第49話 結末

『っやぁん! もー、危ないから料理中に後ろからおっぱいを揉んじゃダメですよ~』


 丸いCDプレーヤーが、棒読みのセリフをはき出す。


「こんな……。こんなもののために、俺は……」


 俺は床に膝をついて、悔恨の念に打ちひしがれた。

 エロゲの特典CD『柚葉とず~と一緒イチャラブ同居生活♡ ~先輩、柚葉と一日中あまあまえっちしちゃいましょう♡~』。

 数日前念願のそれを六瀬から譲り受けた俺は、ウキウキした足取りで家に戻ったのだが……。


『れおちゃん、この前言ってたCDのことなんだけど……(ニヤつきを隠せない表情で』

『ああ。あれはもういらなくなったの』

『え……』

『SIG46のニューシングルが柚葉CDより優秀なスコアを叩き出したから、今はそっちの争奪戦が過熱しているの。おにーちゃんのメアドで再販の抽選に申し込んだから、連絡が来たらおしえてね』

『…………う、うん……(絶望に染まった表情で』


 俺は後ろ手に隠した柚葉CDを隠し通して、自室に戻ってひっそり泣いた。

 あとで売却額を調べたら、当然暴落していて、柚葉CDはただのちょっとレアなエロゲのおまけCDに変わり果てていた。


 そして今日、俺は、机の上に呪物のごとく佇むそれを処分することに決めた。

 たくさんの女学生が描かれた本体と、それに付属する裸エプロンの女性がジャケットのCD。俺はもう見たくなかった。


 そこで、ある人物に渡すことにした。


『えっ!? ふ、ふたりでお風呂ですか!? ……いえ、いいんですけど、やっぱり恥ずかしいといいますか……』


 こんなものを手に入れて喜ぶ人物を俺は一人しか知らない。


「よいではないかー! よいではないかー!」


 CDプレーヤーの前でテンションをあげているのは、俺の学校の後輩、九里小凪くのりこなぎ

 悲願のCDを渡すために最寄り駅に呼んだところ、「せっかくなので一緒に聞きましょうよ!」と半ば強引に家まで押し入られた。


「うるせーぞ、くりこ。下のリビングでお昼寝中のれおちゃんが起きたら承知しねーぞ」


 Kurikoというのは、こいつのあだ名で、ゲームのハンドルネームだ。

 例の件以来、俺はからかいを込めて、この呼び方を続けている。


「だって、だって柚葉と混浴ですよ! テンションぶちあがりじゃないですか!」


 長いこと探し求めていたCDが手に入ってご機嫌らしいが、もう少し控えて欲しい。

 俺はCDを聞きながら小躍りするくりこから、視線をそらして天井を向いた。


 遊園地での一件の後、清滝と六瀬は学園への登校を再開した。


『清滝と六瀬が帰ってきた!』

『P4の復活よ~!!』


 クラスは一夜にして、連帯感を取り戻し、お祭り騒ぎになった。


 その日の放課後に、俺は六瀬から茶色い封筒を渡された。


『これが報酬です。どうぞ、使うなり売るなり、存分に有効活用してください』


 可笑しそうに渡してきたのを思い出す。

 思い返せば、あの時点で六瀬はこのCDがゴミになっていることを知っていたのだろう。ほんとうに嫌なヤツだ。


 白雪と盆田は、


『ふぉ、南条殿また一段とセクバが強くなりましたな~。なにかきっかけでもあったのでござるか?』

『いや、別に……』

『今日はマドレーヌを焼いてきました! 良かったらどうぞ!』

『ありがたいでござる! ふも……ふぉご……』


 養豚場の豚みたいな手つきで、丁寧にラッピングされたマドレーヌを貪る盆田。

『あまり変化は見られませんね』というくりこの意見に俺も賛成だった。


『放課後ラーメン食いに行こうぜ。久々に食いたい気分だ』

『あ、それならあたしもいきたいで~す!』

『すまぬなぁ、放課後は所用があるのでござる。今日は白雪殿とデ――』

『しょっ、食事です! 以前話したレストランに行くだけですよ!』


 あわあわと言葉を遮って、必死に訂正する白雪。

 まあ、それでも多少は進歩しているらしい。


 …………。


「……センパーイ、聞こえてます?」

「ん?」


 頭がぼーっとする。

 腰かけていたベッドに、いつの間にか倒れ込んでいた。

 アメジストの瞳が、被さるように見詰めている。


「センパイ、アタシもう我慢ができません……」

「へ?」

「柚葉と同じ気分を味わわせてください……」


 いつの間にか、CDから流れる音が、喘ぎ声に変わっている。

 よく見ると、九里の服装も替わっていて、滑らかな肌にはささやかにライトグリーンの下着が添えられているのみで……。


「くりこ! お前何やって……」

「センパイ……」

 

 とろんとした瞳で、小柄な体が覆い被さってくる。

 俺の胸部に、巨大な、ふんわりと柔らかいものが押し当てられる。


「ぶっ!」


 寝起きとの落差で、天に召されそうになる。

 いけない。この雰囲気に流されてはいけない。

 雪原で雪ウサギの少女が必死に訴えている。そう、俺はこんな貞操観念がない女の誘惑に負けるような男であってはいけないのだ。


「アタシのこと、めちゃめちゃにしてください」


 首に手が回されて、圧迫感が増す。

 柔らかくて、いい匂いがして、目眩がする。


 ……据え膳食わぬはなんとかっていうし、ここで思い切って襲ってしまった方が、逆に男らしいのでは?

 とうとう、混乱してそんなことを考え始めた――まさにそのとき、ガタッとドアが開いた。


「おにーちゃん、誰か来ているの?」


 ……それからしばらくれおちゃんは口をきいてくれなかった。

 このときのショックを、俺は生涯忘れることがないだろう。

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クラスメイト全員の脳が破壊された状態から始まるラブコメ ツインテール大好き @twinmale

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