静寂の審判 -Ascension of Karma-

お餅 狐

プロローグ

 

紀元前の世界。

文明の始まりより古く、人がまだ星と対話していた頃、各地の伝承は同じ光景を記していた。


 ■ バビロニア・粘土板文書

「空より黒き星、火をまといて落ちんとせし。だが地に触れず、光とともに消ゆ。人々これを“ナムシャク”と呼び、神の目とおそれたり。」


 ■ 古代エジプト・神殿壁画

「ラーの瞳、空に浮かびて世界を測る。蛇を従えし天の者、心を覗き、重き者を地に返す。残されし者に塔を授け、彼らを“光の子”とせん。」


 ■ インド・リグ・ヴェーダ断章

「星降りし夜、空より現れし者あり。彼ら、千の門を開き、人を測り、試練を授けん。義なき者、門に入る資格なし。」


 ■ マヤ・碑文文様

「第十三の時代、空にて口開けし蛇、火と霧を吐きて姿を消す。その後、大地に黒き柱立ち、神の門が現れた。」


 ■北米・ネイティブインディアン 口伝記録

「青き星が空に現れるとき、カチーナは再び降りる。人の魂の重さを試され、昇る者と留まる者に分かれよう」


 ■アフリカ・ドゴン族 伝承

「星より来たりしノンモは星を告げる。シリウスは二つの魂を持つ。彼らは秩序を教え人を観た。」


 ■古事記外伝とされる幻の文献

 あまはらに、黒き星ひとつあらわれり。

 火の尾をきつつ、東の空より西へ渡りき、やがて空のけ目に入りて、忽然こつぜんと姿を消せり。

 これを見しあまかみは、おそれを抱きてひけり。

葦原あしはらの国をし者なるか。ぜんを測り、あく退しりぞける天の使つかいなるや。」


■ 古代文明失落の影


かつて人類は、一度だけ高度な技術と天文学に到達した。

星辰せいしんを読み、音で石を組む文明。


だがその進化は、“門が開きすぎる”危険を孕んでいた。

その時、人類の歩みを断ち切る 別系統の来訪者 が現れた。


介入者。

影の蛇の民。

後にレプティリアと呼ばれる異星系統。


彼らは記憶を封じ、知を断ち、人類を“地表の文明レベル”に引き戻した。


図書館は燃えたのではない。

忘れさせられたのである。


世界は長い眠りについた。




□A.D.2017 ケンブリッジ大学・ナシーフ研究室


 エリオット・グレイはコピーした古文書の抜粋を手に、教授の研究室前で立ち止まる


「……失礼します。教授、今ちょっとお時間いいですか?」


 アミール・ナシーフ教授は顔を上げ「またその顔か、今日はやけに顔色が悪いぞ。で、何の話だ?」とエリオットの顔色の悪さを気にかけた。


「え……教授の顔色程悪くはないと思いますが。いやそうじゃなくて、たぶん馬鹿な質問だとは思うんですけど……」エリオットは紙束を教授に手渡した。

「この文献、エジプト、バビロニア、マヤ、ネイティブインディアン、アフリカのドゴン族、日本……全部、**紀元前2000年ごろの伝承ですが“空から来た存在”の記述があるんです。日本は時代が分かりませんが...地域も、記述の形式も違うのに、内容があまりに似すぎてて……これ、偶然ではないんじゃないかと?」


 アミール・ナシーフ教授は一瞬手を止め、手元の紅茶が少し揺れる。


「……その時代に“何かがあったのか”という質問か。うん、いい問いだ。少なくとも、学界では“神話の収束”という言葉で片付ける。」

「でも、これだけ似てて、全部“空から何かが来て消えた”って――」


 教授は椅子から立ち上がり、背後の本棚を指でなぞる


「君が今話しているのは、いわゆる“第一天訪”に関する仮説だ。正式には認められていないが、私の世代の一部は本気で研究していた。」

「第一天訪……?」

「空から来て、消えた。“彼ら”が最初に姿を見せた時代のことだよ。」

「それはアヌンナキや他にもある宇宙人渡来の伝承に関係があるんですか?」


「よく勉強している」教授は古びた箱から一冊の黒革のノートを取り出し「君の目は正しい。だが、これに足を踏み入れるなら覚悟しておけ。それを“信じた者”の多くは、その地位を奪われ白い目で見られる存在になり下がるからな」


 エリオットは小さく息をのむ。


「……本当に、何かがあったんですね。あの時代に。」


 教授は微笑みながら目を細め「ああ。あったとも。人類の記憶にすら、刻まれないほどの“何か”がな。」




〘 静寂の審判 〙


 それは、歴史の分水嶺だった。

 世界人口は八十億人を超え、資源は枯渇し、環境は回復不能な臨界点を越えていた。

 各国の政権は疲弊し、暴動と内戦が絶え間なく繰り返されていた。

 人類は、緩やかに、しかし確実に滅びへ向かっていた。


 そして――その時。


 かつて神話のように語られていた“ある存在”が、再び世界の表舞台に姿を現した。



■A.D.2019年・G7非公開首脳会議】


 最重要国家のみが参加する、完全非公開の国際首脳会議。

 その日、円卓を囲んだ七人の元首は、ただならぬ緊張の中にあった。


 突如として――


 会議室全体が沈黙した。

 照明、通信機器、電子機器。すべての機能が一瞬にして沈黙し、空間に異音が満ちる。


 そして、


 重力が反転するような圧迫感の中に、“それ”は現れた。


 人の形を模さない、幾何学的で抽象的な構造体。

 認識そのものをねじ曲げる存在。


 異星人。


 各首脳の脳内に、直接“声”が響いた。


「――我々は、観ていた。太古の歴史、空に“火の星”として現れし刻より。」


「我々は“門”を開く。肉体、精神、倫理、すべてを“構造化”する試練を与える。

 この場において、“自由意思”という名の下に、選択を委ねる」


 一人の元首が問う。


「……これは試練なのか? それとも淘汰か?」


 異星存在は、静かに“認識”を返す。


「それは定義にすぎない。カルマの響きが臨界に達した者は進み、そうでない者は消える。“意味”を与えるのは、あなた方だ。」


「これは対話ではない。試験構造体の起動は、不可逆の選別である。」


 その時、沈黙していた影が立ち上がる。


 背広にネクタイも締めぬ、政府外の男たち――ディープステイト。


「……受け入れている。数十年前より、この瞬間を想定していた。」


 一瞬の間。


 異星存在は静かに宣言した。


「では、開始する。“試験構造体”を、地上に顕現させる。」



【G7会議 終了の直後】

【世界時間:同時刻】


 その“声”は、誰にも聞こえた。


 老若男女、国境も言語も問わず、全人類の“意識の中心”に直接入り込むように――


 それは、声ではなかった。


 音も言語も、すべてを超越した「理解そのもの」が、脳に直接流れ込んできた。


 瞬間、世界中の人々が動きを止めた。

 授業中の教室で、地下鉄の中で、手術室で、戦場で、ベッドの上で――

 全人類が、同時に“理解させられた”。


「我らは、汝らを見守っていた。はるかなる時を超えて、今、再び接続は繋がれた」


「これは恩寵おんちょうではない。試練であり、進化の門であり、そして――審判である。」


「地上に、試験構造体を顕現させる。挑む者は、自らの意思でその扉を叩け。」


「選別の基準は――カルマ。行為の総和、魂に刻まれし軌跡。我らがその尺度を定める。」


「カルマが閾値いきちに達しない者に、門は開かれぬ。」


「これは対話ではない。命令(ディクリィ)である。」


「試験構造体は、汝の力を解き放つ。だが同時に、己の在り方すら問われることを忘れるな。」


 メッセージが終わると同時に、目を覚ましたように世界は再び動き始めた。


 けれどその後、人々は言った。


「あれは夢じゃなかった。頭の中に、直接語りかけられた」

「言語じゃない。わかってしまった。あれは“本物”だった」

「なぜか全員、内容を正確に記憶している」

「……自分の“カルマ”の重さを、自分自身が自覚した気がした」


 その“理解”はあまりにも強く、否応なく確信として脳に刻み込まれていた。


 世界が揺れた。


 だが、それは始まりに過ぎなかった。



【 試験構造体が顕現してから3年後 】


 “審判の日”から、地球は少しずつ姿を変えつつある。今もなお、その途中だ。


 人々は、その異形の塔をダンジョンと呼びはじめた。


 異星人監察者の介入以後、各国の主権は事実上廃され、各国は文化圏として名称を変え統一され地球管理機構が設立された。


 表向きの名称はGlobal Earth Union :地球統合評議会(GEU)


 実態は、異星観測由来のアルゴリズムで運用される統治AI〈ノア〉。

 行われるのは、健全な人間管理と冷静無慈悲な審査。

 ゴーレムと呼ばれる人工生命体が統治を担った。


 GEUの下部組織――


 Operative Division for Integrated Structures

 O.D.I.S. :オーディス

(統合構造体特別実働部隊)


 かつての軍・諜報機関・宗教庁を統合吸収し、ダンジョン攻略・関連業務の全てを管轄する特殊機構である。


 構成員は文化圏単位ではなく、試験構造体での攻撃適性・心理耐性・遺伝因子などを基準に選抜される。


 事実上、地球上で最も“監察者に近い”存在とされるが、彼らですら統治AI〈ノア〉の判断に疑義を挟むことは許されない。


  オーディスの役割は以下の五つに分類されている。


 ・入場審査


 ・ダンジョンの攻略・運営・観測・救助


 ・ダンジョンハンターの登録・監視・戦死処理


 ・カルマ違反者の拘束・再教育(≒再人間化)


 ・試験構造体で発生した“異常現象”の封鎖と記録



 一般市民にとって、オーディスは「世界の秩序とダンジョンを管理する絶対権力」として知られている。

 制服は皆の憧れであり嫉妬でもあった。


“ダンジョンに入れない者=潜在的なカルマ不足者”。


 その存在は、監視され、捕らえられ、場合によっては“処理”される。


 GEU公報:カルマ指標は「善行点」でけではない。一貫性・責任性・他者影響などを統合した複合スコア(算式非公開)。ただし、その詳細は公開されていない。


 公には、ダンジョンへの立ち入り拒否は「生体適応度が不十分」と説明され、疑問を持った者の声はすぐにネットワーク上から消える。


《試験構造体(ダンジョン)》に挑める者。


 すなわち、現代における「選ばれし者」――ダンジョンハンター(Dungeon Ascendants)。


 彼らは、命と倫理を天秤にかけながら、未踏の塔に挑む。

 それが自分の魂を削る行為であったとしても――


 なぜなら、


 昇華(アセンション)――それは、力の獲得でも、救いの果てでもない。それは、魂が削れた“その先”にのみ、与えられる何かだった。

 



   

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