第23話 傭兵の謎

 着替えをして、オリビアが持ってきたサンドウィッチをネヴィル皇子が持ってきた籠にいれ部屋を出た。


「どうしてこんな格好をしなければいけないのだ?」

「身を隠すためです。分からないのですか?」


 リコはフード付きの黒いマントを着て、ネヴィル皇子には黒いショールを被ってもらっているが、先ほどから文句が出ている。


(連れてきたのは失敗した?)


 籠をもって目的の場所へと急ぐ。今夜は新月なので月明かりがないので身を隠すには丁度良かった。建物の明かりを頼りに出来るだけ近づく。


「おい!なんでこんなところに」

「静かにしてください」


 ネヴィル皇子が驚くのも無理はない。ここはゾフィーが謹慎している館が目の前にある。

 レイモンから聞いていたゾフィーの部屋の前の木の陰に腰を下ろし、建物を見ると入り口には二人の騎士が立っていた。


「王の部屋にあった鉢植えからは漆黒の森と同じ影が見えました」

「あの黒い物体か?」


 ネヴィル皇子と持ってきたサンドウィッチを食べながら話す。


「私とハミルトン様が行ったとき、あの物体は動いていました。それで、考えてみました。あの物体は誰かが操作しているのではないかと」

「誰かって……、もしかしてローサンか?」

「教会に忍び込もうとしていたのはお聞きになりましたよね。」

「あぁ。そのことならこちらも調べていたことがある。しかし、あそこにある物が私は知らなかった」


 悔しさを滲ませながら地面を見ている。


(あっ、拙い!)


 教会の秘密はネヴィルには知らされていなかった。そのことからもネヴィル皇子の立場が不利になっているようにも感じているようだ。


「ウォルター様は最高級の魔法石であればあの黒魔術も可能だと言っていました。そしてそれを不正に手に入れていた人物がいると王妃様から聞きました」

「教会から盗んでいたのか?しかしいくら最高級の魔法石があってもローサンでは無理だ」

「そこが疑問だったんですがこの間、エルド様が面白いことを言っていました」

「ヘレル子爵が雇ったという魔法使いか」


 ネヴィルは既に感づいていたようだ。おそらく、ちょくちょく偵察と称して出かけていたのもそれが原因かもしれない。

 サンドウィッチを食べ終わり、籠を木の陰に隠す。


「教会のことは話すタイミングがなかったと言っていました」

「話すタイミングか……。そうかもしれない。私は周囲の期待に応えなければと討伐に出向いてばかりいた」

「ネヴィル皇子の力が凄いのは分かっていますが、他の方に任せてもいいのではないでしょうか」


 実際、王宮にいる時間の方は数えるくらいしかいない。まるで王宮を避けているかのように。


「そなたのことも聞いた。これからどうするのだ?」

「帰れないと言われました。戻る場所がないのですから、ここで生きていきます」


 もう、戻りたいとは思えないくらいここの生活は快適だった。

 前の世界では上司に気に入られるために必死にアピールする人たちがいて、そのパフォーマンスに自分を利用されることもよくあった。

 自己主張が強くなければ淘汰される。そんな環境で自分はかなり無理をしていたと思う。

 毎日のように頭痛があり、週末には気分が落ち込み寝込むこともあった。利用される自分が情けなく自己嫌悪に陥ることも度々だ。

 それがこの国に来てからは無理をして頑張らなくてもいいのだと悟った。それがよかったのか頭痛もなりを潜め、気分が落ち込むこともない。なにより、毎日が楽しい。

 不思議そうにネヴィル皇子に見られている。笑顔で見つめ返すとネヴィル皇子の視線が泳いでいた。

 もしかしたら、ネヴィル皇子も私と同じような気持ちを抱えていたのかもしれない。

 月が頭上にきた頃、微かに足音が聞こえた。


「来たぞ」

「五人なんですね」


 ネヴィルと二人茂みに隠れて見守る。

 午後11時、警備の交代時間で騎士五人が歩いて建物に近づいていく。入口に立っていた騎士がドアを開けると三人は建物の中に入っていき、残りの二人は建物の周辺を見回っていた。暫くすると中から、先ほどとは違う三人の騎士が出てきた。

 見回っていた騎士が戻ってくると、入り口に立っていた騎士と交代してドアの前に立つと建物の中にいた三人と、ともともと入口に立っていた二人は帰っていく。

 暫く様子を窺っていると動きがあった。


「黒幕登場といったところか?」


 二人でゾフィーの部屋の窓を見つめていると窓辺に人影が見えた。

 ゾフィーだ。周囲を気にする素振りがある。そして、庭先に現れたのはローサンだった。

 ゾフィーが窓から何かを投げ落とすとローサンは素早くそれを拾って暗闇に紛れていく。


「どうしますか?」

「追う必要はないな」

「手持ちは残りわずかだと思います。それなら、私の方で何とか出来るかもしれません」


 数日前、王妃から聞いた話は国が管理しているとされる魔法石を側室のダニエルとその実家であるヘレル子爵家が横領していたことだ。

 ハロルド王が皇太子時代、視察に出かけた先でダニエルに出会い恋に落ちて妃にと望んだが先王の許可は出なかった。

 王宮に入れることが出来なくなっても別れるつもりがなかったため、城下に屋敷を用意してそこにダニエルを住まわせていた。

 執務の合間を縫ってダニエルとの逢瀬を重ねていたハロルドは、王と王妃、皇太子しか知らない魔法石の採掘場所をダニエルに話してしまったらしい。度々金の無心や宝石類、ドレスといったものを強請られ不審に思い始めた矢先、先王が病に倒れ王の代理で忙しくなったのを機に疎遠になっていったと聞いていた。

 ハロルドが王になった後、魔法石が急激に減少しているのに気づいた王はダニエルに話してしまったことを思い出し、すぐさま王は魔法石の採掘場の入口を塞いだ。

 王妃から聞いた話とウォルターに確認した内容を合わせると、横領した魔法石はもう、あまり残っていないはずだった。だからこそローサンはあの教会に忍び込もうとしていた。

 ダニエルたちが持っているだろう魔法石の行方を捜していてゾフィーが持っていることを突き止めた。


「それならどうしてここにきた?」

「ローサンを確認したかったのです」

「どういうことだ?」

「漆黒の森の黒い物体はローサンだからです」

「ローサンは今、ここにいただろう。まさか?」

「幻惑術です。ローサンは何らかの理由で自らを犠牲にしたのだと思います」


 あの時、漆黒の森の黒い物体の隙間から人の姿が見えた。

 最初は襲われた人が居ると思っていたが、エルドから聞いていた最後の呪文に反応したのはローサンの気配だった。

 本当のローサンは今もあの森にいるはずだ。


「助かるのか?」

「ウォルター様たちが今、調べてくれています。それより、ネヴィル皇子の疑問は解決したのですか?」


 ネヴィル皇子も何かを調べていたはずだ。それが何かは聞いていなかった。


「大収穫だ」


 ニヤリと笑った。

 魔法石に関係することだろうか。


「聞いてもいいですか?」

「この間アランが連れていた傭兵たちだが、妙な動きをしていなかったか?」


 確かに気にはなっていた。魔物と戦いながらだったのでよくは見えていないが……。


「あいつらはわざと魔物を誘き出していた節がある。そして、その傭兵はヘレル子爵家が雇った者達で、更に言うとヘレル子爵家は借金が膨らんで、没落するとさえ言われ続けている」

「没落?」


(側室の実家が没落するものだろうか?)


「そうだ。昔からだ。それこそ、王が皇太子時代。側室のダニエルと出会う以前からだ」

「よくもってますね」

「王妃様の話を聞いて理由が分かった。ヘレル子爵家は以前から魔法石を横領して売りさばいていたはずだ」

「ウォルター様も同じようなことを言っていました」

「今でも、ヘレル子爵家は傭兵を雇えるだけの金はないはずだ」

「それなら!」

「それだけではない。王宮にある調度品を売って金に換えていた。王宮に入る前は城下に家を与えられていたが、そこでも宝石やドレスなどを強請りそれを金に換えて実家に送っていたそうだ」

「そこまでの借金はなにがあるのですか?」

「事業の失敗、ギャンブルなどだ。ヘレル子爵は能力もないのにいろいろな事業に手を出し、失敗を繰り返している。そのストレスからかギャンブルにも手を出して借金が膨らんでいるらしい」


 いろいろなことが繋がっていく。魔法石一つが貴族の屋敷一つ分と聞いた。それなら、これだけの期間持ちこたえることは出来るだろう。それにしても、魔法石だけでは足りないのか。

 そういえば、アランの出生も疑われていたはずだ。子供を利用して金品を強請るつもりでやってきたとしたら怖い話だ。

「アランは本当に王の子供ですか?」

お金目当てなら何かしていてもおかしくないと思って聞く。

「疑いはある」

ネヴィル皇子はその内、はっきりさせると言ってきた。


「疑いがあるのに誰も何も言わないのですか?」

「ヘレル士爵が裏で手を回しているようだ」


「それにダニエルを見張るために静寂の館に入れたのだろう。あそこの予算は厳密に決められている。それ以上の金は出さないように王妃様がしっかり管理されているから大丈夫だが、魔法石はそうではない。どこかで換金しているはずだ」

「では、ネヴィル皇子は換金の証拠を調べるのですね」

「傭兵は金で動く者たちだ。そこを当たれば証拠は出てくる。そなたは王の病を治すだろ」

「今度こそ治してみます」


 握拳を作った。

 レイモンからもらった石は魔法石で、さっき目覚めたらさらに大きな魔法石が届けられていた。

 自分の力もかなりついてきているので、あの魔法石を補助に使えば今度こそ王の病を取り除くことが出来るはずだ。


「王の病が治ったら、快気祝いとして盛大にパーティーでもしよう」

「いいですね。楽しみにしています」


 王妃からネヴィル皇子を励ましてほしいと手紙が届いていた。明るい表情を確認して、なんとかうまくいったと胸をなでおろした。

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