 食わねば正義は成せぬのだー!」


 このあと、エルスらはカルビヨンへと向かい、〝デスアーミーぎょりょうだん〟や〝テンプテーションズ〟を交えた、作戦会議を行なう予定となっている。


「そうなんだけどさ。ヴィルジナさんだいって感じだよなぁ」


なんだが。オレはあとから、ドミナと向かわせてもらう」


 ニセルの言葉を受け、四人の視線が彼へと集中する。そんな彼の席近くへと、かんだかい駆動音と共に、ザグドが滑り込んできた。


「イシシッ! 今回はニセルさまに代わり、あっしが同行させていただくのぜ」


「おッ、珍しいな! そンじゃ頼むぜ、ザグド!」


 ザグドがうやうやしく一礼し、一足先に玄関口へと滑ってゆく。彼のどうたいへと換装されており、わずかに浮遊した状態での平行移動が可能となっている。



「ドミナさん。あれから大丈夫そう?」


「まっ、ちょっとばかり〝効きすぎた〟ようだがな。オレの責任だ」


「やっぱり、はわざとだったのか……」


 これまでのニセルはドミナに対し、彼女の〝師匠〟の名を伏せていた。しかし、昨夜、彼は意図的に〝エティ〟と名前を出したのだ。


「もしかして、私たちが〝ディークス〟で、から……?」


「そういうことだ。これは〝け〟では、あったがな」


 ティアナからの問いに答え、ニセルが「ふっ」と息を吐く。


「おそらくは、の記憶が必要だ。打つ手は多いに越したことはないさ」


「だな……。ボルモンクは、何をするかわからねェ。――ああ、忘れねェうちに」


 エルスが冒険バッグに手を差し入れ、てのひらサイズの拡大鏡ルーペを取り出す。


でいいんだよな? ナントカのレンズ」


「観測者のレンズ、だな。少しのあいだ借りておくぞ」


 レンズを受け取ったニセルが礼を言い、自身のマントの中へとう。


「へんな数字とか神聖文字が、ゴチャゴチャ見えるだけだし。いらねェんだけどなぁ。みんなのバッグの中身とかも見えちまうし。……なんか〝悪い〟ッつうか」


「ふっ。いまのドミナならば、文字それの意味も解明できるかもしれん。そうなれば、の価値も変わってくるはずさ」


「わざわざ、エルスにもんねぇ。リーランドさん」


 自分自身の、精霊族としての使命を果たす――。かつて聞かされた言葉を思い出したのか、エルスが表情を引き締める。


「そうだな……。いまは、とりあえず進んでみるしかねェ!」


 エルスは右手の箸を握りしめ、力強く気合いを入れる。そして、わんに入ったスープを一気に飲み干し、大きなゲップをしてみせた。



             *



 朝食を終えた四人は、玄関先で待機していたザグドと合流し、ランベルトスから街道へと脱出する。そこでエルスの〝運搬魔法マフレイト〟に乗り、真っ直ぐ西へと向かう。すでに太陽ソルは力強い陽光ひかりを放っており、昼が近いことを告げている。


「やべェな、ゆっくりしすぎたか? 急がねェと……」


「おー! もうすぐお昼ごはんなのだー!」


「さっき食ったばっかじゃねェか! ちょっとばかし飛ばすぜ……!」


 エルスは短杖ワンドを両手で握り、風の結界の速度を上げる。


「もっと飛べたらいいのにねぇ」


太陽ソルとされますからな。そうせいの頃は、空高く飛んでたらしいのぜ」


 アリサは緑色をしたドームの向こうに浮かぶ、太陽ソルを見上げる。


 創世紀。かつてのミストリアスは、巨大な〝きゅう〟の表面にり、〝大いなる闇〟から降り注ぐ〝光〟を受けていたらしい。ガルマニアの賢者・リーランドの言葉を思い浮かべるかのように、アリサが両手で〝包む〟ような動作をする。


って、なんだったんだろ? 不思議」


「ををっ!? ついに、アリサちゃんも〝不思議〟の魅力に気づいちゃった!?」


 好きな言葉に反応し、目を輝かせたティアナが、アリサに顔を近づける。


「えっ? うん。……太陽ソルって、なんなのかなぁって」


太陽ソルかぁ! うんうん! じつは私も、ずっと正体を考えてて――」


「ふっふー! それは正義の光なのだー! ミーが解説するのだ!」


 せまい風の結界の中、三人娘が、やいのやいのと盛りあがる。そんな彼女らの声を背に受けながら、エルスは真っ白な海をのぞむ〝カルビヨン〟を目指す。


「ずいぶんとにぎやかですのぜ。いつも、こんな感じですかい?」


「ああッ。たまに肩身が、狭くなっちまうけどなッ」


 すでにアリサらは結界内に腰を下ろし、絶え間ない談笑を続けている。ザグドはエルスと少女らを交互にり、小さく「イシシ!」と息をらした。



             *



 その後、五人はとどこおりなく港町カルビヨンへと到着し、入口にあるアーチを徒歩でくぐる。彼らの向かって右方向。デスアーミー漁猟団の本部には、なにやら人だかりができており、怒号や雄叫び、歓声らしきものが、ひっきりなしに響いてくる。


「なんだ……? こっちも賑やかだな」


 エルスが石造りの建物へ近づくと、不意に裏口の扉が開き、青バンダナを巻いた漁猟団員が姿をみせた。彼は周囲を警戒しながら、五人に向かって手招きをする。


「待っててくれたみたい? そーっと、行こっか」


 アリサの提案に同意し、エルスたちは忍び足で、本部の裏口へと近づいてゆく。そこで、さきほどの漁猟団員に迎えられ、無骨な通路をぐに進む。



「なぁ、ニィさん。おもてで、なンかあったのか?」


「いえいえ。ちょっとしたきょうが、大騒ぎになってしまいまして」


 彼によると、表の広場で漁猟団と海賊団による〝軽い模擬試合〟をしていたところ、次第に観客ギャラリーらが集まり、試合も徐々にヒートアップしてしまったとのこと。


あれのせいで、んでしょうね。気晴らしには丁度いいってなわけで」


「シシッ! カルビヨンは観光地。まさに一石二鳥なのぜ」


「そういうことです。――ささ、どうぞ」


 案内された場所は、ろうの突き当たり。さびの浮いた、りょうびらの前だった。エルスたちは彼に礼を言い、きしとびらを押し開けた。



「ホホ、ようやく主役のお出ましかえ?」


「待ってたぜ、エルス! 危うく、会議室こっちでも一戦交えちまうとこだったぜ」


 扉の先は殺風景な大広間となっており、サイズや高さの微妙に異なるテーブルが、長方形に敷き詰められていた。壁にはぎょたいりょうが立てかけられ、急ごしらえとばかりに『〝謎の霧〟対策本部 作戦会議』と書かれたプレートが吊り下げられている。


「言いおるわ。このゲテモノジジイめ!」


「なんだと!? 妖怪ババアに言われたくねぇな!」


「ちょ……! 待たせちまッて、悪かったッ! 頼むから落ち着いてくれェ」


 から立ち上がるヴィルジナとライアンをなだめつつ、エルスはフェルナンドに案内された席へと着く。広間には彼らの他、漁猟団の〝カシラ〟であるオーウェルがおり、数人の団員や海賊たちが、腕を背にしながらにらみあっている。


「ハハハ! あわてなくてもいいよ、エルス。こう見えて、遊んでるだけさ!」


 そう言ったオーウェルが、木製のジョッキを持ち上げてみせる。それを合図とばかりに、周囲の男たちが後ろ手に隠していた、さかびんつまみを取り出した。


「んげッ……。すっかり、できあがっちまってたのか。なんか酒くせェと思ったぜ」


 長らく命のやり取りを行なってきたとはいえ、元を正せば〝荒くれ〟同士。同じ目的へ進むと決めたこともあってか、両者は、すでに打ち解けてしまったようだ。



「あっ、あの……! お初に、お目にかかります。私は、アルティリア王国の――。国王アルヴァス・アルファリス・アルティリアの娘、アルティアナと申します」


 ティアナは席に着く前に、ヴィルジナのそばへと進み、に対して敬意を示す。


「ほう……? ではわらわの。――かかかっ! さすがに美しく育っておるのぅ!」


「なっ!? じょうちゃん、どういうこった? ヴィルジナ! 説明しやがれ!」


さからずとも、話してやるわい。が大きくからんでいることじゃからのぅ」


 ヴィルジナはティアナに着席をうながし、手にしたグラスを傾ける。そして、一同が席に着いたことを確認し、ゆっくりと口を開いた。


「では、話すとするかの。――かつて、愚かなるあやまちを犯した、せんりょなる王と、きょうまんなるきさききゃらの選択が招いた罪と、その罰のいやはてを」

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