第十三話 ヤマダ シオン
早朝のコンビニバイトは忙しい。特に七時から八時にかけてはホットスナックなどの準備も必要で天手古舞になる。
そんな中でもツグミは生気のない顔でただただ仕事をこなしていた。今日も相変わらずだった。
仕事は真面目で、失敗もしない。だけど──なんというか、熱がない。
俺は今思っていることをミチヨさんにぶつけてみた。
「みっちゃん、ツグミどうにかなりませんかね?」
「どうにかって?それはあの子次第だよ。サポートは出来るけど、それ以上はやっぱりあの子の負担になると思う」
「そーっすよね」
「でもさ、シオンがここに連れてきてバイト始めるようになってからさ、ちょっとだけど変わったと思うよ」
「そーっすか?おれ、いまいち実感?なくて、こんどダンジョンの講習会に連れてこうと思ってるんですよ」
「それはちょっと荒療治じゃない、だってケガとかするかもしれないでしょ?」
「ツグミ、ああ見えて結構なゲーマーでゲームしてる時の顔は生気にあふれてるって言うか。俺、ちゃんと調べてから行くんで大丈夫っす」
「そう、行くならちゃんと調べてから行きなさいよ!二人に怪我されたら私泣くからね」
「それは忙しくて泣くんっすよね?」
「やかましい!」
ツグミとは保育園からの付き合いだ。隣同士の家に住んでいて、ずっと一緒に育った。
気づけばツグミの家族は引っ越し、ツグミは祖母の家で一人暮らしになった。両親のことは聞かなかった。祖母は入院中とか施設に入っているとか、詳しく両親から聞かされてないようだった。
その頃から、ツグミの笑顔は消えた。表情を見せることは稀だった。
妹みたいな存在──それが俺の中でのツグミだ。恋愛対象じゃない。ただ、守りたかった。
だから走るのが好きな俺は「ジョギングしようぜ!」とよく誘った。何も考えず走れば、少しは楽になれるんじゃないかと。
……結局、俺はツグミのために何かしたかった。それが今はダンジョン講習会ってわけだ。
俺はツグミの事が好きだったんだなと今になると思う、その好きは単純にツグミと言う人間が好きなだけで、俺の恋愛対象は他に居た。
俺の中では、ツグミは妹。周りがどう見ようと関係なかった。
だからどうにかしてさせたいと思って考えた結果がダンジョンだった。
「なぁツグミ、今度ダンジョンの講習会行かない?」
「え、なんで。めんどくさくない?」
「俺が調べた感じ、かなりゲームっぽいんだよ」
「……“ゲーム”って言えば僕が釣れると思ってない?」
「いやいや、そんなことないって。しかも異星人がくれる腕の端末があるらしい。タダだし」
「タダ?無料で参加できるんなら……バイトの休み合わせて行く?」
「もうみっちゃんに報告済み。次の休み、土曜な」
「決定早すぎ。……まあ、いいけど」
「電車代とごはん代くらいあればOK。足りなきゃ俺が出す」
「それくらいあるよ。……じゃ、楽しみにしとく」
その時、ツグミが少しだけ笑った。
ダンジョンの講習会当日。
最寄りの駅で待ち合わせ俺とツグミは講習会の会場に向かった。
エレーナと名乗る教官はロシア系なのか細くて可愛い人だった。
「日本語ペラペラだね、日本育ちなのかな?」
小声でツグミは俺に尋ねてきたが俺はそんなの知る由もないので「え、あれじゃね、アニメで覚えました的な奴じゃない」と適当に答えた。
「のだめがフランス語覚えたのもアニメだもんね、あるかもしれないね」
俺の適当な返答に同意して、具体的な例まであ上げるって。凄すぎだろ!
ほどなくエレーナ教官からW.A.R.Dなるスマートウォッチを貰った。正確には異星人が作った端末でこれが無いとダンジョンに入ることが出来ないらしい。
それといきなりのダンジョン体験だ。
「ツグミ大丈夫か?心の準備とか必要ないか?」
「何、シオン君ビビってるの?」
「いや、ビビってねーし、何ならこれあるし」
俺はこっそり持ってきたバタフライナイフの柄の部分をツグミに見せ、ドヤ顔を決めた。
「そんなの持ってきたの?」
「非常事態の時のためにな」
俺とツグミがそんな事を話しているとどこからか「うさぎ?」と声が聞こえた。
教官が一刀両断したらしくなんか言ってるか、俺にはよく聞き取れなかった。
たぶんこの辺に居る奴らには教官の声は届いていないなと、周りを見てもそう感じた。
俺がツグミに話しかけようとしたときに、教官からご指名で俺が先頭で帰ることがきまった。
「え!俺ですか?よっしゃ、ついて来いよお前ら!俺が一番乗りで出世してやっからよ!」
確かに調子に乗った発言だが、周りの奴らになめられても困ると思い、モンスターの出現を俺は願った。
「いたぞ」
そう目の前に大きなネズミが居た。ツグミは「やめなよ」と静止してきたが「った!俺って持ってるね!!黙ってやられろよこのネズミ野郎」と完全にネズミだからなめていた。
取り出したバタフライナイフを突き刺そうとナイフを突き出す。しかしネズミは簡単に避け、すれ違いざま右足に激痛が走りその場に崩れた。
ネズミのスピードは遅いのに身体が思い通りに動かなかった。
そこからはよく覚えていない。右足の激痛に応急処置をしてもらい病院に運ばれた。手術の後、俺はただただ病院のベッドで寝ていた。
次の日の昼過ぎにツグミとみっちゃんがお見舞いに来てくれた。
嬉しいのと恥ずかしいのと入り乱れる俺の心情に、ツグミの顔は輝いて見えた。
「ツグミ、いい顔になったな!俺も治ったらリハビリ頑張って追いつくから待ってろよ」
自然とそんな言葉が出た。
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