第6話 導きの来訪者

 故郷である〝アルティリア王都〟へ戻ったエルスの前に、エルフ族の女性・リリィナが姿を見せた。青い瞳に長い金髪。魔水晶クリスタルの付いた長杖ロッドを持ち、白い薄布の衣をまとった彼女は、さながら〝女神〟と呼んでも差し支えない美しさを放っている。


「……ッていうか! なんで、ここにリリィナがいるんだ?」 


「あなたの疑問に答えてあげるために待っていたのよ? それともきたいことはなのかしら?」


 リリィナは容姿とは裏腹に、とげのある口調で再びエルスに質問を返す。かつて彼女とラシードは、共に冒険仲間パーティとして活動していた間柄だ。それゆえに、エルスやアリサとも長い付き合いがあった。


 しかしリリィナはアリサには優しい反面、エルスに対してはしんらつだ。


「リリィナよ。そうエルスをじゃけんにせんでくれ。今日は客人もおられるのじゃ」


「ええ、冗談よ。まずは、この〝そう〟をいただきましょうか。せっかくアリサやラシードが作ってくれたんですもの」


「うんっ! 嬉しいなぁ。お姉ちゃんと一緒に夕飯なんて、久しぶりだねぇ」


 アリサはエルスに背を向けたまま、リリィナに対して笑顔を見せる。リリィナも慈愛に満ちた微笑みを、彼女へと返す。



「どうせなら、メシを食い終わってから出てきてほしかったぜ……」


「ご主人様、とっても美味しそうなのだ! ミーと一緒に味わうのだー!」


 ミーファは自らのをエルスの隣へ移動させ、彼の隣へ腰かけた。


「ああ……。そうだな。ありがとな、ミーファ!」


 五人は席に着き、手を合わせる。

 これは食材となった〝命〟への感謝を捧げる、簡素ながらも伝統的な儀式だ。



「それじゃ、いただきまーッス!」


 エルスは早速、目の前のカラアゲにフォークを突き立てる。ツリアンで初めて食して以来、彼のお気に入りの料理メニューになったようだ。


「エルスが〝勇者サンド〟から食べ始めないなんて。そんなに美味しいのかしら?」


「へッ! 食ってみりゃわかるさッ!」


 リリィナの皮肉混じりの疑問をかわし、エルスは料理を口へ放り込む。彼につられるかのように、リリィナも小さく切ったカラアゲを口に入れた。


「あら、美味しい。ツリアンにこんな名物があったなんて。知らなかったわ」


「お姉ちゃん、この卵ソースも美味しいよ? そこのサラダにかけてみて?」


 アリサもリリィナに体を寄せ、お気に入りの料理を勧める。二人は実の姉妹ではないが、アリサは幼少の頃からリリィナを〝姉〟としてしたっていた。



「これぞ〝ドワーフ風・山の幸ハンバーグ〟なのだ! 味も絶品なのだー!」


「ほっほっ! 光栄でございます。ミーファさま」


 ミーファはハンバーグを大きく切り分け、嬉しそうに頬張る。その様子にラシードは目を細め、その場で深々と頭を下げた。


「ん? なんじゃエルス。食わんのか? おぬしも好物じゃったろうに」


「いや……。いちおうくけど、この肉ッて……?」


「そりゃ〝鉱山ミミズ〟に決まっとるじゃろ。知らなんだか?」


 首をかしげるラシードに対し、エルスは「うげェ」と舌を出す。その瞬間を狙い、ミーファがエルスの皿にフォークを突き立てた。



「ご主人様! いらないならミーが美味しくいただくのだー!」


「あッ……! ちょッ――」


 エルスはあわててハンバーグの死守をかんこうする――が、小さな欠片かけらだけを残し、えなくミーファのじきとなってしまった。


「くぅッ……。まぁいいか……」


 フォークに残った欠片を口へと運び、ゆっくりとエルスがしゃくする。


「うーん……。やっぱェな!」


「当たり前じゃ。安心せい、おかわりは残っておるぞ?」


 ラシードの言葉を聞き、ミーファが目を輝かせながら椅子から飛び降りる。続いて、エルスも皿を手に、おもむろに立ち上がった。


「感謝するのだ! ミーが正義のためにいただくのだー!」


「おおっと! 負けるかよッ!」


 二人は競うように台所キッチンへと急ぐ。

 そんな彼らの様子をり、アリサがげんそうな顔をする。


「もー。二人とも、お食事中に走っちゃダメだよ?」


「ふふっ。にぎやかね。こんなのは何年ぶりかしら」


 リリィナはかんがいぶかげにつぶやき、果実酒のグラスに口をつける。かつては自由に世界を飛びまわっていた彼女も、現在は〝しんじゅさと〟にて仕事に追われる毎日だ。


             *


 やがて食事を終えたエルスたちは食卓を片づけ、改めて席に着きなおす。


 エルスとリリィナが向かい合わせて座り、左右にアリサとミーファ、ラシードが着席した。テーブルの上には、お茶のカップが五つ用意されている。


「さてと。まずは『なんでリリィナがいるんだ?』から、始めようかしら?」


「へッ、相変わらず性格わりィな。じゃあを教えてくれよ」


 上品な姿勢のリリィナに対し、エルスは椅子の上でふんぞり返っている。そんな彼の様子を見て、リリィナは優しげな笑みを浮かべた。



「あの〝せんたくほうそう〟を見たエルスなら、戻ってくると思ったのよ。にね」


「お見通しッてわけか。まぁ理由は、あの〝銀髪の女〟だけじゃねェけどな」


 エルスは先の戦いにおいて、から指摘された言葉を改めて思い返す。


 銀髪の希少性。相反する精霊魔法を同時に扱える特殊性。魔力素マナとの親和性が限りなく高いという特異性。そして――。


「虹色のせいれいせき。使ったのね?」


ッて確信はなかったけどよ。本能的に〝できる〟と思ったッていうか」


「では、知らなければいけないわね。で力を使わせるわけにはいけないもの」


 どこかとがめるような口調に、エルスは反射的にリリィナをにらみつける。


「なんだよ……。昔ッから二人とも、俺らがいても教えてくれなかったじゃねェか。十三年前のことも、母さんのことも……」


「うん……」


 アリサも同意を示すように、小さくうなずいてみせる。エルスの父が〝魔王〟の手にかかった際に、彼女の両親も命を落としているのだ。



「ごめんなさい。もちろん理由はあったのだけれど。言い訳はしないわ」


「うー? 力を持つ者の責任なのだー?」


「ふふ。お姫様は物わかりがいいわね」


 リリィナはミーファに微笑み、再びエルスへ視線を戻す。すでに彼女の目は〝嫌味な姉貴分〟から、〝二百年を生きたエルフ族の賢者〟のものへと変わっていた。


「エルス。あなたには絶大な力があるわ。使い方次第では、このミストリアスを〝創り変えてしまえる〟ほどの力が」


「なッ……。なんだよそれ……。俺なんて、ただの……」


 思いもよらぬ壮大な台詞せりふに、エルスは思わず失笑をらす。しかしリリィナの真剣な眼差しを受け、彼は生唾を呑み込んだ。


 一同はリリィナからの言葉を待つも、なかなか彼女の口からは、言葉が発せられてこない。しばしの沈黙が続いたのち、嫌な緊張感を察してか、アリサが口を開いた。



「それって……。なんか〝神さま〟みたいだね」


「神――。そうね。限りなく〝神〟に近い存在とも言えるわ」 


「話が見えねェよ……。いったい俺が〝何〟だッてんだ?」


 エルスは困惑混じりのいらちをみせながら、この話題の結論をかす。そんな彼を制するように、リリィナが小さく手を挙げた。


「あなたは〝精霊族〟よ、エルス。この世界で〝たった三人だけの〟ね」


「俺が? まさか俺は〝人類〟じゃなくて、ただの〝精霊〟だッてのか?」


 思いもよらぬ言葉に、エルスが〝お手上げ〟のジェスチャをする。


「いいえ。魔力素マナと同様に、その姿を見ることはできない。――対して、は人類と同じ姿をしているわ。銀色の髪をした、ね」


「銀色の髪……」


 誰ともないつぶやきが流れ、一同の視線がエルスの髪へと注がれる。天井のりょくとうを反射して、彼の銀髪がキラリと輝きを放つ。



「じゃあ、このあいだ〝宣託〟をしてた人って……」


「ええ。あの方は〝大教主ミルセリア〟さま。ミルセリア大神殿の――いえ、この世界においても、最高位にらせられるかたよ」


「そんな偉い人と、ご主人様が同じ〝精霊族〟なのだー?」


 ミーファの疑問に、リリィナは静かに頷く。エルスは押し黙り、テーブルに置かれたカップのみなを見つめている。彼の様子をいちべつし、アリサが再び質問をする。


「もしかして、あの人がエルスのお母さん?」


「いいえ。世界がさいせいされた後、ミルセリアさまは〝自らの半身〟を〝器〟として、お切り離しになった。新たな〝精霊界〟を統べる、女王となってもらうために」


 エルスは冒険バッグから、焼け焦げたペンダントを取り出した。ウサギ型をしたの裏面には、父・エルネストの名と〝リスティリア〟という文字が彫られている。


「そう。――精霊女王リスティリアさま。彼女こそが、エルスの母親よ」

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