光【性別不問 一人読み 20 - 30分】

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https://kakuyomu.jp/works/16817139555946031744/episodes/16817139555946036386


【概要】

「そうだね、君はひとつの光として放たれた」

 光のたどる旅を書いた同名の小説作品を転載し、読みやすさを重視してフリガナを振ったものです。


【原作】

 https://kakuyomu.jp/works/16818093082050216466



 3400字 30分を想定



【以下本文】


 どこからどこまでを「ひとつの光」とするのかはとても恣意しいてきだと思うけれど、そうだね、君はひとつの光として放たれた。

 光すなわち時間、という立場に立つなら君は全てを同時に体験するのかもしれない。ただ、語るにあたっては、どうしたって順序は必要になってしまう。

 ともかく。

 君は光だけどまわりは真っ暗だ。これは君の強さの問題じゃなく、ただ君を跳ね返してくれる物が何もないからだ。

 今の君はもしかしたら、有って無いようなもの。いるのにいないようなものかもしれない。そんな君はひたすら真っすぐに長い旅をした……と言いたいのだけど、実際には8分ちょっとで転機が訪れる。

 星だ。水のある星だ。

 星を薄い膜のように包んで元気いっぱいにブンブン動き回る窒素ちっそをすり抜けて、君はとした水へと差し込む。そこで君の一部は青く散乱し、別の一部は深みの黒と混ざり合い、残りの君は水のうねりに揺られる無数のの中へ飛び込んだんだ。

 そして君は生まれ変わる。光から電子へ。電子の君は水から酸素を切り離し、空気から炭素を取り出し、それらを結合させ、藍藻を形作る有機物として安定した。

 君を受け入れた無数の藻は分裂し、増え、盛んに酸素を吐く。

 けれど、ほどなく藻の命は尽きて、深い水底へ君と共に沈んでいく。

 また真っ暗だ。君はもう光ではないし、光だったとしても、分厚い水の壁に阻まれてどこへも行けない。この星に差し込み、無数の藻に飛び込んだ君はもろもろと崩れ、暗い水底に積もって、星で最初の土になった。

 あとからあとから水底に積もる君たち。その底の君。宇宙で最も速かった君は今、土くれとして星の一部となる。

 暗い静寂しじまに動かず、水の重さをうけ、次々に積もり来る同胞どうほうたちと共に、君は再びひとつになる。

 岩だ。

 変化すなわち時間という立場に立つなら、君の時間はとてもとても遅い。

 圧力はあるのが当たり前で、岩になるほど詰まってしまえば、もう何の影響もない。

 進んでいることがわからないほど緩慢かんまんな君の時間。

 何もかもが止まったような時間は、ある時加速する。



 青黒い揺らぎ。

 水底みなそこたる君に向かい合ってらぐ弱々しい色彩は、紛れもなく光。

 気まぐれに現れては消える揺らぎは君の新しい時間。かつての君よりはるかに遅く、今の君より遥かに早く流れる時間。

 その揺らぎは緩やかに、数百億回の明滅を繰り返して近づく。強くなり、弱くなり、消滅し、再び現れ、幾億と。

 光が強まるにしたがって、君を押し固めた圧力は緩んでいく。

 なぜなら君は、星の奥底から静かに押し上げられ、たわみながらせり上がっているからだ。

 君が、光に近づいているんだ。

 いま揺らぎは君の広さよりはるかに広く、黄金おうごんからあお赤銅しゃくどうからあい、そして銀と紫を帯びて、最初の弱々しさを忘れたかのように踊る。

 色は確固とした強さをもち、あれほどみっちりしていた水は君の前からいなくなり、代わりに君をおおうのはどこか懐かしい窒素ちっそ。そしてまだ電子だったころに水から切り離した酸素。

 かつて君を放った恒星こうせいが巡っているのがわかるだろうか。君の同胞が分厚ぶあつくなった大気にその一部を青く散らしながら、君の上に届き、跳ね返り、君は光る。

 静かで遅かった時間はいまや慌ただしく賑やかで、君を覆う緑のこけがぷちぷちとした根を君に張る。水の重さに固められた君を、苔の根がかすかに割って、君の一部は細かな粒になる。

 雲がかかる。雨がふる。雨の去った向こうに虹がかかる。

 苔が枯れ、あらたに生え、繰り返すうちに積もり、君は混ざり合って大地になり、大きく複雑な混合物として時を過ごす。

 そしてまた、君に触れるものが新たに現れた。

 苔の根よりも確固とした先端が割り入って、水と共に君の一部を吸い上げる。こんこんと管を昇った先で君は、かつて君がそうしたように、電子に生まれ変わった同胞によって切り離され、シダの一部となった。

 君は茎であり、葉であり、根であり、胞子であり、そして枯れてまた混ざり、土としての君はシダとしての君でもあり、それをむ虫でもあり、君はシダの平原として過ごし、やがて硬い根と皮を持つ樹木がやってきて、君はひとつの森となった。

 土の時間、苔の時間、シダの時間、樹木の時間、虫の時間、星の時間、様々な時間をあわせ持って、君はどんどんと広く、複雑で、豊かになっていく。

 空からやってくる同胞たちを受け取って、君の営みは少しずつ積もって行く。けれど、君のいる星が三千万回ほど回ったあたりで、樹木は徐々に枯れ始め、森としての君は明確に終わりを迎えた。

 全ての雨は雪になった。降った雪は樹木の時間がどれだけ過ぎても溶けなかった。

 星は氷河の時代に入った。

 光は届いていても、君は低温に適応できなかった。

 氷の下で硬く凍り、君は君自身の重さに潰れながら、また緩慢な時を過ごす。以前は水の底。今度は土の底。上から圧を、下から熱を受けながら君は深くへ沈んでいく。

 やがて細かな振動があり、君を照らした光があった。



 弱く頼りない橙色が、ずいぶんと低い所に、点々と規則的に並んでいる。

 とても固く尖った物が君に振り下ろされ、君は砕かれて運ばれた。

 地の底から運び出されて、再び恒星の光を受けた。

 地上の様子はまったく変わってしまっていた。君が森だった時とは空の色も大気の組成さえもわずかに異なる。そして、君に触れるのは同じ種類の動物だけだった。土の底から掘り出したのも、運んだのも、より分けたのも、すべて同じ、ヒトという動物だった。

 石炭、と君は呼ばれた。

 広大な森だった君は、地中で熱と圧力を受け続け、広大な炭素の岩盤がんばんとなっていた。

 君は少しずつ削られて持ち去られた。

 君は燃やされた。君に含まれた膨大なエネルギーは赤く輝く熱になった。

 熱の力は水を沸かし、蒸気で伝達されたエネルギーは紡績ぼうせき機を動かし、船を動かし、汽車を動かした。

 また、石炭の君はガスとなり、夜を照らす光となった。ヒトが暖を取る火になった。

 また、石炭の君は加工され、より高温で燃えるようになり、鉄を溶かす炎となった。

 君の熱はやがて発電機のタービンを回すようになり、産み出された電力はありとあらゆるものに化けた。

 石炭の君はそうやって消費され、減っていった。

 閉じたかまの中で君は何度も燃え尽きた。

 いまの君の時間はヒトの時間にそっている。

 広大な炭素の岩盤である君も、時間が経ってずいぶん小さくなった。君も無限にあるわけではないから、いずれ石炭としての君はすべていなくなるだろう。

 また君は削られて持ち去られた。



 そして、君は炭素の糸になった。

 軽く、強靭きょうじんな糸になった君は、引っ張られたり、こすられたり、ねっせられたりと、さまざまに調べられた。

 石炭の君はさらに掘り出され、糸に加工され、互いに編み合わされる。

 そして見知らぬ素材、見知らぬ金属たちと一緒に組み合わされ、ひとつの構造物として組み立てられた。

 その後もヒトは定期的にやってきては何かをしていたけれど、君は強度の担当で、動作の担当ではなかったから、あまり注目されたとは言えない。ヒトの訪れを時間にして、君はしばらくを過ごした。ある時、全体的な傷の有無や大きさの変化、ズレなどを計測され、君は構造物と一緒に運ばれて行った。

 ヒトの暮らす土地から離れ、海に面した、周りに何もない平たい場所で、君は格納された。

 平たい場所にそびえたつ巨大な三本の円柱の、最も長い真ん中の一本。

 その一番上に。

 暗く静かな場所。いままでと違うのは、何かの底ではないということ。

 ところで石炭だった君は、掘り出される過程で爆発したことがある。

 ある日、それによく似た衝撃があった。力強い爆発の気配だった。

 爆発は君を格納した円柱の底で起こった。

 爆発は制御されており、君では到底なしえないエネルギーが君たちを押し上げる。君にも些細な圧がかかる。

 爆発の気配は全部で三回感じられて、最後の一回で君たちを格納する壁が割れ、開いた。

 君に光が差す。

 最も強いものは、私の光だ。

 次に強いのは、ついさっきまで君がいた星の光だ。私の光を青く跳ね返している。

 どちらの光も、君を後ろから照らす。

 君は今、ヒトの手が作った探査機の一部として、再び宇宙に放たれた。

 光だった君からすれば、ずいぶんとのんびりとした速度だろうけど、着実に私から離れていく。

 そうやって時間をかけて、いずれ私の光も及ばないほど遠くへと、君は行くのだ。

 どこからどこまでを「ひとつの君」とするのかはとても恣意的なところだと思うのだけど、再び放たれた君に、最初に君を放った星としてはこう言っておきたい。


 行ってらっしゃい、良い旅を。

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