第十四話 ユウとカエデ

「四番、活帆立のカルパッチョ誰か出せる?」

「ウイ、私持ってきます」

「レナ頼むよ」

「シェフ、味見」

「マヤ、いいよ。かっこよく盛ってね」

「ウイ」

「ユウ一番のデザートは?」

「用意できます」

「六番の予約のお客さん来店しました」

「カエデどんな感じの客?」

「成金ケチっすかね?」

「ケチか、スパークリングでもワインでもいいからボトル頼ませて」

「キビシー!了解っす頑張ります」

「頼んだよ!モモチ使っても良いからね」

「えーー私にそんなスキルありませんよ」

「お前、ソムリエだろ」

「ソムリエと営業トークは別物っす」


 忙しい時間帯の厨房は正に戦場だ。

 最高の料理を最短で美しく仕上げるにはチームワークが必要不可欠だ。


 最終の予約客のコース料理を出し終わり、最後のデミタスコーヒーとプティフールを出してから、たまっている洗い物と並行して厨房の掃除を始めた。


「グリストクセー」とカエデがグリーストラップを掃除してるとシェフのトーコに「ちょっと声大きいって、お客さんに聞こえる」と怒られていた。


 シェフのナカミチ トウコは三十歳でオーナーシェフになった超やりての新鋭シェフだ。

 その店のスタッフがすべてが女性だった。厨房二人、ホール二人、兼務をしているコミが一人、そんな世界に俺とカエデが何故かバイトとして雇われた。


 応募したから雇われたのだが、カエデの想像によると、あんなことやこんなことを体験できるぞ。と妙にやる気を出していたのは今に覚えば笑い話だ。

 

 仕事終わりにお疲れビールを頂き俺らは今後について話し込んでいた。


「ちょっとまた二人でそんな話して、ウチで正社員で働かないの?」

「正直言っていいですか?」

「なにカエデ君、なんかいやらしい事考えてない?」

「さすがトーコさんっす。俺の目的はトーコ...」

「言わせねーよ」と俺の突っ込みにトーコさんは「なに、その”我が家“みたいなコント」と笑っていた。


「まっウチは忙しいわりにあまり給料良くないからね」

「マジで給料上げてほしいわ」

「KANPACHIが良すぎたんだよ。一流店だしさ」


 いきなりの給料上げてくれ宣言をしたのはスーシェフのマヤさんだ。

 トーコさんとマヤさん(ヤエガシ マヤ)はフレンチの老舗KANPACHIで一緒に働いていたと以前に教えてもらっていた。


「もうちょっと待ってって、開業資金回収出来たらその分回すからさ、ボーナスは頑張ってるじゃん!」

「冗談冗談、でもあんたたちホンキでダンジョンハンターになろうとしてるの?」

「土曜日に講習会あるんで、申し込んでるんすよ」

「だから二人して希望休出してたの?予約で席埋まってるから問題ないと思ったけど、そーなんだ」


 トーコさんはうんうん頷きながら考え事をしていた。


「あたしも狙おうかな」

 

 コミのレナ(スズミヤ レナ)さんもホールの掃除が終わったのか、突然参戦してきた。


「レナ、あんたの悪いところだよ、中途半端はだめ。この店は辞めてもいいけど、ある程度基礎を覚えるまでは料理は辞めるんじゃないよ」

「冗談ですよ。あたしこの店好きだし、トーコさんはもっと好きだし」


 レナの告白に少し顔を赤くするトーコに一同顔がほころんだ。


 みんなが笑っているところにメートル・ドテルのミオさん(ナナミ ミオ)とソムリエのモモチさん(モモタ チヒロ)が現れた。


「〆まで終わったよ、でなんで笑ってるの?」


 ミオさんがトーコさんに聞いたところでマヤさんが「レナのいきなり告白タイムで」とチクった。


 ミオさんは俺とカエデの顔を見て「カエデは軽そうだからユウに告白か?」と自分なりの推理をしたのか、犯人はお前だ!ばりに俺を指さした。


「えっ?俺じゃないっすよ」

「じゃーカエデか?」

「そうなら良いっすけど、俺でもないんですわ」

「どういうこと?」

「もう、いいじゃないですか!あたしもなんか恥ずかしくなってきたし」


 犯人捜しをするミオさんに三人が白旗を振ったところでマヤさんが「トーコの事が好きなんだって」と耳打ちしていた。


「ちょっとマヤさん!」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

 

 そんな会話を遠巻きにモモチさんが見ていてなんとも和やかな休憩室となった。


「こいつら土曜日にダンジョン講習会行くんだって」


 マヤさんが後から来た二人に俺らが土曜日に希望休を出した説明した。


「この仕事飽きたか?」

「ちょっとミオ、その言い方」

「ごめんごめん。で飽きたのか?」


 注意するトーコさんとミオさんのやり取りはいつもこんな感じだ。

 カエデが説明する。


「飽きたわけじゃないっすよ、俺人間観察が好きだからここで仕事してたら飽きないし」

「お前察しいいもんな、今日のお客さんも褒めてたぞ。店員さんを呼ぼうとしたら声を掛けられたって。普通出来んぞそんなこと」

「褒めても無駄っすよ。俺自分の可能性が知りたくなって、見つけれるのがダンジョンなんだと天啓が来たんで」

「なんだよ、天啓って」


 ミオさんは笑いながら俺をみて「お前も天啓か?」と聞いてきた。


「俺もカエデに誘われたからじゃなくて、あの審判の日に感じたんです。俺ここに行くんだって、何言ってるか分からないと思うけど、ダンジョンに来いって異星人に言われた気がして」


「揃って天啓か、うける」

「ダンジョンに飽きたら戻っておいで、私ら待ってるからさ」


 トーコさんは「若い時はね、レナみたいな方が少ないよ。うん、そういうのあると思う」と自分を納得させていた。


 黙って見守っていたモモチさんが最後に「ダンジョンより、この職場のほうがカオスよ……」と呟いたのを聞いた全員が大爆笑し、その日のバイトは静かに幕を閉じた。


 



   

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