第3話 学級崩壊

 終業式の3日前の出来事だ。


理梨りり、どうしてそいつなんかに構うんだい?』


 P4と呼ばれるカリスマ集団の一人、美男子の清滝千里きよたきせんりはそう言った。

 年が明けた頃から、白雪は教室でゲームに励む盆田に声をかけ始めた。

 最初は通りすがりに少し会話をする程度だったが、日増しに口数が多くなり、仕舞いには昼食や放課後まで共にするようになっていた。

 初めは天使の気まぐれだろうと高をくくっていた周囲も、まさかの事態にざわつきを隠せない。

 特に面白く思わなかったのは、清滝だ。

 P4は4人固まって行動することが多かったが白雪は離れがちになっていたし、それに前々から清滝は白雪に気があると噂されていた。白雪に急接近した盆田を良く思わないのは必然だろう。

 清滝は事あるごとに2人に苦言を呈していた。


『盆田くんは物知りでとても面白いかたですよ。清滝くんも仲良くなれば絶対わかりますよ』


 白雪は人が出来ているので、過度に干渉してくる清滝を邪険にはせず、丁寧に応じていた。


『そうですぞ、清滝殿も一緒に遊びませぬか?』


 盆田は大体いつもこの調子。人が出来ているとかじゃなく、単にアホなのだ。

 マジで遊び相手が増えたらラッキーとか考えているのだ。


 清滝が文句を言って、白雪がなだめて、盆田が空気の読めない発言をする。連日このサイクルを繰り返していた。

 でも――その日は違った。


『なあ理梨りり、いい加減にしないか。みんな心配しているよ』

『心配って……どういうことですか?』


 言葉の意図が読み取れず、困惑する白雪。そんな反応すら可愛らしい。

 清滝が続ける。


『ほら、数年前にあったじゃないか、県内で。ある高校の生徒が同級生を突然バットで殴った事件。加害者はインドア派で体型も大きかったと聞いたし、ほら、盆田くんにそっくりじゃないか。理梨りりが何か悪いことに巻き込まれないかみんな心配なんだ』

『――っ!!』


 刹那――バシンっと大きな音が響く。

 それはもう見事なビンタだった。


『最低……! もう――二度と私に近寄らないでください!』


 そう叫ぶ白雪の目尻には涙が溜まっていた。

 白雪が激怒した先例はなく、取り乱したことすら初めてのことだったので、あまりの衝撃に教室は無言の静寂に包まれた。



    ◇    ◇



 新学期2日目。

 昼休みになると、白雪は盆田を連れて教室を後にする。(俺も誘われたが、もちろん行かなかった)

 白雪には大勢友達がいたはずだが、あれ以来、迂闊に話しかける人間はいなくなった。白雪も盆田も、浮いてしまっている状態だ。

 そして、2人が教室を出ると、それまで黙って俯いていた連中が次々と狂い始める。


「ちくしょぉぉおおおおおおおおおおおおお!! なんであんな野郎が白雪さんとぉぉおおおおおおおおお!!」

「清滝だったら許せたのに……! 清滝だったら仕方ないよなで済ませられたのに……!」


 泣き叫ぶ男子生徒達。思い思いの恨みを吐露する。

 気持ちはまあ、わからなくもない。


「今からでも遅くない! あいつ、ぶっ○してやろうぜ!!」


 一人が物騒なことをいいながら教室を出ようとするが、


「待ちたまえ!」


 別の集団がそれを阻む。


「盆田神は我々でも美少女と付き合うことができると証明したのだ。紀元前から数えても、これほどの革命があっただろうか。いや、ない!」

「僕たちの希望の光は、絶対に絶やさせない!」


 対抗するのは盆田を持ち上げる勢力。こっちは若干モテなさそうな男子が固まっている。

 宗教のように盆田を持ち上げていて、これはこれでかなり恐ろしい。盆田の机を聖地とか呼んで、本人いないときに巡礼とかしてんだぞ、怖くない!?

 じゃあ女子の方はどうかと言えば、


「どぼじで清滝くんが学校にこないにょおおおおおおおおおおおお!!??」

「あーわたしもう無理。明日から学校来ないから。清滝くんが戻ったら教えて」


 発狂したり、病んだりでこっちも崩壊している。

 清滝はあの日からずっと学校に来ていない。しかも引き連れるように何名かの生徒も学校を休んでいる。


「東堂さんが学校に来なくなった……。これも全部清滝のせいだ」

「はあ!? なによ清滝くんが悪いって言うの? 清滝くんの優しさをふいにした白雪さんのせいだよね」

「白雪は悪くねぇよ、元凶は盆田だろ! あいつさえいなければこうはならなかった」


 恨みつらみが連鎖していて、収まる気配がない。

 自分達のクラスのことを誇らしげに語り、鼻穴を広げていた面影は、もうどこにも残っていない。


「いい加減にしなさいよ! いつまでこんな調子を続けるつもりなのよ!」


 教卓に立った元P4がいさめようとするが、誰も聞く耳を持たない。


「あなたもボサーってしてないで、手伝いなさいよ」


 P4のうち、2人は学校に来ていない。更に白雪は関係を絶ったも同然。

 P4は既に過去のものになっている。

 

「あなたに言っているのよ! 風紀委員!」


 気がつくと、元P4は教卓から俺の席の前に移動していた。


「何か用か? 元P4」

「元ってなによ! 解散したつもりなんかないわ!」


 P4という称号にまだ意味があると思っているのは、プライドの高いこの女くらいだろう。


「あなた風紀委員でしょう。このクラスの状況なんとかしなさいよ」

「知らないのか、風紀委員には学校の風紀を守る責務はないんだぞ」


 所詮ただの委員会活動だし。


「責務はなくても、例の先輩の教訓があるでしょう?」

「俺は一度たりとも、あの人の方針に賛同した覚えはない」


 元P4の言い分を聞き流して席を立つ。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


 そそくさと廊下に逃げる。

 しかしまあ……楽そうだという曖昧な理由で風紀委員になったのは大きな間違いだったな。

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