6話 軍の狗
「シン先生が使ってたの、魔法ですよね?何の魔法なんですか?」
「毒」
「毒!?」
短く返って来た答えにルーンが驚愕していると、まだ暴れる盗賊を踏みつけながらシンが補足する。
「毒って言ってもいろいろあるけど、俺はその中でも麻痺系の毒だ。さすがに致死量の毒じゃねーから安心しろ」
「さっき、シン先生が触れた側から倒れていったのは…」
「ああ。俺が触れたところに魔法陣が浮かんできただろ?あの魔法陣から麻痺毒が身体に流れ込んでくっつー仕組みなんだよ」
イリシアはなるほど、と頷いた。
「で?さっきから木の上で寛いでるそこの盗賊サンも出てくれば?言っておくが、俺は毒の量だって調整できる。あんたが来ねーならこいつらは…」
「ひ、ひぃぃぃ!!やめてくれ、命だけはっ…!」
「悪かった!俺たちが悪かったから殺さないでくれ!頼む!」
まるでどちらが悪党か分からない有様だが、シンはその命乞いを聞いて踏みつけていた足をどけた。
「こいつらこう言ってるけど、どうすんだ?」
シンはそう投げかけた。ルーンとイリシアからは視認できないが、どうやら近くの木の上に一人いるらしい。おそらく、黒豹の一族が。
「アタシには関係ないねェ」
声のした方を見れば、木の上で悠々と寛ぐ女が一人。癖のある黒髪を無造作に一つに束ねたその女は褐色の肌をしており、意志の強そうな濃い金色の目をしていた。
「あなた、黒豹……ラヴィたちの一族よね?」
「ラヴィを知ってるのかィ?」
女は木から降りることなく問いかけた。
「まあ…。さっき会いましたし」
「アンタらと一緒にいた金髪の女、貴族の金持ちだろ?あの娘連れてきてくれたらアンタらは見逃してやるよ。ラヴィにも上手いこと言っといてやる」
「なぜそんなことを?」
女はふん、と鼻を鳴らした。
「あのねェ、ここはモルガナイトの村だよ。住人は百パーセント盗賊なのさ。そんなアタシらが貴族に用があるって言ったらやることは一つだろ」
女はニタリと笑った。
「あのお嬢さんは貴族じゃねぇけど?」
「なに言ってんだィ。盗賊の情報網をなめんじゃないよ。あの娘がロビンソン家の次女だってことくらい分かってるさ。いろんなところで有名みたいだしねェ」
シンがハッタリを言ってみたが、どうやらそれは通用しないようだった。おそらく、ルーンたちが護衛のクエストでここに来ていることも既知のことだろう。
「じゃあそのお嬢さんを連れて来る前に聞きたいことがある。黒豹の仲間はお前を入れて何人だ?」
女はジッとシンを見つめた。おそらくシンの真意を測っているのだろう。女はしばらくして口を開いた。
「…アタシはアミラってんだが、ラヴィナスの仲間はアタシを入れて五人だよ。最初に馬車を襲ったのがシィフィ、そこのオレンジの刀を盗んだのがアタシの息子のディル。あとジオっていうオッサンがいるねェ」
「…ラヴィナス?」
「黒豹ってどうせラヴィナスのことだろ?ラヴィナスの愛称はラヴィだよ」
「へえ、よく喋ってくれるもんだな」
シンがそう言うと、女──アミラはアハハハ!!と笑った。
「どうせあの娘をここに連れてくる気なんてないんだろう!?アンタらは軍の狗だもんねェ!ここでアタシがペラペラ喋ったところでアンタらを潰せばなんの問題もない!!」
アミラの言葉を聞いたシンは唇の端を吊り上げた。悪党顔負けの不敵な笑みを見て、ルーンとイリシアは後退りした。
「ずいぶん傲慢な女だな。言っておくが、俺はその辺のゴミクズとは違うからな?てめぇら全員、監獄にぶち込んでやるから覚悟しろよ」
「やれるものならやってみな!砂人形─アナコンダ!」
アミラが手をかざすと、そこに砂でできた大蛇が姿を現した。大蛇は迷わずシンの元へ向かうと、とぐろを巻いてシンを締め上げ始めた。
「シン先生!?」
「イリシア、お前の風でなんとか出来ねーのか!?」
「無理よ、シン先生も巻き添えにしてしまう!」
ルーンとイリシアがどうするべきかと慌てていると、シンがアミラに言った。
「奇遇だな?俺も蛇系の魔法使えるんだよ。──蛇の廻毒」
シンは締め上げられながらもそう詠唱した。しかし特に苦しげな様子ではないし、詠唱した魔法が発生するわけでもない。
「なんだィ?それもハッタリかィ?」
しかしシンにさほどダメージを与えられていないことが気になるのか、アミラは木から降りた。念のため罠などを警戒しているのか、こちらに近づくことなく、様子を見ている。しばらくして何も起きないことを確認したアミラは警戒を解きこちらに近寄ろうとした。
すると突然、大蛇が苦しみ始めた。
「ど、どうしたんだィ!?アンタ、一体なにを…!」
アミラがシンをギッと睨む。
するとシンはニッと笑った。
「蛇の廻毒は遅効性の麻痺毒だ。粒子を少しでも吸えばじわじわくるぜ?砂で作られた生き物に効くかどうか分からなかったが、とりあえず効いてよかった」
大蛇の締め付けは次第に緩み始め、最終的にはバタリと倒れて身体をピクピクと痙攣させた。
「チッ!!」
アミラは大蛇を砂に戻して消すと再び手をかざした。
「アンタに触れられる前に潰せば何も問題はないね!砂人形─ユニコーン!」
砂で今度は一角馬が創成される。
前脚をあげ嘶いたユニコーンはまた真っ直ぐにシンへと向かう。
シンは角と脚を危なげなく避けると、一気にアミラとの間合いを詰めた。アミラもアミラでナイフでも突き出そうものなら腕を取られて麻痺させられるのを気にし、詰められた距離をすぐさま引き離そうとした。
「逃さねぇよ?」
シンは左手を地面についた。
「毒花の苑」
地面に大きな魔法陣が現れ、紫の花が次々に咲きだした。
「な、なんだィこれは…」
アミラが魔法陣から出ようとすると、ガクンっと膝から崩れ落ちた。
「これはまさか…!」
「こっちは即効性の毒だ。あんたが木から降りてきてくれたから手間が省けたぜ。とりあえずお縄についてもらおうか」
「クソッ」
やがて気絶したアミラを縛り上げるシンを見て、ルーンとイリシアは冷や汗を流した。
「ぜ、絶対にシン先生には逆らわないようにしようぜイリシア…」
「そ、そうねルーン。シン先生を敵に回すと厄介なことが今とてもよく分かったわ…」
するとそれが聞こえていたのか、シンが二人の方を振り返った。
「おいおい、そんなことよりもっと有益な情報が分かっただろうがよ」
「へっ?」
「有益な情報、ですか?」
ルーンとイリシアは顔を見合わせた。すると、シンが口を開いた。
「ああ。この女は俺を『軍の狗』と呼んだ。つまり俺のことは知ってるんだろうが、お前たちのことはただの魔道士か下っ端の軍人としか思っていない。もしラタシリア東高所属ってことがバレてるならもっと別の言い方をするはずだ」
「ああ、たしかに…」
ラタシリア東高校の魔道士は幻世の七鞘と関わっているだけで、軍との直接的な関わりはない。しかしこうして軍の狗と称されるということはそこまでの情報は持っていないということになる。
「俺は他の豚野郎共を縛り上げるからお前らは先にニナたちに合流しとけ」
「あ、はい!」
「では、先に行きます!」
シンが盗賊たちを手荒に縛り上げるのを見てルーンとイリシアは先行しているニナたちを追った。
「で?スティンガーとラヴィナスはどこに行ったのよ?」
「分からない…。もしかしたらニナさんたちの方に行ったのかも」
「それマズいじゃない!!」
ルーンとイリシアが村の中心部を駆け抜けたところで、声が聞こえてきた。
「砂硫斬り!」
「桜吹雪ッ!」
声の方に近づけば近づくほど、あたりに桜の花びらが舞い散ってくる。
「ニナ先輩!」
「フェリダさん!」
木の影にフェリダが隠れるようにして立っていた。
「オレンジに黄緑!?やっと戻ってきたんですの!?」
「まさかの髪色判断」
「そんなことより大変ですのよ!」
「そんなこと!?」
「もしかしてあれは、馬車を襲った…?」
「そうですの!子供のくせにわたくしたちに仇為そうとするなんて、とんだじゃじゃ馬娘ですわ!」
「あの子もあんたには言われたくないだろうけどな…」
またもやキーキーと喚くフェリダに耳を塞ぎたくなったが、突如ニナがこちらを振り返らずに言った。
「フェリダさんを先に送り届けてくれる!?あたしはこの子を足止めするから!」
「わ、分かりました!」
「行きましょう、フェリダさん」
「…行かせない」
少女──シィフィはフェリダに狙いを定めると砂で形成されたナイフを投げた。
「きゃー!!」
「フェリダさん下がって!」
ルーンはナイフをキンッと刀で弾いた。
「大丈夫でした!?」
「え、ええ、なんとか…。助かりましたわ…」
「ルーン、あなたきっと魔法使わない方が上手くいくんじゃない?」
「やめて!薄々そんな気がしてきてるけどやめて!おれは魔法を使いたいッ!!」
ルーンとイリシアがフェリダを連れて走ろうとすれば、今度は前からラヴィナスがやって来た。
「なんで!?スティンガーは!?」
しかしよく見ればラヴィナスも相当疲労している様子で、スティンガーと戦ってきたのであろうことが見てとれた。
「クソッ、あのガキまじで相性悪ィ。砂に変えても次々に邪魔してきやがって…。この村はもはや整地必須状態だぞ、どうしてくれんだよ…」
どうやら相性が悪く不利と悟った瞬間に盗賊らしく逃走を試みてきたようだ。
「まあでも、こうして貴族サンのところに辿り着けたんだから良しとしてやるか…。巨大蟻地獄」
ニナとルーンたちの足元に大きな魔法陣が現れたかと思えば、それまであった地面が砂と化し、身体がズブズブと砂に埋れていく。
「うわっ、なんだこれ」
「まずいわ、早く抜け出さないと…!」
しかし動けば動くほど、身体は埋もれていく。
「てかスティンガーはまじでどうした!?もう面倒くせぇわとか言ってその辺で休憩とかしてないよな!?」
「えっ、スティンガーってそういうタイプの子なの!?」
「昔はそういう奴だったんです!中学時代も不真面目劣等生貫いてたし!!」
あいつならあり得る、とルーンとイリシアは遠い目をした。
「…あれ、そういえばニナ先輩、髪飾りは?」
「え?あ、本当だ。戦闘中に落としたのかも…」
ニナの頭からはいつのまにか髪飾りがなくなっていた。馬車の中での話を聞いていただけに、ルーンとイリシアはそんな、と髪飾りひとつを惜しんだ。
「ってそんなこと話してる場合じゃなくってよ!?あなたたち、わたくしを守る気があるんですの!?」
「ガタガタうるせェ連中だな…。とりあえずそこの黒髪の女も厄介だから先に消えてもらうわ」
ラヴィナスはそう言うとシィフィを残し、自らが作った蟻地獄の中に飛び降りてきた。
そのまま砂の上に着地するとナイフを握った。
「へえ、蟻地獄なのにあなたは平気なんだ」
「当たり前だろ。オレの魔法なんだから」
ニナはラヴィナスに銃を向けた。
「あなたのナイフよりあたしの銃の方が早いと思うけど?」
「殺す勇気もねェくせによく言う」
すると、遠くからドォンドォンという音が響いてきた。徐々に近づいてくるその音はなんだかとても良くない音のような気がした。
「チッ、おいシィフィ!何事だ?」
「……分からない。何も見えない」
ドォンドォンという音は確実に近づいてきた。しかしルーンにはその音に聞き覚えがあった。それに安心し、ルーンはふっと笑った。
「おい、何笑って…」
「
「うあっ」
地面から、ズドォン!と音をたてて土の柱が突き出てきた。その柱は途中までは空に向かって伸びていたが、急に方向を変え、シィフィを押さえつけにかかった。
「あー、もう疲れた」
「シィフィ!?あのガキッ!!」
地中から突然現れたスティンガーを目にしたラヴィナスが額に青筋を浮かべた。その隙をついてニナが銃弾を放つが、ラヴィナスはすんでのところでそれを避けた。
「どいつもこいつも面倒くせェな!!」
ラヴィナスはニナに向かって、まるでその顔を切り裂くようにナイフを横に薙ごうとした。
「ニナ先輩ッ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます