第43話 激闘

「呪文カード『亀甲縛り』でセンパイのモンスターを1ターン拘束。更に『パパ活美熟女・シオン』で攻撃です」

「くっ……!」


 九里のプレイングはかなり手慣れている。なにせ、このクソみたいなカード達を使わせたら日本5位なのだ。

 俺は序盤からかなり差をつけられる。


「俺のターン!」


 まずはドロー。

 そして今使えるコストの範囲で、カードを手堅くプレイし、ターンを渡す。

 セクバはプレイングの持ち時間は7分で、その時間を超えると強制的に敗北になる。

 俺だけが時間をかけてプレイしても7分しか稼げない。時間稼ぎをするには、九里にも時間を使わせる必要があるが……。


「アタシのターンですね。こうして、こうして、こう。ターンエンドです」


 ほとんど待ち時間を消費せずに、俺にターンが回ってくる。


「時間がありませんから、すぐに終わらせましょう」


 九里が喧伝するとおり、このペースでプレイを続けられたら、時間稼ぎにもならない。

 このゲームセクバで勝負に持ち込んだのはミスだったらしい。

 九里のエロコンテンツにかける執念を見誤っていた。

 だけど――。


「俺は、白雪の邪魔立てはしないと決めた!」

「っ――! どうして、そんなに意固地なんですか。いいですよもう、アタシがわからせてやりますから! わからせプレイで!」

「いいや、わからせられるのはお前の方だ」

「すでにわからせられかけてる人が言っても説得力ないです!」

 

 実際状況はかなり悪い。

 だが、勝ち目はある。俺の信じた道が間違いじゃないのなら、あの一手が試合を分かつ。

 だから、今できることは、その瞬間を待ち続けること。今は、しぶとく生き残ることが最優先。


 カードをドローする。手札に加わったのは、運良くアディショナルのカード。しかも、盤面をリセットできる強力な効果を持った。

 よし、これなら。


「いいカードを引いたみたいですね」

「……なぜそう思う」

「この2週間ほぼ毎日一緒にいたんですから、顔見ればそれくらいわかりますよ。女のカンです!」


 女らしいとこなんか、胸がデカいくらいしかないのに何を言う……。


「今は舐め回すような目でおっぱいを見てます」

「ぐ……」


 俺は誤魔化すようにカードを切った。


「ま、どうせ今すぐ場に出すんだから、そんなカンなんぞ無駄だけどな」

「ふぅん。この場面で有効となると、引いたのは『地雷系インターン生お嬢さまマリリン』ですか? それとも『オホ声スレンダーようじょゴブリン』ですか?」


 旦那の浮気相手を暴くようないやらしさで、俺のカードを当てようとしてくる。


「お前はよく往来でそんな下品な言葉連発できるな」


 通路のド真ん中でゲームをしているということを忘れてはいけない。

 たまに振り返る通行人の眼差しが痛い。


「なんなら今ここでオホ声も出来ますよ!」

「絶対やめろ」

「同人ASMRを聞いて日夜練習した成果をついに披露するときが来ましたか……」

「絶対やるなよ?」


 はぁはぁ……。このちょっとしたやり取りで心音が激しくなった。

 こいつとは、一緒にいるだけで心臓が痛くなる。

 白雪を巡る勝負さえしてなければ、今すぐ降参したい気分だ。


 ――視線をゲーム画面に戻す。

 俺が召喚したモンスター名を確認する。それは九里の詮索通り『オホ声スレンダーようじょゴブリン』だ。

 はっきり言って図星だった。


「ほら。やっぱりあたってるじゃないですか」

「……本当に同じ人間かよ」


 これはアディショナルのカード。

 アディショナルで表示されたカードは、常に開示される情報じゃない。選択時のみに詳細を見ることが出来る。

 が、九里は当然のように俺が選出したカードを言い当てた。

 それは、今回のアディショナルカード30枚を全部暗記していることの証明でもある。

 際限のないエロへの情動。


「……これが5位か」


 セクバのトップ10の勝率は8割以上。

 そんな異常な数値を記録しているのも、この様子なら頷ける。


 九里はキッと俺を睨み付けて、


「観念して降参してください。今ならきっとまだ間に合いますよ!」

「いいや、俺は退かない」

「……なんで、そこまで」

「五年前、俺は誰よりも近くで、傷付いている白雪を見ていたんだ」

「それは聞いてますけど……」

「そんな白雪が今、辛い出来事を克服して、新しい道を行こうとしている。過去の亡霊が、今一歩踏み出す人間の脚を引っ張るわけにはいかないんだよ」


 ここで俺が出張るのは、邪魔としか言えない。旧友に手向ける行為じゃない。


「でも……センパイはこのまま理梨さんを見過ごして、苦しくならないんですか? 親友に寝取られて、脳が破壊された気持ちにならないんですか?」

「そりゃあ、俺はショックを受けるし、死にたくもなるだろうな」

「だったら!」

「けど――」


 九里の言葉を遮り、俺は言う。


「それで終わりじゃない。それですべてが終わりじゃないんだ」


 好きな子に恋人ができても。

 ある日急にそれまで当たり前にいた家族がいなくなっても。

 そんな立ち直れないほどのショックを受けても、それで人生は終わりじゃない。

 続く未来で、きっと。無くしたモノとはまた別の、かけがえのない存在が虚しく空いた隙間を埋めてくれる。


 ――たとえ魂が砕けても忘れることのない、一面の雪化粧。

 寒々しく震える透明な少女。俺の原風景。

 今でも鮮明に思い出せるその誓いが、強く訴えかけてくる。


 だから、大丈夫だ。白雪を見送ることを、俺は怖がる必要なんてない。

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