第十一話 セイジャクジ シズノ
初夏の清々しい日差しの中、風鈴の音がかすかに響いていた。
講習会の近くに待機してた、あの男は変わらぬ所作で出迎えた。
「お疲れさまでした、シズノ様」
「あら、爺はずっと待っていたんですか?」
「えぇ、この場ではありませんが、お茶を嗜めながら読書をしておりました」
爺は微笑みながら答える。
「よく私がこの時間に来ると分かりましたね」
「そこは爺の感といいましょうか、それよりもシズノ様、よき友と出会えたようで、素晴らしいひと時になったのではありませんか?」
「そうですね、後は両親を説得する必要がありますが、ゲンタロウお手伝いお願いできますか?」
「その点は大丈夫だと思いますよ、御両親から預かっているものがありますので」
爺は懐から、上質な和紙に封蝋が施された一通の手紙を取り出した。
「途中で音を上げず最後までいた時のみ手渡すように預かった手紙です」
「あら、父も粋な事を。車で読みましょうか」
「そうでございますね、では車を用意いたしますので」
爺は洗礼された所作で電話をかけ程なく、家紋をあしらったエンブレムのついた黒塗のセンチュリーが現れた。
無言で後部座席の扉を開け、シズノを乗車するよう促し自分も助手席に座り車は静かに発進した。
椅子に深く座ったシズノは手紙を開けるためにペーパーナイフをと、肘掛けをみるとあらかじめ用意してあったのか飲み物とペーパーナイフが置いてあった。
(ホントに気が利くんだから、ゲンタロウありがとね)
車内はまるで止まっているかのように静かで、揺れは一切感じられなかった。静寂の中シズノはゆっくりを手紙を読み始めた。
途中目頭が熱くなる。父も旧華族として色々しがらみの中、生きてきたのだろう、最後は俺も好きに生きているからお前も好きに生きろと締めくくってあった。
なんだか面白くなってちょっと微笑んだが、直ぐに気持ちを切り替え今日の反省と自らの課題についてもう一度考えることにした。
「……シズノ様、到着いたしましたよ」
普段しないことをやったせいか、疲れて寝てしまったようだった。
「あら、私としたことが、爺ありがとう。コウスケさんも安全運転でありがとう」
シズノが車から降り運転席に軽く会釈をすると、コウスケと呼ばれた男もシズノを見て軽く一礼し車を移動させ車庫に駐車させた。
「今日はキヨクニ様もすでにご在宅のようです」
「あら、珍しいですね父さまがこんなに早く帰って来ているなんて」
「更にですよ、ハルマ様も今日は帰って来ているとのことです」
「え、兄さまもいるんですか。今日は何事ですかね」
玄関までシズノと爺はそんな世間話をしていると、玄関が開き母カヨが出迎えてくれた。
「母さままで、どうしたんですか今日は?」
「シズが自分からダンジョンに行きたいと言って帰ってきたのだから、今日はお祝いじゃないかしら。それにその顔なんだか一皮むけたように見えますよ」
シズノは帰り際のユウとカエデのやり取りを思い出しクスリと笑った。
「あら?私何か面白い言った?」
「いえ、パーティを一緒に組んだ方も母さまと同じような事を言ったのを思い出して」
「そんなに仲良くなったの、いい事ね。殿方は居たの?」
「母さま、殿方って。私を含めて四人のパーティだったんですけど、女性二人男性二人でした。もう一人の女性は小学生くらいの背丈で可愛い方でした」
「そうなの。殿方は?」
「一人は軽い性格の方でもう一人は真面目?な方でしょうか…」
「どちらが好みなの?」
シズノと母の会話は、とめどもなく終わらず、終わらないからこそ止まらず、止まらないのに要点もなく、それでもなお続いていた。
見かねた父が「いつまでそこで話してるんですか?」と玄関まで呼びに来たのを見てシズノと母が笑ってやっと意味のない会話が終了を告げた。
「かーさん、シズを独り占めしすぎ!せっかく家族が集まったのにゲン爺食事にしよ」
ハルマは戻って来た四人に愚痴をこぼしゲンタロウに食事の用意を促した。
ゲン爺はキヨクニの方を見て「旦那様?」と何かを確認した。
キヨクニは綺麗にラッピングされた四合瓶の日本酒をげん爺に渡した。
「はい!今日は特別な日本酒を用意しました。私と杜氏で作り上げた新しい日本酒です。まだ売ってません!!これで乾杯しましょう」
「とーさん何に乾杯するの?」
「そりゃーシズノの独り立ちにでしょ。こんな家って言ったらご先祖様に怒られるけど、古い家だからねハルマも色々あっただろ......」
父キヨクニは目頭が熱くなったのかハンカチで目を抑えた。
気を取り直し、キヨクニの言葉は続いた。
「ウチは本家だから色々ある。これはしょうがない。ハルマも好きに生きて良いが申し訳ないがこの家は取り潰さないように頑張ってくれ」
「なんだよ、とーさん。子作り頑張っれ言ってんの?俺さホント小さい頃の記憶なんだけど、ひいじいちゃんに頼まれたんだ。良く分からなかったけど今はなんとなく分かるし、この家好きだよ」
「勝手に二人で盛り上がってますが、今日はシズノのお祝いですよ」
母カヨがキヨクニとハルマを一喝し皆が笑った。
「では食事にしましょう。今お持ちしますのでまずは乾杯を」
笑いが収まったところでゲン爺が各々のクラスに日本酒を注いでいった。
「では、シズノのこれからの成長に乾杯!」
父キヨクニが乾杯の盃を上げ楽しいひと時が始まった。
シズノはボソッと「私、日本酒飲めないけどね」と言ったが聞こえたものはいなかったとか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます