第一話 ダンジョンハンター講習会

 世界から、国、戦争が消えた。

 正確には、「戦争で金を得ていた者たち」が消え、税金で私腹を肥やしていた政治家、官僚が消えた。


 国は文化圏として区切られ国境は無くなった。

 文化を保護し、人の代わりにAIがまつりごとを担った。

 人類にとって、それは“望ましい変化”だった――そのはずだった。


 科学技術のベクトルは、戦場から“ダンジョン攻略”へと向けられた。

 かつての兵器産業、軍事研究、治療技術の多くが、新たなフロンティアに吸い込まれていった。


 しかし皮肉なことに、ダンジョン誕生からの死者数は過去の大戦による犠牲者を、すでに上回っていた。


 それでも、人類は挑むことをやめなかった。

 一攫千金、ゴールドラッシュを彷彿させる賑わいがあった。

 人類はダンジョンという“異界”に、依存する道を選んだのだ。


 ──もはや、文明はそれなしには成立しない。


 エネルギー源、希少鉱石、ダンジョン産の獣肉。

 それらは都市を支え、文化圏を動かし、人の命を救った。


 医療の現場では、ポーションやキュアポーションと呼ばれる薬品が、

 従来の医学を凌駕する効果を示し、奇跡の薬として流通した。


 人々は信じて疑わなかった――

 **「ダンジョンが失われれば、文明そのものが崩壊する」**と。


 だがその一方で、異星人の介入そのものを拒絶し、

 人類の自律を訴えるレジスタンスも存在した。


 異星人は彼らを、あえて排除しなかった。

 彼らは観察していた。

 人類という種が、どこまで進み、どこでつまずくのかを――


 【 試験構造体が顕現してから七年後 】


「イソノー、ダンジョン講習会行こうぜ!」

「だからそのサザエさん的ノリやめろって。そもそも俺、イソノじゃねぇし。てか、俺らもう二十はたち超えてるんだぞ?」

「いちいち固いなぁ、ユウ。肩の力抜けよ。俺たち、ついにダンジョンハンター講習会だぜ? テンション上げてこーぜ!」

「……いや、ナカジマ。お前こそ、もうちょっとダンジョンってもんに冷静に向き合えよ。一歩間違えれば、“帰ってこられない”場所なんだからな?」

「だ・か・ら、ナカジマって呼ぶなって何度言わせんだよ。カエデ! 俺の名前はカ・エ・デ!」

「じゃあ俺の“イソノ”呼びやめるんなら、ちゃんと“カエデちゃん”って呼んでやるよ?」

「“ちゃん”はいらねぇの! カエデでいいっつってんだろ!」

「はいはい、カエデくんっと」


 そんな、いつものどうでもいい言い争いを交わしながら、俺たちはダンジョンハンター講習会の会場へカエデの愛車おんぼろフィアット500を走らせていた。


 午前10時


 ダンジョン講習会には年齢制限があった。上限は無いものの十八歳からしか受けることは出来ない。十八歳でも高校生は受けることは出来ないとのことだ。


 通称公園ダンジョン、船橋市運動公園の一角に現れたGランクダンジョン。そこには無機質な黒い建造物があり、その前に三十名ほどの老若男女が整列していた。

 全員が、同じような表情をしていた。期待と不安と――ほんの少しの高揚。


 俺とカエデもその一団に混じって、静かにその時を待っていた。

 やがて、漆黒の壁から“音もなく”開いた縦長の裂け目から、数人の人物が現れる。


 黒とグレーを基調にした機能的な制服。胸には銀色で浮かび上がる「O.D.I.S.」のロゴ。

 この世界で“選ばれし者”の象徴。


「――全員、静粛に」


 一歩前に出た女性が、無表情のまま声を発した。

 だがその声は、拡声器もなしに、辺りの空間に“染み込むように”響く。


「私は、O.D.I.S.攻略群サポート部隊 教官科所属 講習会担当のエレーナ=アイン。

 君たちはこれより《アカデミア・ダンジョン》の講習プログラムに参加する。

 これは実戦ではないが、“選別”であることを忘れるな」


 背筋が思わず伸びる。

 カエデも、珍しく口を挟まず真剣な顔をしていた。


「まずは、各自に支給される【個人支援端末:W.A.R.D(ウォード)】を受け取れ。

 これは君たちと共に成長する。あるいみ自分好みに育てることが出来る」


 係員が一人ひとりに、小さな黒い箱を手渡していく。

 箱を開けると、そこにはスマートウォッチ型の端末が収められていた。


 マットな黒に、銀色のライン。どこか生物的なデザイン。


「W.A.R.Dは、我々の科学でも解明不能な端末だ。数多のモードがあるが詳しくは説明できない、自分たちで是非見つけてくれ。基本的な使い方は説明書があるので確認しておくように」


 能天気なカエデはもう腕に装着していた。


「いいから付けとけよ。スゲーよコイツ自動アジャストでぴったりフィットなのに違和感が無い!」

「違和感ないってどういう意味だよ?俺、腕時計の付けてる感嫌いなんだよな」


 俺はそんな愚痴を言いながらW.A.R.Dを腕に装着すると、カエデの言う通り自動アジャストでぴたりとフィットし静かに青白く光った。

 

「あれ、装着感がないね。完全に手首の一部だこれ!」


 俺の感想にカエデが勝ち誇った顔で「そうだろ!」と頷いていた。


【初期化完了】

【個人ID:新規登録】

【カルマ計測:正常】

【試験構造体接続:待機】


「では、次に訓練構造体、通称“ダンジョン”の基礎を説明する。前方の第一訓練施設――ランクG訓練構造体に移動」


 エレーナ教官が指した先には、小さめのダンジョンがあった。

 周囲のものより一回り小さく、出入口に“訓練用”の看板が後付けされている。


「この地域で最も低リスクなGランクダンジョンだ。今回は“実戦”ではなく、“確認”のみ。モンスターとの接触は遠距離からの視認のみに制限されている」


 ホッとしたような空気が列に広がった。

 中には拍子抜けして舌打ちするような奴もいたが、正直俺はちょっと安心した。


「経験した方が早いのでダンジョンに入ってから講習会を始める。私がガイドをする、迷うな、ふざけるな、走るな。モンスターが居たら報告しろ。ここは“ただの訓練場”ではなく、“ダンジョン”であることを忘れるな」


 俺とカエデは、遠足に出かける生徒のような気分で2列になって、光の膜を通って訓練構造体に入った。


 内部はまるで、廃鉱山のような空間だった。

 天井は低く、床は金属とも石ともつかない素材。壁には発光している苔が生えており、幻想的に思えた。


 そして、見えた。


「静かに」


 先導していたエレーナ教官が立ち止まり、手を上げる。

 彼女の足元から、黒いスーツ型の防護装備がすでに起動し、光の縁が走っていた。


 その時だった。


 ひょこひょこと白い動物が現れた。


 小学校のころよく世話をしたあの動物。


「……ウサギ?」


 一人の講習生が笑った。

 だがその声が終わる前に、ウサギのようなそれが跳んだ。


 異常な脚力。鋼鉄のよな爪。その顔は完全に捕食者だった。

 人間の頸動脈を正確に狙い――


 地面をけり上げる音が聞こえた。


 直後、白い閃光が通路を切り裂いた。


 エレーナ教官が放ったのは、展開式レーザーブレード。

 ウサギ型モンスターは跳躍の途中で、真っ二つにされていた。


 ブォーンとレーザーブレードの残音を残しウサギ型モンスターは黒い霧となって消えた。


 ……静寂。


 誰もが言葉を失ったその瞬間、エレーナ教官が振り返る。

 その目は、氷よりも冷たく、そして怒っていた。


「今、笑った者。前に出ろ」


 しばしの沈黙。


「……いないか。では全員、覚えておけ」


 教官はゆっくりと皆に顔を向ける。


「これは遊びではない。ここにいるのは“ウサギ”でも“巨大ネズミ”でもない。お前たちを殺すために存在する異常生命体、モンスターだ。優しさも、躊躇も、通じない」


 沈黙の中、彼女のW.A.R.Dが光り、表示を展開する。


【Gランク-:デッド・ラビット】


「今日は訓練だが“奴ら”はいつだって本気だ。だから――甘さを持ったまま、ここに来るな。」


 誰も何も言えなかった。

 静まり返る中、エレーナ教官が最後に一言、呟いた。


「“カルマ”とは行いの積み重ねだ。だが、ここでは“覚悟”がない者から死んでいく。忘れるな」


 講習生たちは硬直したまま、その場に立ち尽くしていた。

 誰もが、**“命を賭ける現実”**の入り口に足を踏み入れたことを、ようやく実感し始めた。


 カエデが、ぼそっと呟く。


「ユウ。マジで冗談抜きだな、ここ」

「……ああ。教科書の中とは、全然違う」


 俺たちは――ダンジョンの“現実”を、はっきりと見せられた。




   

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