第30話 過ぎる日々
その後、大きな進展もなく時が過ぎていく。
ある日の昼休みには……。
「南条殿! 拙者ついにマスターランクに到達したでござるよ」
「へー、良かったな」
空き教室で盆田と
盆田との勝敗は五分五分。回数を重ねるごとに、ゲーム慣れして着実に上手くなっている気がしている。
「こんなもん上手くなっても意味ないだろうに」
独りごちる俺の側にはもう2人いて。
「青レンガ倉庫がもうすぐ休館するらしいですよ。だから閉まる前にパンケーキ食べまくりませんか?
「カロリーが気になりますが……閉まっちゃうなら仕方ないですね! 食べまくりましょう!
何故か九里までここに居る。自然と溶け込めているのは、ずうずうしさとコミュ力が為せる技なのか。
いつの間にか白雪と仲良くなったのか放課後の予定まで立ててるし。
「なんとそうであったか! 拙者もパンケーキ食べにいきたいでござる!」
凄いよなぁ。盆田は。
白雪と九里という各学年覇者のカリスマ美少女の組み合わせに、パンケーキ食べたいという理由だけで同行しようとしてんだから。
一切やましい気持ちを持たず、食欲だけで行動できるのはある意味才能だ。
俺だったら一緒に歩いてるだけで胃が縮まって体調崩すね。
「お断りします。アタシが理梨さんとデートするんですから! あと盆田センパイはそろそろメタボ予防に本腰入れた方がいいですよ」
「ふぬう……」
悲しそうにしょぼくれる盆田。
「仕方ありませんな。南条殿、それなら2人でラーメンでも行きましょうぞ。実は学園近辺に評判の家系ラーメンがあるとかで」
「九里の話聞いてたか?」
こいつそのうち太りすぎで死ぬんじゃないか?
そうなったら白雪がフリーになって、クラスの連中は大喜びだろうな。
「そうですよ、盆田くん。ちゃんと野菜も取らないと!」
白雪はそういうが、もはや野菜を取る取らないの問題ではない気が……。
「それとデートは、別の空いてる日に行ったらいいじゃないですか……」
こそばゆい声音で、盆田を誘う白雪。
白雪の少し大胆なアプローチに俺は平静を装いつつも、内心ではグサッと心臓に矢が突き刺さる。
「ぬぬう……パンケーキも家系もダメなら、拙者は何を食べたら……」
でも盆田はバカだから、白雪の一歩踏み出した発言も、耳を通り抜けている。
「……今度ハンバーグがおいしいレストランに一緒に行きませんか?」
「もちろんでござる!」
それでも白雪はめげずに誘った。鋼のようなメンタルだ。
「センパイ、放って置いてもあの2人上手くいかないんじゃないですか? 主にオークセンパイのせいで」
「……かもな」
――盆田と白雪の関係に何かテコ入れすることはせず。
◇ ◇
ある日の休日には……。
「ったく、君達はどうしても僕の邪魔をしたいみたいだね。結果報告でもないなら来ないで貰えないかな」
高層マンションの上階。だだっ広い部屋でFPSをする清滝が、背中を向けたまま不快感を露わにする。
「六瀬が何回でもお前に会って良いといったからな」
「何回でもと言った覚えはありませんが」
六瀬は口ではそう答えつつも、本気でブロックしないあたり、何かしらの変化を期待して俺達を迎え入れているのだろう。
清滝がこのまま改心しなければ、親に家を追い出されるらしいからな。
必死になるのも頷ける。
「おい執事。ジュース持って来いよ。この前の高いリンゴジュースな」
このガラの悪い横柄な物言いは俺じゃない、九里だ。
九里は清滝の部屋にあるサッカー漫画を寝転がって読んでいる。自分の部屋かと思わせるダラけた態度に、よそ者の俺すら辟易する。
「貴方に使い走りをさせられる覚えはありませんが」
「アタシがアンタのご主人とコミュニケーション取ってあげてんじゃん。ドリンクくらいサービスしてくださいよ」
「チッ」
六瀬は舌打ちをしたが、「まあ、どうせこのままだと廃棄ですし、このバカ女にくれてやりましょう」などとボヤいて出て行った。
「君も意地の悪いことをするよね。
清滝が皮肉にたっぷりにそう言ってきた。
昔はこんな嫌なヤツじゃなかったのに。変わってしまったのは白雪の持つ魔力のせいだろうか。
「だから俺とこいつはそんな関係じゃ……」
「そうですよ~。アタシはセンパイ専用の所有物肉――オ――(あまりにも下品すぎるので割愛)です! ――で――をするのはしょっちゅうですし。昨日もアタシを呼び出したと思ったら突然――して、――――して、――――したり。アタシの処――――にそびえ立つ――をぶち込んだ挙げ句、そのまま首に――して、――プレイまで強要してきたんですから……!」
「ちょ……そんな根も葉もないことを!! というかよくそんな言葉口から出せるな! 下品すぎて引くわ!」
照れたように頬を触って、左右に揺れながら語る九里だが、そんな事実は全くない。
清滝は顔を真っ青にして引きつらせ、手元からコントローラを落とした。
「君……その子にそんなことをしたのかい?」
「(トレイを片手にドアを開けながら)警察に突き出しましょうか?」
「六瀬、お前はわかっているはずだ。一緒に暴走を止めたのを忘れたか?」
――ゲームを取り返すという話もあまり進まず。
◇ ◇
ある日の就寝前には……。
「れおちゃん、そろそろ寝ないと。夜中にパソコンばっかりやってたら大きくなれないよ」
「おにーちゃんはわたしにおっきくなって欲しいの?」
「そりゃあ……まあ……」
なんかそう答えると俺が大きい女性が好みみたいだな……。
れおちゃんにそういう意図はないだろうけど。
「とにかく、早く寝ないと不健康だから早く寝よう」
「はーい」
れおちゃんをベッドに寝かせて、肩まで布団をかけてあげる。
そうして、俺はれおちゃんのベッドに腰掛ける。れおちゃんが眠りにつくまで、側に居るためだ。
「おにーちゃん、悪い怪盗さんから『柚葉CD』を取り返す算段はついた?」
算段って。たまに難しい言葉使うけどどこで覚えたのやら。
「もうちょっと時間がかかりそうかな」
俺はちょっと目を逸らして、八方美人のお手本みたいな返事をする。
中間管理職の苦心を実感しているような気持ちだ。
「れおちゃんまだ狙ってるんだね」
ワンチャン、ゲームに飽きて、もういらないとか言ってくれないかな。
兄としてはれおちゃんが望むからには意地でも手に入れるつもりだが、れおちゃんの気分が変わるなら、それはそれでベターな結末だ。
「だって『モンスター・サモン・オンライン』の勢いは強まる一方で、『柚葉CD』は今競ったら300万台の大台に乗るんじゃないかって噂だもん」
まだ価値が上がり続けているのか、そう聞くと、俺としても欲しくなるな。
れおちゃんがふあーと欠伸をした。
「じゃあ電気消すよ。おやすみ、れおちゃん」
「おにーちゃんおやすみ」
暗い部屋で、すうすう眠るユキウサギのような少女を見守る。
進展のない毎日。
こんな生活がだらだら続くのも、悪くないと思っていた。
だって普通そうだろ。大事は起きない方が良いし、起きても巻き込まれたくないし、それに――代わり映えのない生活が続くほど、幸福なことはないのだから。
だが平和に見える現況はトランプタワーのごとく、奇跡的なバランスで成り立っていて。
ちょっとした刺激が加わるだけで、あっけなく総崩れになることも、何となく直観していた。
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