五月十日 夕刻(3)

『茅吹さん』


 振り向いた。私の視線の伸びる坂道の上に一匹のイタチ。私はそれを見つめた。

『あなたは迷わない。新たな可能性を生み出し、そこに立つのはあなた自身』

 蛇に睨まれた蛙の気分。大きな弱みを握られているようで、初夏の北風が鳥肌を障る。

『試されるのは他の誰でもない、あなた自身』

 イタチが話している。私は当然として、先輩も驚いているという様子はない。


 イタチは言いたかったことを言い切ったのか、颯爽と山手に駆け上がっていった。背中を目で追っても段々と小さくなるばかりだった。


「もう動物が喋る程度のことじゃびっくりしないよな」


 現実をありのままに受け入れる先輩の瞳には、私にとって受け入れ難く感じるものがあった。

 

 先輩とは黒水通りのバス停で別れた。私は真っ直ぐ、山と呼ぶには平低な古田山の丘を登って家に向かう。


 先輩の瞳にのこる、あちらの世界から持ってきた憂いが私の淋しい心臓をチクチク痛めつけていた。

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