第16話 歓迎会
『えー、ではー! 今年の新入生歓迎会をー! はじめまぁーす!』
かくして、調子の良さそうな声と共に、新入生歓迎会がスタートする。
参加者が一堂に会するのは、今年の開催地――『カラオケビッグエゴー』……。
『いやぁ、会長が乗り気じゃなくて、今年は中止かぁ!? なーんて言われてたけど、
『ちょ、おま! そーゆーのはずいからやめろし! 俺は1年諸君のためを思って、ちょーっっっと交渉しただけっていうかー』
『交渉ってなにそれカッケエ! やっぱ清滝くんが抜けた2年のリーダーは笠原くんで決まりっしょ!』
内々で盛り上がる男達。
九里のしらけた様子が通話越しに伝わってくる。
先程あったやり取りを頭に浮かべる。
『なんかカラオケに連れ込まれたんですけど? 何これ? どういう罠?』
『あ、なんかアタシ以外にも1年生居るわ。女の子だけだけど……』
九里からトラブル発生の連絡を受けて、念のため俺は別室で待機することにした。
休日に一人でカラオケルームに入る学生……。
店員さんは気にして無さそうだったが、俺は恐れ多く思いつつルームを借りた。
そして九里から急にかかってきた電話に出たら……ごらんの有様だったわけだ。
『んじゃ早速自己紹介ターイム! まずオレは東樹ケンゴ! 仲間からはケンちゃんって呼ばれてんで、みんなも軽めにケンちゃんでOKよ! 部活はバスケでー得意技はゴール早出し的なー!』
『ぶははははは! ケンちゃん試合でれねーからってそればっか上手くなってやがんの!』
『ちょいちょーい! それは言うなし~』
何このノリ、合コンかな?
座席も2年男子と1年女子で別れてそれっぽく座っているらしく、男の方から順に自己紹介が始まる。
『最悪です』
九里からのメッセージは短いが、大分機嫌を損ねているのがはっきり伝わる。
『ホテルで豪華なディナーだからって気合い入れて服をおろしたのに、薄暗い部屋でポテト摘まんで食べてる辛みがわかります!? 今日肩エグいくらい出してきたのに、この仕打ちはなんなんですか!?』
『それなら一人でカラオケルームに入って、静粛にスマホを耳に当てている辛さとどっちが上か競ってみるか?』
『それもそれですね……。はっきりいってここからは時間の無駄なんで、センパイはもう帰ってもいいですよ。それかヒトカラを満喫してても良いですよ』
『……いや。まあ、もう少し様子を見ておくさ』
連中は規模を縮小させて……というより歓迎会という行事を借りて気に入った1年の女子と仲を深めるつもりのようだ。当然、清滝はこの場には誘われてないし来ないであろう。
お騒がせなだけで害の無さそうな連中ではあるが、かといって後輩を残して俺だけ退散するのも気が引けるし。一応待機をしておこう。
すると、自己紹介は九里の番になった。
『皆さん、初めまして……ですよね? 1-Aの九里小凪です! 最近ハマっていることはぁ、えぇーと……youtubuで可愛い動物の動画を見ることです!』
『小凪ちゃーん! 来てくれてありがと~!! Foooooo!!』
そんな特に面白味のない挨拶が終わると同時に、ギャラリーから拍手喝采が浴びせられる。
スピーカー越しにすすり泣く声も聞こえた。どこにそれほどの感動が!?
全肯定ぶりがすさまじくて、鳥肌が立つ。やれやれ、ああいう見境無い人間にはなりたくないものだ。
ピロンとまたメッセージが届く。あっちこっち忙しないヤツだと思ってスマホをみると、九里からではなかった。
『おにーちゃん、わたしエクセルで星のカー○ィ2作った。ほめてー』
俺の妹――れおちゃんからのメッセージだ! なんて素晴らしい内容だろう!
思わず手が震え出す。
『れおちゃんスゴイ! 偉いよ! 今日はお兄ちゃんがビーフストロガノフ作ってあげるね!!(スタンプ連打)』
『がのふー』
れおちゃんが何を成し遂げたのか、俺はまったくわからないが、きっと偉大なことなのだろう。
心細いカラオケルームにこもる俺に、あたたかい感情が沁みわたる。
知らぬ間に瞳から一筋の涙が流れていた。
スピーカーからはまだ別室の音声が鳴り響いているが、
『
この感動の前には、見知らぬ後輩女子の挨拶なんてどうでもよく思える。
『え゛!!!??? 待って!!!??? かわいいんだけど!!!???』
うわ!
やたら読みにくい文章が届いたと思ったら、九里だ。
『かわいい! かわいい!』
『ねぇ、この子お持ち帰りしちゃっていいかな?』
『
連続でノリノリなメッセージが届く。
テンション戻ってるじゃねぇか。
しかし、九里が一発でこんなに気に入るとは、どんなやつなんだろう……。
◇ ◇
『イエェェェイ!! 聞き惚れちゃってもいいんだぜベイベェー!』
『ヒュー! ケンちゃんサイコー!!』
『ケンちゃん先輩歌うま~!!』
『バスケは万年ベンチなのにな!!』
『ちょ、だからそれはいうなし~』
カラオケが始まって以来、向こうのフロアは意外にもめちゃんこ盛り上がっている。
反対に、一人でぽつんと盗み聞きしているこっちがひどく寂しい人に思えてままならない。……こんな思いをするなら、早く帰ればよかった。
『
『ええ!? じ……実家にですか? 九里さんいったいなんのご用で……』
『もー、小凪ちゃんって呼んでよー』
そんな中、若い子にだる絡みするおっさんのごとく迫る九里。
九里は
『おおっとここで笠原くんの十八番解禁かー!?』
『バクナンなら任せろだし~』
『えー本当に任せて大丈夫ですか~?』
『おうおう1年ども、学年No1の実力見せてやるっての』
『
『こ、小凪ちゃん近いよ~』
…………なあ、もう俺帰っても良いか? というか帰るわ。
決して寂しくなったわけではない、だって俺には帰りを待ってくれている天使(れおちゃん)がいるから、全然寂しいなんてことはない。
通話を切ろうとスマートフォンを手にしたところ――ドゴンと響く音がした。
誰かががさつにドアを開けたようだ。
『あららー高校坊主がエラい盛り上がりじゃねぇの』
露悪的な、低く唸る声音。この会に参加しているやつらのものじゃない。
コミカルな雰囲気から一転、底冷えする空気がこちらまで伝わる。
『ちょ、誰っすかアンタラ』
『テメェらに用はねぇよ』
『あーあれあれ、あの子。さっきトイレ行った帰りに見かけたって話したやつ』
『うひょー! ほら、やっぱ見間違いじゃないって! ほらあの服、絶対誘ってるでしょ』
数人仲間がいるようで、目当てはどうやら九里のようだ。
『ヘェ……マジで上物じゃん。なあ! こんなしょんべんくせえガキ共じゃなくオレらと遊ぼーぜ!』
『おーおーなんだなんだ、ウチの女の子達をナンパたぁ、まずは桐学No1のこの俺を――ぶへっ!』
『笠原くん(先輩)ッ!?』
笠原は一発で沈められたらしい。
って――冷静に実況してる場合じゃないな!
『えっどうすんの? なんかヤバくね』
会の連中が言うように、状況が厄介な方に変わった。俺も助太刀に――。
……ちょっと待って、あいつらの部屋どこ?
大慌てで探すが、たくさんある部屋はどこも騒がしく、中々目星がつかない。
「ちくしょう、聞いておけばよかった」
そのときだった。
――視界の端にとある人影が映り込む。
「あいつ、なんで――」
『こ、小凪ちゃんに近寄らないでください』
『おっと、こっちの子も可愛いじゃん』
『えっ、ちょっと……放してください!』
『コラー! 薄汚い手で
俺は、その男が一室に入るのを見つめていた。
男が部屋に入るのとリンクして、スピーカーからグギッと不快な音が鳴る。
『ぎゃああああああああああ』
遅れて、阿鼻叫喚が響き渡る。
男はスカした調子で鼻を鳴らして、さも面倒くさそうに言った。
『やれやれ、旦那様の命で様子を見に来てみれば、これは何の騒ぎですか?』
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