第32話 ターニングポイント

「な、なんかケン○ッキー食べたくなっちゃったなぁ~」

 

 昼食を食べ終えたばかりだというのに、よそよそしい態度でそんなことを言い放つ九里。

 俺と白雪たちは不可解な顔を浮かべる。


「お前さ。昨日もケン○ッキー食べたいって言ってなかった? そんなに食いたいなら食いに行けばいいじゃん」

「み、みんなで行きたいなぁ~」

「さてはお前――俺達におごって貰うつもりだろ。1人だけ後輩という立場を利用して」

「違います~! みんなで行って親睦を深め合いたいんです~!」

「うそつけ」

「クスッ、お二人とも仲が良いですね!」


 九里は、「そういうつもりじゃないのに~」と不満げだ。

 なんか近頃は様子がおかしい。いったいなにがしたいんだか。 


「むふ、なんだか拙者もケン○ッキーを食べたくなってきましたぞ」


 コンビニ弁当を3個腹に押し込んだばかりの盆田だけが、賛成の意を表した。




    ◇    ◇




「センパイ! 週末空いてますか~?」


 別の日、九里が身体をくねらせて挑発してくる。

 こうして屋上に集まるときは決まって何かしらの用件を切り出される。

 こいつは常に周りからチヤホヤされて、なんだかんだ忙しそうだし、人目につきやすい。

 特別用でもなけりゃ顔を突き合せて話なぞしないだろう。


「ていうか空いてますよね。センパイ友達いないから、休日遊びに行くことないだろうし」

「わからねぇだろ! 家族と過ごしたり、1人で遊びに出かけたりするかもしれねぇだろ!」

「休日遊ぶ友達がいないことは否定しないんですね……。なら、かわいそうだからアタシがデートに誘ってあげますとも! 遊園地に行きましょうよ! 遊園地に!!」

「どういう風の吹き回しだよ」


 何か良からぬ事を考えているに違いない。だって、意味もなく俺をデートに誘うなんて絶対ありえないことだ。

 いったいなにを……。


「……そういえば、盆田が白雪と遊園地に行くといっていたような」

「!? 知ってたんですか? だったら尚更です! 邪魔しに行きましょうよ!」

「そういうことか。やれやれ、お前の執念には恐れ入るよ」


 清滝が言っていた『白雪と盆田を引き離したらエロゲーをくれる』という約束。まだ忠実に実行しようとしていたとは。


「前にも言ったはずだが、俺は白雪たちの邪魔をしてまで、例のエロゲーを手に入れようとは思わない」

「――っ! 違いますよ! アタシはセンパイのために!!」


 九里はそこまで言いかけて、ハッと口を結ぶ。


「俺のためにってなんだよ」

「……いえ、これはアタシからセンパイに告げることじゃないと思うので……」


 なんとも歯切れの悪い返事しか帰ってこない。

 大方、言い訳が思いつかなかったんだろう。


「もう用は済んだか。悪いが今日は解散させて貰う。れおちゃんが腹を空かせて俺の帰りを待っているからな」


 背を向けて立ち去る。これ以上話を聞く気にはなれなかった。

 ……盆田から白雪と遊園地デートに行くと聞かされたときのショックは胸に押しとどめて。今週末は、家でゴロゴロと時が過ぎ去るのを待とう。

 決意を固めて、その場を後にする俺に、後ろから声がかかる。


「もういいです! アタシは1人でも行きますから!」




    ◇    ◇




「あ~~~~」


 迎えた週末。俺は午後になるまで寝ていた。

 起き抜けに冷たい麦茶を流し込み、おっさんみたいな鳴き声を上げる。


「おにーちゃん、今日は起きるの遅かったね」


 リビングで作り置きの昼食を食べていたれおちゃんが不思議そうに首をかしげた。

 今日は何もやる気がなかったので、昨日のうちに料理を済ませていたのだ。


「お兄ちゃんにもね。静かに過ごしたい日があるんだよ」


 そういって、再び階段を上がる。


「どこにいくの?」

「今日は具合悪いから部屋に居るね。何かあったら呼んで」


 心配そうに見つめるれおちゃんから逃げるように自室に戻る。

 ベッドにドカンと横たわり、スマホをイジる。

 今日は一日中こうしていよう。


 ――ピロン。


「ん?」


 チャットアプリにメッセージが届いた。


「まさか、九里からか」

 

 そう予想したが、差出人は違った。


『今から少し話せませんか』


「誰がお前なんかと……」


 スマホを放り投げて目を閉じる。

 無視を決め込んで数分、ブーブーと再度スマホが震えた。


「なんだってんだ」


 呻くようにベッドを這い出て、雑な手つきでスマホを表に返した。

 そこに表示されていたのは、やはり先ほどの人物からのメッセージ。


『こちらに来ていただければ、例のゲームをお渡ししますよ』

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